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 虫。

 

 それが今現在、この地球を支配している生物だ。

 この星が黒い惑星と呼ばれるようになったのはいつからだろうか。

 電気という便利なエネルギーが流れていた頃、衛星からの映像で、中国辺りから黒が侵食を始めたというのは知っている。

 正常に機能していれば恐らくどこのシェルターにも1冊はあるであろう本。それに書かれているからだ。

 

 俺たちはその本で言語やその他諸々を学び、後世へと繋いでゆく。虫について知ったのもその本からだ。

 

 世界には6体のクイーンと呼ばれる種がいて、それが今の巨大な虫たちを生み出している。

 日本にも少なくとも1体、クイーンがどこかにいる。

 

 

 同年 5月10日 01:30 東京エリア

 

「帰ったぞー!」

「あ、おかえりヴァル!みんな無事?」

「うん、無事だよー!ヴァルの鎌の威力が凄くて早めに帰って来れちゃった!」

「ああ、あの罠のおかげだよ。ありがとな」

「ううん。私たち待機組に出来ることなんてそれくらいだから……外に行ってるヴァルたちにこそ感謝だよ」

 

 待機組をまとめている彼女。レスティマはこのシェルターでの母親的なポジションだ。茶色の長髪で、俺と年齢は変わらないが妙に落ち着いて見える。

 

「今日の獲物は蟻型で、燃料は3日分。あとはこいつの顎だな。これは武器にするよ」

「うん、じゃあお腹と胸のところは厨房に運んでくれる?燃料はいつも氷冷石のところに」

 

 虫は俺たちの天敵であると共に、命を繋ぐための重要な資源でもある。

 

 腹や胸など、比較的柔らかいところは食料に。

 顎や角など、他より丈夫な外骨格は武器や防具に。

 触角や繊維など、細い糸状のものは服に。

 そして糞。これは燃料に。

 

 ただ、この燃料ひとつ取っても問題だらけだ。

 土に触れれば毒素を垂れ流し、室内に放置し過ぎればただでさえ高い酸素濃度を急激に上げる事になる。

 さらにいざ燃やすとなっても、火の回りが早すぎて常に危険が伴う。

 

 これら全て、クイーンが発生してから様変わりした地球の常識だ。

 

「おーいレスティマ!もう燃やしていいのか?」

「うんいいよー!どうせ濾過の時間とかもかかるし!」

 

 恐らくこれが一番重要だろう。

 

 氷冷石。

 それは生命が最も必要とするもの、水を生み出すための道具だ。

 青い惑星ではなく黒い惑星と呼ばれるだけあって、地球には海がない。雨すら殆ど降らないこの星で水を確保するとなると、これに頼るしかないのだ。

 

「よいしょっと」

 

 俺は炉に糞を1つ投げ込んだ。

 他のものは、容器に入れて保存だ。

 

 水を生み出す方法は至って単純。外気との温度差で出来る結露を利用する。

 氷冷石はその名の通り、氷のように冷たい石だ。

 ただ放置しているだけでもそれなりの水は溜まるが、流石に20人以上を賄えるほどでは無い。

 そこで炉から吹き出す温風を当て、温度差をさらに大きなものへとする。

 そうすることによって潤沢な水を得ているというわけだ。

 

「イニア、炉の温度はどうだ?」

「んー、いつもよりちょっと低いかな?もう少しだけ足してくれる?」

「分かった」

 

 イニアは待機組の女子の1人で、主な仕事は鍛冶だ。虫に食べられてしまって数は少ないが鉄はある。それを使って虫の部位では補えないもの。例えば俺たちが外へ行く時に付けるマスクの金具などを作っている。

 

 そうだ、ついでにマスクの話もしてしまおうか。

 今の地球の大気は酸素と二酸化炭素が殆どで、窒素が7割を占めていた2000年代とは大きく違っている。

 二酸化炭素の方は人も進化したのか、大量にあるくせにそれで死んだりはしない。

 問題は酸素だ。多くあり過ぎればこちらも毒で、俺たちは常に酸素中毒とも戦っている。

 それを防ぐのが、そのマスクというわけだ。

 

「3分の1くらい追加したが、これでどうだ?」

「うん完璧!ありがとね!」

「おう」

 

 炉の方も順調。奥で栽培している野菜類はチビたちが取ってくる。飯もまだできない……少し休むか

 

 俺は入口付近まで戻り服と髪に着いた砂を落とす。

 それだけしてそのまま仮眠室へと向かった。

 

 

「ヴァル、そろそろ起きて」

「……ん?結構寝てたか?」

「うん、ぐっすりだったよ。疲れちゃうよね、いきなりリーダーだもん」

「いや、まあ。そうかもな。

 俺がヘマしたからおっちゃんは死んじまったってのに、よりによって俺が、なんだもんな」

 

 3ヶ月前まではおっちゃんがこのシェルターのリーダーだった。

 ころころ名前を変えるからもう覚えるのが面倒になって、皆おっちゃんと呼んでいたが優しい人だった。

 最後の……時も

 

「あんまり自分を責めないで。ヴァルまでいなくなっちゃったら、このシェルターの……特にまだ小さい子なんて、生きる気力を失っちゃうよ」

「……ああ。俺がしっかりしなきゃいけないのは分かってる。

 今のはただの……愚痴みたいなもんだ」

「そう。ならご飯食べちゃって、温め直すから」

「ありがとな、頼むよ」

 

 栄養の殆どない土で育った野菜も、巨大な虫から取れる肉も、どちらもはっきり言って不味い。

 だがそれでも、食べなければ生きては行けない。

 

 俺は固くて黒い肉を無理やり詰め込んだ。

 明日も生きるために。

 

 

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