第3話 回る向日葵亭 かわいいウエイトレス
第99悪魔少女狩り小隊はパーム街道を進んでいった。
すでにパーム県ラシーラ村に入っている。
風景が自然の森や草原から、農地へと変わっていった。ところどころに粗末な木造の人家が見られるようになり、その周囲に小麦畑が広がっていた。春まき小麦が収穫の時期を迎えて、黄金色に実っている。
野菜畑があり、農民たちがナス、トウモロコシ、ズッキーニ、トマトなどの夏野菜の手入れをしていた。
果樹園もあり、ブドウ、スイカ、桃、リンゴなどが育てられている。
ブドウ園の隣に、澄んだ水をたたえた湖が太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。漁師が小舟に乗って網を投げ、魚を獲っている。網の中の魚の鱗がきらりと光った。平和な風景だ。
「綺麗なところですわね」
シャンは農地や湖を仔細に観察していた。予想していたより豊かな村のようだ。
「ただの田舎だ」
ダダはさっき会った少女たちのことを考えていた。
「ユウユウ・ムジークとルナル・ファロファロは悪魔少女にちがいない。あとで殺そう」
「そうと決めつけるのはまだ早いですわ。証拠がありません」
「ボクには処刑権があるんだよ。ボクが悪魔少女と判断すればそれでいいんだ。証拠なんていらない」
「むやみやたらな悪魔少女狩りに反対している枢機卿の方々もいらっしゃいます。処刑権の濫用はおすすめできませんわ」
「ボクは教皇の甥だよ。一部の枢機卿の意見なんて気にする必要はない」
「そうですか、すみません。力のある枢機卿もいらっしゃるので、ダダ様の出世のさまたげになるかもしれないと思ったものですから」
「おまえの意見なんて求めちゃいない。おまえらは戦闘の道具にすぎない」
シャンは口をつぐんだ。
ダダは白馬に乗り、小隊の先頭を進みつづけた。
「ダダ様のおっしゃるとおりです。教皇様は悪魔少女狩り推進派、そして神聖少女騎士団拡充派の筆頭でいらっしゃいます。ダダ様は王道を進んでいますわあ」
リムはダダのご機嫌取りに余念がない。
「悪魔少女をガンガン殺しましょう。自分にやらせてほしいっす」
ノナは欲望に忠実だった。
一行はラシーラ村の中心市街地に近づいていた。
石造の人家が増え、ぽつりぽつりと商店も見られるようになってきた。やがてダダ小隊は肉屋、魚屋、野菜屋、薬屋、居酒屋、喫茶店、鍛冶屋、雑貨屋、本屋、服飾品店などが軒を連ねる商店街に行き当たった。村人が集まり、買い物をしている。
「腹が減ったな。どこかにいいレストランはないかな」
ダダは叔父のバルデバラン・バルーン教皇からたっぷりと悪魔少女狩りの資金をもらっている。金貨2千枚、銀貨5百枚、銅貨5百枚。その合計金額は1億イエンを超える。勤め人が一生かかっても稼げない。田舎の村でいくら散財しようと痛くも痒くもなかった。ダダたちはラシーラ村への旅の途上で、贅沢な食事をくり返していた。
貨幣は重たいので、3人の少女騎士に持たせている。ダダは軽装で、部下の少女たちは重いリュックを背負っていた。
商店街のはずれに『回る向日葵亭』という看板を掲げた食堂があった。煉瓦造りの1階建ての建物で、煉瓦は色褪せ、蔦に覆われている。老舗の食堂らしい。その裏庭には向日葵畑が広がっていて、大輪の花々を咲かせていた。
向日葵畑の前にぽつんとある一軒の食堂。『回る向日葵亭』と向日葵畑は、古いがしっかりとした木柵で囲われていた。
「ここに入ってみよう。古臭い店だけど、意外と旨そうな食事にありつけそうだ」
ダダは食道楽で、美味しい店を見つける嗅覚を持っていた。
ダダは『回る向日葵亭』の扉を開けた。チリリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませーっ」と明るく元気な女の子の声が響いた。
