第5話 税金課長アモン・ニッケル 村長の娘パンピー・バンビーノ

「拷問なんてしてもよろしいのですか」

「ボクには悪魔少女狩りの全権が与えられている。そこには拷問権と処刑権も含まれている。要するにボクは、この村の少女全員の生殺与奪の権を握っているんだよ」

「村長、それは本当ですか。ダダ・バルーン様はそんな大権をお持ちなのですか」

 ピピンはうなずいた。

「本当だ。教皇猊下から私宛ての手紙に記されていた」

 アモンは呆然とした。もし拷問や処刑が村の少女たちに対して実行されたら、ラシーラ村は恐慌状態に陥るかもしれない。


「アモンくん、ボクにこの村で評判の美少女が誰か教えてくれよ」

「えっ? なぜですか?」

「悪魔少女は必ず美少女なんだよ」

「そんな話は聞いたことがありませんが」

「悪魔少女は美しい少女に擬態しているんだ。首都では常識だよ」

 そんな常識はない、とシャンは思った。擬態しているわけではなく、悪魔少女はそのままの姿で綺麗なのだ。内なる魔力が、わたくしたちを美しく成長させる。

 ただし、変身すると美少女でなくなる者もいる。わたくしは異形になってしまう……。


「この村で美少女と言えば、バイオリン弾きの娘ユウユウ・ムジーク、回る向日葵亭の娘レンレン・ヴィンジーノですね」

「そのふたりにはもう会った。ボクは運がいい。ふたりとも、悪魔少女の有力容疑者だね」

「しかし、もっと綺麗な少女がいます。この村1番の美少女と言えば……」

 アモンは村長をちらっと見た。

「言うな、ニッケル税金課長!」

「言うんだ、アモンくん。きみはもう税金課長ではない。ボクたちの案内係だ」

 アモンは葛藤した。長年仕えつづけた村長に従うべきか、新たな上司となった司教の命令を聞くべきか。

「アモンくん、きみの教皇に対する忠誠度が試されている。それにきみが言わなくても、どうせ村1番の美少女が誰かなんてすぐにわかる」

 アモンはダダに従うことにした。村長より教皇の甥の方が権力が強そうだ。

「ラシーラ村で最高の美少女は、パンピー・バンビーノさんです」

 ピピンががくりと首を曲げ、顔を床に向けた。


「バンビーノ? 村長と同じ姓だね。親戚かい?」

「私のひとり娘です」

 ピピンは苦り切った表情で答えた。

 ダダはにやりと凶悪に笑った。嗜虐的な精神が顔に表出していた。

「呼んでおくれ」

「はい?」

「呼べっつーんだよ、その最高の美少女を。娘なんだろ、即刻ここへ来るように伝えてくれ」

「娘は高等学校の学生です。授業中かもしれません」

「どうでもいいんだよ、そんなことは。ボクの任務がすべてに優先する。校長に命令して、パンピーちゃんを大至急ここへ連れてきてくれ」

「急すぎます。後日ではだめですか。娘はわがままなんですよ。私にも反抗的で、なかなか言うことを聞きません。ですが、必ず説得して、ダダ様にお会いするようにいたします」

