nymphe
朧(oboro)
蛹
弟が呆気なく羽化を終えてしまった。
十七になっても羽化の兆しすらなく、遅い家系なんだろうと思い込んでいた俺を
羽化を迎えなくとも日々は続き、つまり授業は進んでいく。一区切りついた課題を閉じて伸びをした。脳裏を飛び交うエンドウマメを振り払い、お茶でも飲もうとキッチンへ下りる。冷蔵庫に手を掛けたところで、なんとなく予感――気配?――に駆られて覗いたリビングで弟は眠っていた。
キッチンからは死角になるソファセットの真ん中、ソファから落ちたのか
薄いガーゼ生地でもそれなりに冷気を遮って上掛けの中は薄水色にあたたかい。眠る弟の顔を眺めながらさっきまで見ていた生物学の教科書を思い返す。兄弟間で同じ遺伝子を共有する確率の期待値は50%。可能性として0から100があり得る中での期待値なんて求める必要はあるんだろうか? 俺と弟は同性だから0%ではない、はずだけれど、少なくとも羽化について俺はウルトラスーパーレア級の潜性遺伝子を引き当てたようだし。
弟はこの夏でずいぶん身長が伸びた。しっかり比べてはないけれど、そろそろ追い越されているだろう。おとなになってゆく身体。十五歳だって、別に早いわけではなかった。十八歳を迎えようとして、羽化の兆しもない俺の身体。
上掛けの向こうから微かに聞こえるクーラーと冷蔵庫の稼働音が瞼を重くする。羽化をする昆虫の中には、蛹の中で自分の体をスープみたいに溶かしてしまうものもいるそうだ。このまま薄水色の蛹の中でこいつとスープになったらひとつの生き物になれるのかな、なんて。想像されるビジュアルの割には悪くない夢のような気がした。
nymphe 朧(oboro) @_oboro_
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