黄色いブラウスとスカートの上に白いエプロンをかけた童顔小顔のとびきりかわいい美少女が、ダダたちを出迎えた。髪の色はダークブラウン。さらさらとした直毛が腰まで伸びている。スカートの丈はミニで、細めの脚線美がダダを喜ばせた。健康的な小麦色の肌。
「4名様ですか」
美少女ウエイトレスがにっこりと笑う。ダダはすぐにこの店が気に入った。
「きみ、超かわいいね。ひとめ惚れしちゃったよ」
キム・シャンが「またナンパ……」とつぶやき、シンエイ・リムが苦々しく唇を噛み、パパラ・ノナですら「ダダ様は気が多すぎるっす」とあきれた。
「かわいいなんて、お客様は口が上手ですね」
「きみの名前と年齢を教えてよ」
「レンレン・ヴィンジーノ、14歳です」
「レンレンちゃんか。かわいいなあ。かわい過ぎるよ。きみ、悪魔少女なんじゃないの」
ダダがへらへらと笑いながら言い、レンレンはケラケラと笑った。
「お客様は冗談が下手ですねえ。口が上手と言ったのは取り消しますね」
「いや、冗談なんかじゃないよ。ボクはラシーラ村へ悪魔少女狩りに来たんだ。レンレンちゃんが悪魔少女だったら、殺さなくちゃいけないんだよ。それがボクの役目なんだ」
レンレンは平然として、笑顔を崩さなかった。
「お役目ご苦労様です。ご注文をうかがってよろしいですか」
「おすすめはなにかな」
「お父さんが作る料理はどれも美味しいですよ。しいて言えば、羊料理がおすすめかなあ。でもお魚料理も捨てがたいし、カツレツだって旨いし、牛タンのシチューは絶品なんですよ」
「メニューを見せてくれないか」
「どうぞ」
『回る向日葵亭』のオーナーシェフはレンレンの父、レジン・ヴィンジーノ。
ヴィンジーノ家はラシーラ村開拓期からここでレストランを経営している。
レンレンの曾祖父母が新天地を求めてこの土地へやってきたのは、およそ100年前。
その頃のラシーラは森と草原と向日葵の群落があるだけの大地で、獣たちの楽園だった。
曾祖母がくるくると花が
ヴィンジーノ家は食堂の経営を始め、いまでは老舗レストランとして愛されている。レジンが代々つづくメニューを引き継ぎ、レンレンの兄のカラリ・ヴィンジーノは父を手伝って、懸命にその味を身につけようとしていた。カラリはレンレンより7つ年上の21歳。
レンレンの母、アンノンは娘が幼い頃にレジンと大喧嘩をして、失踪してしまっていた。
向日葵の群生は裏庭にまだ残っているが、その花は回転していない。
回る向日葵は伝説として残っているだけで、曾祖母の幻覚だったと思われている。
ダダは羊肉の串焼き定食、シャンは羊肉と野菜の煮込み定食、リムは牛タンシチュー定食、ノナは白身魚のフライ定食を注文した。レジンが手際よく料理を作り、カラリがパンを焼き、盛り付けをした。それをレンレンがダダたちが待つテーブルへ運んでいく。
『回る向日葵亭』の料理は美食家のダダをうならせる出来だった。
「この羊、旨いな。臭みがまったくなくて、肉の旨味だけが味わえる。絶品だよ」
「えへへ。お父さんが今朝、羊をさばいて血抜きしたんですよ。内臓だって食べられる新鮮さです」
「この店、気に入ったよ。料理は旨い、看板娘は悪魔少女かもしれないが、とてもかわいい。また来るよ」
テーブルで支払いを済ませ、ダダたちは店を出た。
「ありがとうございましたーっ」
レンレンは大輪の向日葵の花みたいに明るい笑顔で彼らを見送った。
そして、「2度と来るな……」とつぶやき、店先にそっと塩をまいた。
ダダは上機嫌だった。
「3人目の悪魔少女容疑者を発見した。極上の美少女だ」
「あのウエイトレス殺しますか。自分が殺していいっすか」
「待て。回る向日葵亭の料理はいい。メニューをすべて堪能してから、レンレンちゃんを火あぶりにしよう」
シャンは無表情でダダの発言を聞き流し、リムは妖艶な笑みを浮かべてうなずき、「火あぶりっすか。それも楽しそうっすね」とノナが言った。
空腹を満たしたダダたちは村の中心部、役場へと向かった。
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