モノクロ・ガールミーツガール②
子どもの時から、音に色が付いて見えることがあった。旅行で行った沖縄の波の音はエメラルド、春の優しい風はオレンジ、公園の鳩の鳴き声は白といった感じだ。こう言うと、せわしなく全部の音に色がついて見えるようだが、実際はそうじゃない。色がつかない音もある。というより、色がついてない音の方が多い。なんでかは分からないが、感覚としては、他の人よりちょっと色が多く見えるくらいだ。だから、日常生活でそこまで苦労してきたわけでもない。このことを、初めて両親に言ったときは、イタイ子扱いされると思ったが、子どもの戯言だとでも思われたのだろう。両親は意外とすんなりと受け入れてくれた。だからといって、この体質を言いふらしたりはしなかった。知っているのはほんの一握りの友達だけだ。その友達には、散々、実験させられたが…。
実験の成果として、自然と違い、楽器や声の色はその奏者に依るところが大きいようだった。多くの人は、それぞれが発しやすい色があり、それを声や楽器によって塗っている。だから、楽器や声で多少の差はあれど、グラデーションを描く場合がほとんどだ。
一方、あの女の子は珍しく対極の2色を持っていた。今までも2色持っている人はいたが、そのほとんどはゴチャゴチャと混ざっていた。しかし、彼女は違った。白はキャンバスを作るかのように、じんわりと辺りに広がっていき、黒はそこに線を描くようにキッチリと進んでいた。それは、まるで名画の秘密下書きのようだった。しかし、それはまだまだ未完成なのだ。何か大きなモノを作ろうとしながらも、色がつかずにいるという不安定さ。私は、そんな彼女のギターに惹かれた。それは、私がそこに色を付けたいという衝動だったのだろう。しかし、私はその場を逃げるように離れてしまった。その名画の下書きに、私なんかが色を付けることを怖がったのだ。
家に帰り、ベッドに寝転がりながら、そんなことに気づく。しかし、この「色を付けたい」という衝動は、次の機会には抑えることができないだろう。まぁ、その次があればだが…。
ベッドの魔力に逆らうことが出来ず、うたた寝をしていると、遠くから母が私を呼ぶ声が聞こえた。
「いろはー、夕飯できたわよー。」
「はーい。」
私は海底にあるように重くなった身体を、ベッドから起こし、階段を降りていく。リビングの食卓には、オムライスが並んでいる。母の得意料理で、節目の日やその前日にはテーブルに並ぶことが多い。得意料理なだけあって、味はレストランと変わらないレベルだ。少し前には、「高級レストランの真ん中できると割れるやつに挑戦する!」など意気揚々と宣言していた。今日はまだ普通の「レストランのオムライス」なようだ。
「いろは、高校どうだった?」
普通、入学式が終わってからするであろう質問を母は投げかけてくる。
「やっぱり綺麗だったよ。さすが女子校って感じ。」
外から見た感想しか言えない私を他所に、母の質問は続いていく。
「なら、楽しみね。部活とか何かはじめるの?」
「うーん。わかんない。いいのがあればかな。」
誰よりも私のことを知っている母は、特に部活をする気がないことも気づいているだろう。それでも、わざわざ聞いてくるのは、天然なのか、それとも何か部活を始めるように仕向けているのか分からなかった。
「じゃあ、いいのがあるといいわね。」
母は追求してこない。私が面倒くさがるのが分かっているのだろう。すんなりと引かれてしまう。私は、そういう気遣いをしてくれる母がきらいのなれないのだ。
「そうだねー。ごちそうさま。」
嫌いになれなくても、思春期のモヤモヤとした気持ちがないわけではない。精一杯の反抗なのか、話を遮るように、私はお皿を洗い場に持っていき、足早に自分の部屋へと帰るのだった。
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