10

「全員囲め!仲間を呼びに行かせるな!」

「ヴァル!入口は塞いだよ!」

「よくやった!ハル!」

 

 シェルターから出てきたゲジの1体はもう殺した。

 あとは目の前のこいつ。

 油断はしない。

 

「ダエル、ガードに付け替えろ。もう危険を犯す必要は無い」

「ああ」

 

 分断のために撒いた炎。多対戦を1体1に持ち込める最善の手だが、それが終われば厄介になってしまう。

 上手く扱えればいいが、風に吹かれでもしたら大惨事だ。

 

「全員風上に後退!ゲジへの挑発は忘れるな!」

 

 ジリジリと、武器で牽制しながら炎の壁から離れる。

 ゲジの方は頭ばかり執拗に狙われて上手く攻め込むことも、炎の壁と俺たちに挟まれて逃げることも出来ない様子。

 いい調子だ。

 

「チア、頭への牽制任せていいか?」

「オッケー。槍使って毒食らわないようにすればいいんだよね?」

「そうだ。他は全員で足を狙うぞ!うじゃうじゃ気持ち悪いもの、全部取っちまえ!」

 

 虫には俺たち人間のように思考して最前手を取る習性は無い。

 己が持つ特性を理解して、それに合致した条件が起きたとき、ただ機械的に繰り返す事しかしない。

 だからこそ

 

「脚へのダメージは大きくなくていい!どうせ初めのうちは勝手に切ってくれる!」

 

 俺たちはゲジの後ろから連続して攻撃を放つ。

 すると奴は、攻撃された脚を自ら切り離して逃げようとする。が、全方位からの攻撃。逃げられる場所は無い。

 

 15対30本もあった脚は徐々に数を減らしてゆき、比較的柔らかい胴体にも攻撃が通るようになった。

 ここまで来ればもうラストスパート。

 

「よし!潰すぞ!全員最高火力を叩き込め!」

 

 各々の武器から放たれる必殺の一撃。

 ゲジは頭も胴も、悉くが穿たれてゆき、ついに絶命する。

 顎と毒。それを封じられ、己の特性を利用されたものの末路。

 知は力とはよく言ったものだ。

 

「皆、怪我はないか?」

「ああ」

「あたしちょっとだけ毒かかったけど、確かゲジのは弱かったよね?」

 

 頭を担っていたチアは、腕の部分が少し赤くなっている。

 槍という長柄武器の特性上、頭に毒を持つ虫に対してはめっぽう有利だが、流石に完封とまではいかなかった。

 

「確かに弱いことには弱いが、全くの無害じゃない。洗っておこう。俺の水筒のを使ってくれ」

「いや、いいよいいよ悪いって。躱せなかったのはあたしのミスだから、自分の使うよ。ありがとね、ヴァル」

「そう、か。じゃあ飲む分が足りなくなりそうだったら言ってくれ。分けるから」

「うん。ありがと。その時はよろしくねー」

 

 2体との会敵であったが死者はゼロ。負傷こそあるもののそれは軽微。

 快勝と言っていい。

 

「運、良かったね」

「ああ。本当に」

 

 同じ多足類でも百足だったらこうはならなかった。

 勝ちは勝ち。だがそれは運に恵まれただけ。

 増長してはいけない。絶対に。

 

「さあ、本来の目的に戻ろう。

 ハル、火の回りはどうだ?」

「まだまだ。火付けたの今さっきだから」

「そうか」

 

 どうせまだ中の虫は煙に巻かれていないだろう。

 そんな中無理に突っ込んで行く必要も無い。

 じっくりと殺して行こう。

 

 俺たちは一度最寄りの洞窟まで戻る。戦闘の疲れも癒せることだし、結局はいい流れだ。

 そして翌夜。

 

 

 同年 5月18日 19:00 千葉エリア

 

「出てきてる奴は居なさそうか?」

 

 再び件のシェルター付近へ。

 入口を閉ざしていた炎も消え、まるで俺たちを誘うかの如く闇が口を開けている。

 

「うん。近くには見えないね」

「……なら行こうか」

 

 風で消えてしまうだろうが、入口近くに足跡はなかった。

 煤が伸びている様子も見えない。

 ならば、全滅していることを願うのみ。

 

 俺たちは入口を通る。

 壁に触れれば黒く汚れ、煙が蔓延していたことが見て取れる。

 そして――

 

「死んでる……か?」

 

 入口からほど近い広場。

 そこにデンと居座る3つの巨体。

 しばらく眺めても、動きそうな気配は無い。

 

「大丈夫みたいだ。行こう」

 

 広場はクリア。

 続く厨房と鍛冶場も、通気口を塞いだことが功を奏し、クリア。

 これで広場から別れる3本の小道のうち、1本は取り戻した。

 ここまで人の遺体や、血が飛び散った跡はあまり見受けられていない。

 少人数のシェルターだった、若しくは殆どが逃げ延びたとかだったならいいが……

 

「ヴァル、次は――」

「分かってる。寝室は最後、だろ」

 

 シェルターで最も安全な場所は、攻略する上で最も危険な場所に生まれ変わった。

 煙が届かないということがゲジに気付かれていれば、恐らくそこに溜まっている。

 

 そうであればあまり悠長にしている時間もない。

 俺たちはもう一本の小道へと急いだ。

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