Find our color⑧

「ごめん。私、ちょっと先に帰るねー。」

 練習中に合わせをして、みんなで感想を言い合ったあと、千代さんはそう言った。部活動終了の時間まで残り30分くらいだ。

 「りょーかい。何か用事?デートとか?」

 明音がテキトーに返事をする。彼女も疲れているのだろう。1時間半程、ドラムを叩いているのだから。ホントに脳死の返事だ。

 「違うわよ。てか、彼氏なんていないし!家族で出かけるだけ。」

 千代さんは呆れながら答える。そんな目をした千代さんは初めて見た。

 「アハハ。冗談だって。怒らないでよ。」

 明音は汗を拭いながら、ヘラヘラと答える。

 「お出かけいいなー。いってらっしゃーい。」

 私は明音が変なことを言い出さないよう、遮るように会話に混じる。

 「まぁ恒例行事みたいなもの、なんだけどね。じゃあ、おつかれー。」

 千代さんと私は、先週のチョッとした、それでも馴れ初めのような恥ずかしい話から、少し距離が近くなった気がする。そして、千代さんはパッと片付けをして、部室を出た。

 「「おつかれー。」」


 

 「いろはー。もうちょっと練習してく?」

 部室に残された私たちに少しの間の沈黙が流れた。そして、それを破ったのは明音だった。

 「うーん。さっきの合わせで間違えたとこ練習したいな。明音は?」

 「いろはが残るなら私も練習してくよ。」

 「ありがとー。」

 こうして、私たちは練習に戻った。



「最後、音源も流すから合わせてみない?」

 これが、初心者リズム隊の宿命なのだ。私も明音もまだ、演奏中に迷子になってしまうことがある。千代さんがいれば問題ないのだが、リズム隊だけになると、お互いに不安になってしまうときがあるのだ。その対策として、先輩の音源をガイドとして、スピーカーから出している。

 「いいよー。」

 そうして、2人での合わせが始まる。明音の自信満々な部分と、ちょっぴり不安そうな部分が、演奏を通して私に伝わる。明音にも同じように伝わっているのだろう。なんだか会話してるみたいで面白いなー、なんて思いながら演奏が終わっていく。


 「私達も、そろそろ帰ろー。」

 「そだねー。」


 「なんだか、明音と2人で帰るのって新鮮な気がする。」

 千代さんが、お家の用事で先に帰ってしまったので、私と明音は2人で帰っている。部室での合わせが終わってすぐに下校のチャイムが鳴った。今は、慌てながら片付けを終えて、部室棟から校門へと向かっているところだ。

 「言われてみれば、2人で帰りって珍しいね。登校はいつも一緒だけど。」

 明音はハッと驚きながら言う。彼女の言う通り、帰りはいつも3人なので、実はあんまり2人で帰ることはないのだ。


 「中学の時は、私、帰宅部だったかほとんど先に帰ってたしね。」

 「そうだね。中学時代のいろはの帰るスピードはアスリートだったよ。」

 「だって、学校いても、することないんだもん。」

 「あの頃のいろは、なんかつまんなそうで、ムスっとしてたからね。」

 「えー…。そんなふうに見えてたの?」

 驚きだ。確かにつまんなかったのは事実だけど、そこまで分かりやすかったとは…。気をつけないと。

 「数学の試験前と運動会前は特にね。今は楽しい??」

 「毎日、楽しいよ。ベース始めたばっかりだけど、先輩たちみたいにもっと上手くなりたい。数学は今も嫌いだけどね。」

 「そっか。それは良かった。」

 明音は屈託のない笑顔で、私に答える。ホントに、ずっと明音に助けてもらってばっかりだ。



 「明音のおかげだよ。」

 「うん?どうした?」

 明音は不思議そうな顔をして尋ねた。まぁ明音にしてみれば、突然のことだろう。私にとっては違っても。

 「中学のときもそうだけど、それ以上に今の私が楽しいのは明音のおかげだなと思って。」

 「それは…何と言うか…照れるね。急にどうしたの?」

 明音はまだ不思議そうな顔をしている。


 「この前、千代さんと軽音部に初めて来たときの話をしてね。思い返してみたんだよね。そしたら、オリエンテーションの時、明音もバンドやりたいって言ってくれたでしょ。あの言葉がなかったら…、ううん、明音が一緒だったからバンド始められたなって思って。」

 私は自分が思っている事を全て吐き出すように、しかし、叫ぶというよりも呟くように言った。

 「私こそだよ。」

 明音がいつもと違いボソリと呟く。

 「え?」


 「私の方こそ、一緒にバンドやってくれて嬉しいと思ってる。というか、高校はいろはと同じことしたいって思ってたし。それでも、いろはは帰宅部だろうなーって、それで、元サヤじゃないけど、私はバスケやることになるって思ってた。それが、バンド一緒にやれてる。今もすっごく嬉しいし、それ以上に、いろはのやりたい事と私のやりたい事が一緒で嬉しい。だから、いろは。ありがとう。」

 知らなかった。明音がそんな風に思ってたなんて。私と違い、語りかけるように、それでも力強く思いを吐き出す明音が、かっこいいと、そして同じ気持ちで嬉しく思った。


 「だから、いろは。これからもよろしくね。」

 明音は微笑みながら私に語りかける。

 「うん!こちらこそ、明音!」  

 私は、力強く満面の笑みで明音に返す。


 こうして、ちょっとした日常から外れた放課後は、2人の帰路と同じように元に戻っていく。約束まであと10日だ。

 

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