黒い惑星
かうんとダウン
1
「地球は青かった」
かつてそう言った宇宙飛行士がいた。
そう、地球は青かったのだ。
今、この星は
黒い。
西暦8022年 5月9日 19:30 東京エリア
「全員、マスクは付けたか?」
「ああ」
「大丈夫だよ。みんな付けてる」
「よし。じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
6人で小隊を組み、食料や燃料の調達へと出かける。
俺はこのシェルターでリーダーを任されている。
短く逆立った赤い髪の男、ヴァル。歳は今年で22。前任が死んだために、まだ歳若いが今年からリーダーとなったのだ。
20人程度の小さなシェルター。皆が想像するような立派なものでも無い、ただ入口が少し特殊というだけの洞窟だ。
それでもそこは俺たちの家であり、皆家族なのだ。
「ヴァル、こっちに足跡が続いてる。多分ハグレだ」
彼はハル。灰色の髪を後ろで束ね、見た目は少々頼りないが、その知識にはいつも助けられている。
「よし、よくやったハル。警戒しながら後を追おう」
ハグレであれば早々に食料も確保出来そうだ。
燃料?それならそこら中に落ちているから心配は無い。
「全員止まれ。前方の岩陰、周りには……見当たらないな」
50メートルほど前方にそれはいた。
怪我でもしているのか変な体勢で蹲っている。
その正体は、虫。
5メートルはあろうかという巨大な虫だ。
「ダエル、いつも通り頭を頼む。他は足の付け根、俺は首を狙う」
「「了解」」
ダエル。狩りの時はいつも危険な役回りを任せてしまっている。だが、彼ほどの剛腕でなければ奴らの頭を割ることはできない。
申し訳ないとは思うが、家族が生き残るため、彼も自分の役割は分かっている。
「よし、行こう」
俺たちは虫の背後から、できるだけ音を立てないよう慎重に近づく。
巨大になっても虫は虫。奴らの感覚は恐ろしく鋭い。音や振動、そういったものですぐさま襲いかかって来る。
虫までの距離およそ10メートル。そこまで来て俺は、後続の仲間に手信号で合図を出す。
カカレ
皆が一斉に走り出し、各々任された部位に刃を突き立てる。
「顎は封じた!ヴァル!首はどうだ!」
「まだ浅い!目を潰せ!」
「右後脚おわり!右中脚切るよ!」
「左側も同進行!」
虫は突然の攻撃に反撃を試みているが遅すぎる。
ダエルが腕をガードごと顎に差し込み、最大の武器は封じた。それ以外のメンバーにより6本の脚は残り4本。首ももう、中ほどまで刃が入った。
「う、おおお!!」
歯を食いしばり突き立てた刃、鎌の内側を強く引く。
奴らの首は硬い。だが、この武器なら――
バチンッ!と鼓膜が破れるかの如く盛大に音を鳴らし、ついに首が落ちた。
頭は動かなくなり、ピクピク動いていた胸以下も次第に静化する。
「……怪我、したやつはいるか?」
全員が地に座り込み、首を横に振る。
「よし、戦闘終了だ」
今日も何とか全員無事に勝つことが出来た。
狩った獲物は蟻型。数ある種類の中では比較的弱い部類に入るが、油断すれば全滅は必至。その大きな顎で噛まれたら、人体など紙でも裂くかのように一瞬で真っ二つだ。
それでも俺たちは勝った。勝たなければ生きてゆけない。
弱者たる人間が唯一虫に勝っている部分。
それは知恵。俺たちは虫共の強力な武器、顎や角などを己の武器として再利用しているのだ。
「にしても凄いな、その鎌の切れ味は」
「ああ。運良く罠にかかってくれたのが蟷螂型で本当に良かった」
俺が使っている武器は、鎌だ。
内側にワイヤー、虫共の触角や外骨格の繊維を編んだものを通し、それを引くことで締まる造りになっている。
この武器があったおかげで蟻型の首を楽に落とすことができた。
いつもであれば顎を封じ目を封じ、触角と脚をもぎ取った後に動けなくなったところを皆で首を落としにかかるが、かなりの時短だ。
朝になる前に帰れそうでなにより。
「ねえダエル、触角取った?」
「いや、目を潰しているところで終わったからな。触れてない」
「そっか……反応が鈍いなと思ったけどそういう事か。縄張り争いでもしたのかな」
「それならそれで運が良かったって事だ。腹空かしてるチビたちのためにも早く帰ろう。燃料はどれくらい取った?」
「3日分ってとこかな」
「十分だ」
燃料というのは、虫の糞。
例え小さくても酸素を莫大に有しておりよく燃える。それが真っ黒でそこら中に落ちている。
それだけ聞くと素晴らしい資源のように感じるかもしれないが、それは違う。
奴らの糞は地に触れると毒素を垂れ流す。そのせいで地表から植物は消え去り、二酸化炭素が増え続けた。
大気やオゾン層なども様変わりし、日中は太陽から放射線が降り注ぎ、海も枯れた。
それが今の、西暦8000年の地球。
大気の主成分は酸素と二酸化炭素。
地表を埋め尽くす黒により緑と青は消え失せた死の星。
それが俺たちの故郷。
黒い惑星だ。
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