「だめだ。ボクはいますぐその子に会いたい」


 村長の秘書が高等学校へ走り、校長に事の顛末を伝えた。

 放課後になったばかりの時刻だった。

 遊びに行こうとしていたパンピー・バンビーノは、校長室に呼び出された。

「なんですか、校長先生。あたし、これからデートなんですけど」

「デートは後回しにしなさい。村長の命令だ、いますぐ村役場の村長室に行きなさい」

「えーっ、めんどくさい。パパの命令なんて、無視していいんですよ」

「あなたのお父さんは私の上長なんだよ。無視するわけにはいかない。私が一緒に役場まで行こうか?」

「校長先生は怖いからヤダ」

「ひとりで行けるね?」

「はーい」


 パンピーは校門を出た。

 村役場には向かわなかった。商店街の喫茶店に入った。

「よう、来たか」

 そこに、白いマフィアスーツを着て、十字架の首飾りをかけた若い男が待っていた。顔立ちは整っているが、目付きが鋭すぎて、甘いマスクとは言いがたい。

 パンピーの現在の恋人、リュウ・ジュピタ。暴力的な貨幣崇拝組織ゴールド&シルバーの構成員だ。

「遅かったじゃねえか。オレを待たせるな」

「ごめんなさい。校長に呼びだされちゃってさ。パパの命令で、村長室へ行けなんて言うのよ」

「行かなくていいのか」

「いいのよ。パパの言葉なんて無視よ、無視」

 パンピーは紅茶とパンケーキを注文し、リュウと談笑を始めた。

「きのうも告白されちゃったのよ。同じクラスの優等生でさあ。将来有望そうな子」

「断ったんだろうな?」

「保留にしちゃった。返答はちょっと待たせてねって言った。けっこうイケメンなんだ。もったいないじゃん」

「オレとは別れられねえぜ」

「そうだよねえ。いつもごちそうしてもらってるしね。わかってるって。あはは、ちょっとモテ気分を楽しんでるだけよ」

「てめえみてえな上玉、この村には他にいねえ。同い年のガキなんかじゃ釣り合わねえ。オレぐらいの男じゃねえとな」

 パンピーは心の中で爆笑した。こんなやつ、好きでもなんでもない。近いうちに殺してやる。深い森の中で。

 彼女は村を蝕む暴力組織ゴルシバの壊滅を狙っていた。


 喫茶店に警察官がふたりやってきて、パンピーとリュウがいるテーブルの横に立った。

「パンピー・バンビーノさん、村長室までご同行願います」

「嫌よ。あたしはいまデート中なの。邪魔しないで」

「村長の命令です」

「パパの命令でしょ。知ってるわよ、校長先生から聞いたわ」

「ではすぐに村役場へ向かいましょう」

「娘が父親に反抗するなんて、よくあることでしょう? 強制しないで」

「新任の司教様の命令でもあります」

「司教? そんなのがラシーラに来たの?」

「悪魔少女狩りの小隊長でもあるそうです。その方の意向を受けて、村長はパンピーさんを呼んでいるのです」

「ふーん。どっちにしろ行かない。めんどくさい」

 パンピーは警察官にも反抗した。彼らを無視してパンケーキを切り分け、フォークで刺して食べた。メープルシロップが沁みていて、甘い。

「パンピー、村長室へ行け」

「えーっ、なんでよ。リュウとのデートを優先したいのに」

「オレは基本的には公権力には逆らわないと決めている。厄介だからな」

 リュウは喫茶店のマスターに代金を支払い、消えた。

 パンピーは警察官とともに、しぶしぶ役場へ向かった。


「なんなのよ、パパ。あたし、忙しいのよ。デート中だったんだから」

 パンピーは村長室へ入るなり、わめいた。

 ダダは彼女を見て、ひとめ惚れした。ラシーラ村へ来てから3度目のフォール・イン・ラブだ。

 ユウユウ・ムジーク。

 レンレン・ヴィンジーノ。

 ふたりとも可愛かったが、パンピー・バンビーノの美しさは桁外れだ。首都マーロでもこれほどの美少女を見たことがない。

 艶のあるストレートの金髪はキラキラと輝いて、肩まで伸びていた。毛先だけ内向きにカールしている。

 目には意志の力があり、碧く光っていた。

 顔のパーツは完璧な配置で、黄金比。輪郭は美そのもので、あごは尖りぎみ。

 スタイルも抜群で、胸は大きく、腰は細くくびれていて、お尻にはボリュームがあった。

 手足は長く美しく、頭部、胴体、手足のバランスも黄金比と言うしかなかった。

 完璧な美少女。黄金比の女の子。

 ピンクのドレスを着て、ウエストに黒いコルセットを付けている。豪華な衣装がよく似合っていた。

 なにを着ても似合うだろう、とダダは思った。


「きみの名前と年齢を教えてくれ」

「は? 嫌なんですけど」

「ボクはダダ・バルーン。この国の最年少の司教で、教皇の甥だ」

「はあ、そうですか」

「きみにひとめ惚れした。名前と年齢を知りたい」

「男はみんな、あたしにひとめ惚れするんですよ。いちいち名乗ってられない」

「パンピー、ダダ様に自己紹介しなさい」

「パパの命令は聞きたくない。権力を振りかざす人は嫌い」

 ノナが剣を抜き、パンピーに向けた。

「ダダ様、この女は悪魔少女にちがいありません。殺していいですか」

「だめだ。ボクはこの子と結婚したい」

「はあ? なに言っちゃってんの、この人。バカなの?」

 リムも剣を抜き、上段に振りかぶった。

「ダダ様をバカって言った。殺します」

「パンピー! いいかげんに反抗はやめてくれ!」

 ピピンは顔面蒼白で、額には冷や汗が流れていた。

「ふう……。あたしはパンピー・バンビーノ。17歳よ」

 声も美しい、とダダは思った。

「結婚は言い過ぎた。ボクとデートしてくれ。村で1番のレストランのフルコースをごちそうするよ」

「この村にはフルコースを出すようなお店はないわ。レストランなんて1軒しかないんだから」

「回る向日葵亭かい?」

「そうよ。知ってるの?」

「昼食をそこで食べた。旨かった。とにかくデートしてくれよ。バルデバラン・バルーン教皇はボクの叔父さんなんだよ。はっきり言おう、ボクはこの国の権力者なんだ、逆らわない方がいい。さあ、ディナーを食べに行こう」

「権力を振りかざす人は嫌いって、さっき言ったでしょう」

「パンピー、ダダ様と食事に行ってきなさい」

「あたしに命令しないで、パパ」

 パンピーはぴしゃりと言い、颯爽と村長室から出て行った。


「美しすぎるほど美しい少女だ。あの子は人間とは思えない。完全に悪魔少女の容疑者だ」

 ダダがそう言うと、ピピンの顔がこわばった。

「そんなわけないよね。村長の娘さんが悪魔少女のわけがない。あはははは、冗談だよ」

 ダダは笑い飛ばした。まだ村長と敵対するわけにはいかない。この村の最有力者の協力は必要だ。

 シャンはパンピーの姿を脳裡に焼き付けていた。

 あれは悪魔少女で確定だ。

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