第4話 ラシーラ村役場 村長ピピン・バンビーノ

「悪魔少女の存在を許すことはできない。

 全世界のバルーン唯神教徒たちよ、彼女たちを排除せよ。

 彼女たちと呼ぶのすら適当ではない。悪魔少女は人間ではない。あれらに人権はない。悪魔少女は敵だ。悪魔の駒だ。邪悪な侵略者で、殺人者だ。

 神と人間の敵を根絶するのだ。教皇国内に少なくない数の悪魔少女が隠れ住み、悪辣な活動を秘かに行っていることはわかっている。諸君、悪魔少女が跋扈する時代を完全に終わらせ、完璧なる唯神の世界をつくろうではないか」

 第13代教皇バルデバラン・バルーンは唯神教総会で演説した。3か月前のことだ。

 絶大なる権力を握る教皇の意向は、総会に出席する多数の枢機卿、大司教、司教、司祭の賛同を受けて、実行に移されることになった。反教皇派の枢機卿も存在しているが、表立って教皇に反対するほどの力はない。


 最優先事業として、急遽、悪魔少女狩り隊が組織された。

 トップは教皇の右腕とも言われる枢機卿、ホワイド・レオパルド。『悪魔少女狩り総裁』の肩書が与えられた。

 大隊長は全国の大司教から10人が選ばれ、小隊長は100人の司教と司祭が選抜された。

 全員がバリバリの教皇派である。絶対に逆らわないイエスマンたち。

 実行部隊として、神聖少女騎士団から300人の隊員が指名された。

 小隊長ひとりと3人の隊員で1小隊である。

 神聖少女騎士が教皇に忠誠を誓う正義の悪魔少女であることは、公然の秘密だ。少女騎士は戦闘訓練を受けているだけでなく、悪魔の異能を持ち、変身する。羽をはやして空を飛ぶ、腕を長槍に変える、脚が車輪になって猛スピードで走るなど、さまざまな異能がある。

 少女騎士はたいていの男性騎士より強力だ。悪魔少女に対抗するには悪魔少女をもってするしかない、と教皇は考えていた。

「レオパルド総裁、敵悪魔少女を発見し、処刑せよ。ただし、余に忠誠を誓う正義の悪魔少女は、神聖少女騎士として取り立てよ」

「御意。教皇猊下のために粉骨砕身いたします」


「そういうわけで、ボクが来たってわけ」と第99悪魔少女狩り小隊長ダダ・バルーン司教は言った。

 彼は村役場の村長室の来客用椅子に座り、ふんぞり返っていた。その背後に3人の神聖少女騎士が立っている。騎士は全員が帯剣し、いつでも戦える体勢だ。

 ラシーラ村役場は村で1番標高の高い丘の上にあり、庁舎は城の形態をしている。敵軍が攻めてきたら、村人は役場に集結し、戦うことになっている。

 役場は城壁で囲ってあり、指揮棟、戦闘員棟、非戦闘員避難棟などの建造物がある。村長室は指揮棟の最上階。

 ラシーラ村の中心市街地は役場の周りに広がっている。村長室の窓からは、市街地、その周辺の農地、草原、森林、湖沼などが一望にできた。


「ボクの命令は教皇の命令だと思ってね。ボクは教皇猊下から直接お言葉をいただき、この村の司教に任命され、悪魔少女狩り小隊長をまかされたのだから」

 村長ピピン・バンビーノは16歳の少年がえらそうに言うのを、緊張した面持ちで聞いていた。ダダは教皇の甥で、将来バルーン教皇国の中枢に座ることが約束されている。聖職者が支配するこの国では、司教は村長より格が上。ダダは辺境の村長が容易に反抗できる相手ではなかった。

「わかりました。できるかぎりダダ・バルーン司教様の協力をさせていただきます」

「頼むよ。これは教皇からラシーラ村長へ宛てた手紙だよ」

 ダダは1通の封書をピピンに渡し、村長はそれを読んだ。

 ラシーラ村における悪魔少女狩りの全権をダダ・バルーンに与えたこと、悪魔少女狩り小隊長には拷問権があること、ダダが悪魔少女と認定した者は裁判なしで死刑にできること、村長と村民は全面的にダダに協力することが書き連ねられていた。

『ダダ・バルーン司教の成功はラシーラ村長の成功である。ふたりの成功は余の喜びである。心して悪魔少女狩りを遂行せよ』と結ばれていた。

 教皇はこの国の独裁者だ。死を覚悟しないかぎり、逆らうことはできない。


 村長ピピン・バンビーノの先祖は首都マーロに住んでいた。軍人の家系で、士官を輩出していた。

 100年ほど前、当時の家長ガザン・バンビーノが将軍から命令を受けた。

 辺境地ラシーラを開拓し、城塞を築き、その地の主となって守備をかためること。

 ガザンは配下とその家族数百人を率いて、辺境の地を開拓し、ラシーラの初代村長となった。

 ラシーラ村は風光明媚な土地で、発展をつづけ、いまでは人口約4千人の豊かな村になっている。

 ピピンは4代目の村長だ。43歳。血筋で村長になったわけだが、知力も体力も人並み以上に持っていた。村をさらに豊かにしようとして、精力的に働いている。

 妻は村1番の美人と言われるリンナ・バンビーノ。38歳になるが、まだその美貌は衰えていない。彼女との間にひとり娘パンピーがいる。現在17歳、高等学校2年生。こちらも美少女として有名。

