11

 広場から伸びる小道。

 そのうちの1本、農業プラントへと続く道を進む。

 壁には無理やり押し通ったような跡あり。

 俺たちは武器を手に、慎重に歩を進める。

 

「多いな」

「ああ。だが生きてるのは居なさそうだ」

 

 ここの農業プラントはかなりの広さだ。

 それでもしっかり煙が行き届いていて、黒ずんだ巨体はピクリとも動かない。

 しかしそれと同時に

 

「生き残りも居ないな」

 

 食料を守ろうと戦ったのだろう。

 およそ5人か。部位の欠けた遺体が転がっている。

 

「後でしっかり埋めてやるから、待ってろ」

 

 俺たちはその勇敢な戦士に手を合わせ、最後の小道へと臨む。

 

 ゲジの脚が数本転がっている薄暗い小道。そこを抜ければまずは倉庫にたどり着く。

 

「これは……酷い」

 

 砕けた骨。舞った血飛沫。

 その多くが子供のものだ。

 経緯は分からない。分からないが、なんでわざわざシェルターを……

 と、そんな虫には一切関係の無いことばかりが頭をよぎる。

 ここがもし、俺たちの家だったら?

 レスティマやイニア、チビたちが死ぬ姿なんて見たくない。

 ただ漠然と生き残ることのみを考えてきた俺の心に、明確な火が灯る。

 

「クイーンを、打ち倒さないと」

「ヴァル?」

「……いや、何でもない。先に進もう」

 

 食い散らかされた子供の遺体を壁際に集め、黙祷を捧げる。

 

「ゆっくり眠れ。すぐに父ちゃん母ちゃんのところに連れてってやるからな」

 

 怖かったろう。苦しかったろう。

 突然巨体が押し寄せて、何も出来ずに生きたまま食われるなんて。でも安心しろ。仇は必ずとる。

 さあこれが最後だ。

 寝室へと続く道。

 おそらくこの先には、死に損ないの糞虫がいやがる。

 

「皆、確認だけしたら火を付ける。ダエル、棚で塞ぐから集めといてくれ」

「分かった。その確認はお前だけで行くのか?」

「もちろんだ。皆は燃料の準備」

 

 俺は明確な殺意の元、暗闇へ踏み込んだ。

 

 壁に備え付けられた蛍の発光器は地に落ち踏み潰され、一切の灯りが無い。

 だが構うものか。空気の流れでもなんでも、視覚以外を総動員して探し出してやる。

 探すのはそう――

 

「誰か、いるか?」

「……ひと、ですか?」

「っ、動かずに待ってろ。すぐに助けてやる」

 

 生き残りだ。

 このシェルターの中で唯一虫が入れない場所。

 扉を閉めてしまえば煙も届かない。

 生存できる可能性が一番高い場所。

 トイレだ。

 

「来たぞ。何人いる?」

「ふたりです」

 

 手を伸ばせば頭に触れた。

 どちらも子供。声の感じ、髪の長さから考えても女児が2人だけ。

 

「他にまだ隠れてる人はいるか?」

「わたしたちだけ、です。逃げてるときに後ろから襲われて……」

「ママもパパも、みんなわたしたちを守って……」

「そうか。頑張ったな。助けに来たから、もう安心だ。さ、行こう」

 

 全滅ではなかった。

 2人も助けられた。

 だが何人死んだ?

 平和に暮らしていただけのやつが、何人……

 

 俺は悔しさを噛み締めながら、助け出した2人を抱えて倉庫へ戻った。

 

「ヴァル!生き残り、いたんだね!」

「ああ。水くれ、あとは……2人とも、怪我はないか?」

「あり、ません」

「わたしも……」

 

 2人はそう言うが、よく見れば足や手が切り傷まみれ。

 まだ小さいのに、気遣いなんて覚えているのか。だが、

 

「我慢はしなくていい。君たちが嫌じゃなければ、これからは俺たちが家族になるんだ。わがままを言っていいんだそ」

「は、はい」

「ありがとう、ございます」

 

 口調も随分しっかりしている。

 うちのチビたちのようになるのは、まだ先になりそうだ。

 

「ヴァル、準備は出来てるぞ」

「ああ。ルイス、エリス、2人を連れて鍛冶場に行ってくれ。チアはその護衛。いいな」

「了解ー」

「行くよ、2人とも」

 

 2人は1人ずつ抱えられ、この場を後にする。

 

「自分の家が燃えるのなんて見たくないもんね」

「一応な。火にトラウマを感じるようじゃこの先生きていけないからな」

 

 彼女たちが見えなくなったことを確認し、火を投げる。

 それと同時にダエルが棚を倒し、寝室へと続く道への封鎖は完了した。

 

「終わったな」

「……胸糞悪い結果だけどな」

「シェルターが襲われるところなんて初めて見たもんね。僕たちの家も、もう少し入口を頑丈にした方がいいのかな?」

 

 狭い入口を無理やり押し通って。

 虫の力が想像以上に強い。

 洞窟を破壊するだけの力、一体どう抑えるか。

 

「考えておこう。家に帰ったら、皆と相談だな」

 

 今回のシェルター奪還作戦は色々と考えさせられる結果となった。

 倉庫に残った3人も、奥でゆらゆらと燃ゆる炎を一瞥し、その場を後にした。

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