モノクロ・ガールミーツガール③
部屋に戻り、スマホをいじっているときも、母に呼ばれてお風呂に入っているときも、頭の中には少女のギターが鳴り止まなかった。時間にして1分ないくらいのフレーズを、私の耳と目と頭は正確に記憶し、無限に近いようなループを刻んでいた。私はその音を心地よく感じ、包まれるように眠りについた。
私の目の前には、再びギターを弾く少女がいる。変わらない場所、変わらない佇まい、変わらない髪型、変わらない表情でギターを弾く。しかし、ギターが醸し出すモノクロは以前よりも立体的で、躍動的で、それでいて圧倒的な安心感があった。「あぁ。これは、夢の中なんだ…。」と思った。それならば、私は声をかけることができる。
「私は、若葉いろは。高校1年生。あなたのギター、凄かった。あなたの名前を教えて。」
私は、気張った声で彼女にたずねた。
「私は…」
彼女は、戸惑った表情をしながらも答えようとしている。
こんなところで終わるんだから、この夢はなんて文学的なのだろうか。そんな皮肉めいたことを思いながら、入学式の日に起きる。ムスッとしながらも、鏡の前でいつも通りに髪を結び、朝食をさっさとすませる。最後に、まだ余所行きの制服に袖を通す。背中の違和感を背負いながら、部屋を出て、階段を降りる。母は、アイドルでも見るかのように目を輝かせながら、私を見つめる。恥ずかしい。
「いってらっしゃい」
感慨にふけながらも、一言で母は私を見送る。ここで、たくさん話しかけてこないあたり、さすが親子だなと思う。
「いってきます、お母さん。」
簡単な家族の挨拶を済ませ、まだ硬い革靴に足をしまい、戸を開ける。
外では、ある少女が私と同じ装いで立っていた。
「はよーす。」
女子高生らしい風体で家の前にいたのは、幼馴染のだった。その声は濃いオレンジで、私はいつもの安心を感じる。
「はよー。お待たせー。」
私は、まだ重たいまぶたを擦りながら、軽く返事をする。
「入学式だってのにダルそうだね。」
「明音は朝だってのに元気だね。」
彼女は橘明音(あかね)。名前の通り、いつも明るい雰囲気の、クラスの中心にいるタイプの女の子だ。高身長で中性的な顔つきなので、一見近寄り難そうだが、そんな性格もあり、小中とクラスの人気者だ。ご近所さんなこともあり、小学生の頃からの付き合いだ。いつも私を気にかけてくれる。
「そーだよ。明音はいつも元気だよー。いろはは夜更かし?」
「まぁね。」
「緊張で寝られなかったな~。」
「違うよ。まぁ学校行こ。」
「あいよー。」
冗談のつもりだろうが、実際に前日緊張していたことを当ててくるのはさすがだ。まぁ私が気だるげなのはいつも通りだが。
満開とはいかない桜並木の坂を明音と歩き学校へと向かう。道行く女子はみんな同じ制服だ。これから、毎日のように見る「見慣れた光景」になるのだろう。それでも、そこそこの緊張を和らげる、まあまあの新鮮味が歩みを軽くする。明音はさっきからヘラヘラとしている。彼女なりに緊張してきているのかもしれない。もうすぐ坂が終わる。
校門をくぐるとそこは別世界のようだった。一度、入試のときに来たがその時は緊張感があり音のない感じだった。今は、たくさんの同級生たちの様々な色が混ざり、オーロラのようだった。
「新入生は掲示板でクラスを確認してくださーい。」
女性の声が中庭に響く。案内に従い明音と掲示板のクラス表を確認しにいく。私は明音と違い背が高くない。しかも、名字が「わ」から始まるので、こういうとき決まって下の方に書かれる。なので、毎回集団をかき分けて前にいかないといけない。クラスはA~Eまでの5つあるようだ。下の方を丁寧に探していくと、3つ目のまとまりにあった。C組だ。そして、真ん中を目指し、目で列を登ってく。
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