 バンビーノ家は、ラシーラ村の開拓を主導したこの地域の筆頭名家なのである。


「それで、私はなにをすればよろしいのでしょうか」

「ボクはこの村を知らない。土地鑑があり、村人のことをよく知っている案内人がほしい。ひとりでいいから、使える役人をボクらの小隊の案内係に任命してよ」

「案内人ですか」

「もちろん今後は悪魔少女狩り専従で、役場の仕事はしないでもらうよ。上司はボクで、命令は遵守してもらう」

「それは当然のことですね」

「できるやつを選んでよ。『ダダ・バルーン司教の成功はラシーラ村長の成功である』って教皇が言ってるんだから」

「わかりました」

 ピピンはしばらく黙考した。

「では、役場の税金課長はいかがでしょうか。勤務25年のベテランです。税務を通して、村人のことをよく知っています。有能な男ですよ」

「それでいいよ」


 村長は秘書に命じて、税金課長を呼び出した。

「失礼します。急ぎの用とはなんでしょうか」

 税金課長は緊張した顔付きで、村長室に入ってきた。彼はふんぞり返っているダダと剣呑そうな少女騎士たちを見て、目を丸くした。

「ラシーラ村の悪魔少女狩り小隊の方々だ。隊長のダダ・バルーン様はこの村の司教でもある。失礼のないようにしてくれ」

「はい、承知しました」

「それで用件だが、きみを悪魔少女狩り小隊の案内係に任命する」

「えっ?」

 税金課長は小さく叫び、顔面を蒼白にした。

「私はただの役人です。税金を取り立てることはできますが、荒事はできません。悪魔少女狩りには向いていないと思いますが……」

「戦闘は神聖少女騎士がやる。きみはボクらを案内すればそれでいい。荒事なんてさせないし、そんなことはかけらも期待していないよ」

 税金課長はダダの方を向いた。


「きみの名前と年齢を教えてくれ」

「アモン・ニッケル、47歳であります」

「ボクはダダ・バルーン。教皇の甥だ。ボクと仲よくして損はないよ。敵に回したら、将来はないと思ってくれ」

「はい、了解いたしました」

 アモンの声は隠しようもなく震えていた。

「アモン・ニッケル、娘はいるかい?」

「おりません。息子がふたりいますが」

「それはよかった。きみの家族に悪魔少女はいないわけだ。ボクらの案内役として適任だ」

 アモンは声だけでなく、身体も震えていた。彼はダダと少女騎士たちから危険なオーラを感じていた。直感が近づくべきではないと教えていた。

「しかし、私は税金課長であります。私が税務から離れると、村の税収が落ちてしまうと思われます」

「心配は無用だよ。悪魔少女狩りが成功すれば、国から村に多額の報酬が与えられる。小さな村の税収なんかより確実にでかい金が入ってくるさ」

「いや、しかし、私は税金課長の仕事を気に入っているのであります。税の取り立てで村民からは嫌われますが、大切な仕事なのです」

 アモンは懸命に案内係の仕事から逃れようとした。課長席に座り、あごで人を使いつづけていたかった。


「いい小遣い稼ぎになるよ」

 ダダはアモンに金貨3枚を渡した。課長の月給より多い金額だった。

「これは着手金だよ。これから悪魔少女をひとり見つけるたびに、金貨を3枚ずつあげよう。もちろん村から支払われる月給とは別だ。悪い話ではないだろう?」

 悪い話ではなかった。アモンは酒好き、女好きで、遊ぶ金はいくらでもほしかった。

「怖がらなくていいよ。きみの命は神聖少女騎士が守ってくれる。案内するだけでいいんだ。悪魔少女が抵抗したとしても、戦いはボクらがやるからだいじょうぶだよ」

 アモンは金貨を握りしめた。

「ボクを敵に回したら、将来はないぞ。課長からヒラに降格されるかもしれないよ?」

「よ、喜んで案内係をつとめさせていただきます」

 アモンは覚悟を決めた。この宗教国家で司教に逆らうことはできない。

「頼むよ、アモンくん」

 ダダは満足そうに笑った。この男は悪魔少女との戦いに巻き込まれて死ぬかもしれないが、そんなことは知ったことではない。

「アモンくん、悪魔少女容疑者のリストとかない?」

「そんなリストはありませんが、税金の仕事を通じて、私は村人のことを知り尽くしています。家長だけでなく、家族構成も頭に入っております。村人のうち、未成年の女性は約300人です。彼女たちに会い、尋問すれば悪魔少女を見つけられるのではないでしょうか」

 ダダは喜んだ。アモン・ニッケルは使えそうだ。

「拷問してもいいしね」

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