Find our color⑩
『自分だけのもの』とはなんだろう…。
私は深く考える。約2週間前に紅葉先輩から言われた言葉だ。本番前最後の練習を終えた今日、最後に出来ることは、紅葉先輩の言葉の意味を深く考えることだけだ。家に帰ってから、ご飯を食べているときも、お風呂に入りながらでも、ずっと考えていた。
まだ答えは出ない。
そもそも「自分だけ」とはなんだろう。
ベッドに寝転がりながら、私は海に深く深く沈んでいく。空気が薄なっていく。「あなた」でも「お前」、「あなたたち」でもない。そんな、自分だけのものなど、どこにあるのだろうか。
私は仰向けで、沈んでいく。
なかなか底にはたどり着かない。
それでも堂々巡りを繰り返す。
下が何百メートルもあるのか、はたまた、1メートルないのかもわからない。
それでも、考えは巡っていく。
辺り一面がどんどんと濃くなっていく。
音はなくなっているが、頭の中の自分の声がカラオケのように反響する。
いくつか上がった答えもまだまだしっくりこない。
まだまだクラゲのように回遊していく。
たった一つの「自分だけ」を求めて。
私の前にはスタンドマイクがポツリと立っている。その半径1メートルは無重力空間だった。宇宙に行ったらこんな感じなのだろうか。音楽のような静寂に包まれている。フワフワとした感覚の私を、マイクとの間にあるベースの慣れた重みが、地に足を着かせてくれる。
右隣を見ると千代さんが、いつも以上に凛とした顔でギターに手を置いている。
後ろを見ると、明音がドラムとにらめっこしている。
2人の姿を瞼の裏に焼き付けるように、私は目を閉じる。残像の2人の姿が、くっきりと脳裏にまで焼き付く。それを確認すると、私は心地よい緊張感に包まれる。ベースが無ければ飛んで行ってしまいそうだ。再び、2人の残像を確認する。無限のような時間を終わらせるために、私はそっと目を開ける。
「好きなタイミングで始めていいわよ。」
マイクの向こう側にいる麻衣先輩が優しく言う。
そっと、でも深く深呼吸をする。
最後に2人の姿を確かめる。
目を合わせて、互いの呼吸を合わせていく。
そして、明音がカウントをする。
いつもよりゆっくりに聞こえたが、私は一気に現実に戻ってくる。カウントを体に刻み、私たちの演奏は始まる。
最初から早いリズムで始まった、曲は私と明音のドラムによって形作られていき、そこにモノクロな音でキャンパスを作っていく。その瞬間に、マイクより後ろだけだった私の世界は、一気に部屋全体に広がっていく。やっとステージの前の先輩たちの顔が分かる。けれども、私にとってその表情への興味は一切なかった。
はじめに歌うのは私だ。通い慣れ始めている、けれどもいつもとは全く違うこの場所を想い歌っていく。私の歌は、千代さんが描いたキャンパスに黄緑色の背景を描いていく。これまでの演奏では見れなかった景色に、私のテンションも上がっていく。
あぁそうか。私がここに描きたかったのはこの色なのか。そりゃあ、ベットで思いを巡らせても見つからないわけだ。「色を付けたい。」というその気持ちを知りながら、気づいていなかった。これが、「私だけのもの」じゃないか。
次に歌うのは、千代さんだ。千代さんは、モノクロの雰囲気をさらに強弱をつけていく。千代さんは凛とした表情を崩さず、淡々と力強くギターを弾く。そして、丁寧に、ただはっきりと私の色に輪郭を付けていく。私の余韻が、千代さんによって完成されていく。泣きそうだ。
サビに歌うのは、明音だ。明音の明るいオレンジが、キャンパスと教室全体を照らしていく。ドラムを叩きながら必死に歌う彼女の声は、さらに煌めきを増していく。
そうか、「私だけのもの」は終わっていないのか。私は、ただ明音に支えてもらっていただけではなかった。彼女のキラキラと光るオレンジに、引っ張ってもらっていたんだ。だから、このバンドは千代さんと明音とじゃなきゃダメだったんだ。この3週間で、2人とのバンドは私の想像以上に、私にとって大きなもの、「私だけのもの」になっていたんだ。
明音の歌とドラム、千代さんのギターと、私のベースで完成したキャンパスを見る。あぁこの景色も「私だけのもの」なんだ。そして、この景色を、ここからもっと見たい。一生見ていたい。そんなことを想いながら、永遠と続いていくと思われた3分間は終わりを告げる。
ただ、私の頬には涙が流れていた。
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