第3話 冬に

「理想の死に方、ですか? 寿命はどれぐらいが良いとかでもいい? 意外とざっくりしてんね。そうやなぁ......冬がええ。冬のあの、冷たさが好き。肉体って、死んだその瞬間から温かさが失われていくやないですか。棺に眠ってる時の薄白さと儚さって、冬っぽいなぁって思うんで。なんか、そういう季節に死ねたらええなぁと、漠然と思っとる。儚さとか淡さとか、絵画で言うところの水彩みたいな色彩感覚っていうの? なんて表現したらええやろ、とにかく抽象的な世界って、現実には目に見えて存在しないやないですか。結局現実と夢って、人工物と自然物みたいな違いやないですか? あ、難しい顔しとる。すまんな、ヘタクソな説明で。ええと、そうやな......現実で認識して、触れる以上、それって明確な輪郭があるわけやん? 対して自然物......いや、この例えはあんま良くなかったな。水とか空とかって、触れられるけど、明確には認識できんやん。そんで、そういうもんに限って、めちゃくちゃ存在が綺麗なんよなぁと思ってて。人間って、あんまり綺麗な生き物やないやん。いや、世の中には別嬪さんとかおるけど、そういう話やなくて、死んだら誰でも、そのままほっといたらどんどん腐っていくんやで。例外とか無いんや。生き物はみんな死んだら土に還るって言うけど、まさにその通り。体内の微生物が腐敗していく死骸から流れ出て、土の微生物と混ざり合う。一生理解できんけど、その腐敗物が好きな生物もおる。そいつらのおかげ......母なる大地に還るわけやん? でも、最初に言った、不透明な美しさみたいなもんには一生なれんのよな。うちらは人間に生まれてきたら最後まで人間なんや。澄んだ空気にはなれんし、神秘的な水にもなれん。一生醜いままなんや。あの美しいものにはなれん。それがわかっとるから、死ぬんなら冬に死にたい。冬って、死の季節って感じするんや。空気は冷たいし、虫も動物もそこまで見かけんし。......人が死んだ時の空気と似とる。虚無が無条件に押し寄せてくる感じ。それはもう、人間も虫も動物も植物も関係なくて、平等に、死の一歩手前みたいな、どうしても満たされない感覚があると思う。あの冷たさが、残酷なほどに澄んでいて、だから誰も取り繕えなくなるんやと思う。どうせ醜いなら、それがお似合いの季節に死ぬべきや。......まぁ、これはうちの個人的な感覚で、冬が好きな人が聞いたら怒るのかもしれんけど。え? 言いたいことはなんとなくわかる? ............ああ、わかるわ。冬って静かやおな。そういうところで、時間が止まってるような感覚になって、現実の輪郭がぼやけるんやろうな。静寂がうちを濁してくれるんなら、それほど光栄なことはないね。......色々ごちゃごちゃ言うたけど、冬の寂しさって美しくて、でも実際時間が死んでることが多くて、その残酷さが、うちは好きなんやろなぁ。ん? 好きな季節? うーん、秋、かなぁ。なんや、別にええやろ。秋頃の食べ物が好きなんやて。あ、あんたも好きなん? やったらこの後一緒に芋のフラペチーノ飲みに行こうや。あ、ちょうど時間? ほんなら,,,,,,うちの回答は、さっきから言うとるけど『冬に死にたい』や。じゃ、よろしく。ありがとうございました」

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