第2話
貝塚 孝(かいづか たかし)は真面目に悩んでいた。
それは、自分が所属している研究チームの求めている答えを見つけたかもしれないから。
貝塚 孝の勤めている研究チームは、世界各地に共同研究チームが存在する。
世界規模の研究チームだ。
何を研究しているか、というとズバリ!アンチエイジング、不老不死だ。
健康的に長生きがしたい、何なら歳をとらずに若いままの姿で生き続けたい。
まるで夢物語だが、医療の分野は日々発達し進化している。
夢物語ではなくなる日が近いかもしれないのだ。
それは、ずっと囁かれていた噂だった。
「アマゾンの奥地にある村では、度々死人が生き返っている。」
という伝説である。
そこに、不老不死のヒントがあるのではないだろうか?
という結論に至り、研究チームのそれぞれの国の代表がその村に出向こうという事になったのだ。
貝塚は、その代表の一人として村へ渡航するメンバーに入った。
研究者というものは、新しい発見や未知なるものに異常に興奮してしまうものであるから、その噂の村にいよいよ潜入出来るとなったら、興奮が極致に達して、睡眠もろくに取れていない状況だったのである。
目がバッキバキに充血し、あまりのご面相に同僚も引くくらいだ。
「貝塚、大丈夫か?少し寝ろよ。じゃないと、村に行く前に死ぬぞ〜。」
同期の小山内(おさない)だ。この小山内も、代表の一人だ。
「そうは言っても、興奮し過ぎて眠れないんだよ!」
貝塚は強い口調で訴えた。
「ははは、お前はいっつも新しい事に向かう時には、遠足前の子供みたいになるよなー。」
小山内の温和な雰囲気にいくらか落ち着きを取り戻した貝塚は、照れて
「わりーかよっ!」
と拗ねた声で返した。
「悪くない、悪くない。ただ、体壊さんよーに、自分の体にも気ぃ遣ってやれよって話ー。」
小山内の優しい声かけに
「お、おぅよ。ありがとな。」
と、貝塚は返した。
1か月後。
代表者研究チームは、アマゾンの奥地の村に滞在して数日が経過していた。
チームは、村の人達の話を聞きこみしたり、彼らの心電図を録ったり、様々な事をして過ごしていた。
ある夜、事は起こった。
村の若者が高熱を出して寝込んでいるというので、様子を見に行った。
咳も酷く、肩で息をしている。聴診器を当てたところ、どうやら肺炎を起こしているようだ。
抗生剤投与など手は尽くしてみたが、数日後彼は亡くなった。
この村の葬儀の仕方などを村長と彼の家族と話していた。
が、亡くなったはずの彼の体が、美しい藍色に染まっていた。
本来なら、死後硬直の後、死斑が出て痣のようになったりするのだが…その様子は見受けられなかった。
数分で藍色は消え、普通の彼の体の色に戻っていた。
それだけでも驚くべき所だが、
村長が言うには、前に生き返った者も、こんな色になったと。
まさか、と思って見守っていると、若者は起き上がった。
何事もなかったように、目覚めた。
状況を理解しようと、聴診器を当てると心音は聞こえなかった。
つまり、心臓は動いてはいなかったのである。
研究チームは、目の前で起きた復活劇に色めきだった。
これを調べたくて来たのだから。
彼の唾液や、血液を調べた結果、ウィルスの存在が認められた。
彼は学術的には、死んでいる状態であったため、所謂ゾンビ化したと考えて相違無いだろうという結論に達した。
信じがたい事だった。
ある日、村長が村の更に奥に広がるアマゾンの森の中に、祭壇があるという。
そこに案内しよう、と言ってくれた。
祭壇が、実はウィルスの生地なのではないか、と研究チームは考えたから、案内してもらう事にした。
貝塚は、小山内と共に祭壇に向かう事になった。
村長いわく、少々危険な場所を通る、との事だったが、アマゾンの森の中を歩く事、それ自体が危険な事なのだから、と承知した。
後、チームの数名が一緒に祭壇へ行く事になった。
道中、危険な虫やら、毒蛇やら、とにかくあまりにも多くの危険が待ち受けていた。
「覚悟はしていたが、よくこんな所で人が生きてるな。」
貝塚が言うと、小山内が
「人間も一動物だと、自然の一部なんだと思い知らされるな。」
村長が後少しだ、と言ったので、少し気が緩んだのかもしれなかった。
ズルッと何か滑ったような音がしたかと思ったら、大きな音と共に地面が割れた。
目の前を歩いていた小山内が、崖の下にあっという間に落ちて行った。
「小山内っ!おさなーーーーい!!」
貝塚が叫んだが、返事は無く、何か正体不明の動物の鳴き声が響いていた。
村長が言うには、回り道をして行けば、小山内が落ちた辺りまで、降りて行ける、との事だったので、即降りる事にした。
数時間を要して下まで降りて行くと、小山内が倒れているのが見えた。
「小山内!小山内!しっかりしろ、小山内!」
貝塚が呼び掛けたが、死んでいるのは明らかだった。
足は折れていたし、頭からは血を流していた。
頭を強く打ったのかもしれなかった。
村まで小山内を運び、その体を横たえた。
顔を綺麗に拭いてやり、傷も綺麗に縫製した。
予想もしていなかった事態に、貝塚は呆然としていた。
あまりに突然の友の死に、気持ちが追い付かなかったし、眠っているような小山内の顔を見ていると、今日起きたことが現実とは思えなかった。
寸前まで話をしていたし、小山内の穏やかな顔を見ていたのだ。
貝塚は、何も出来なかった自分の無力さを悔やんだ。
「小山内、なあ、俺たちアマゾンに来ているんだぜ?すげーよな。」
貝塚の呼び掛けに、小山内が答えることはない。
だが、貝塚が横たわった小山内の手の辺りに目を落としていると、美しい藍色に変色している事に気がついた。
「小山内っ!」
数分で体全体が藍色に染まると、暫くして、元の肌の色に戻った。
貝塚は、息を呑んだ。
まさか、まさか!!
小山内は、ゆっくりと目を開けた。
「貝塚?どうした?」
いつもの穏やかな声色に、貝塚は、涙を抑える事が出来なかった。
「小山内!良かったー、良かったー。」
抱きついて離れない貝塚に、小山内は戸惑うばかりだった。
だが、小山内はゾンビ化しており、怪我もそのままで、治癒する事は無かった。
チームは、詳しい研究の為に、それぞれの国に帰国した。
厳重に管理していたつもりだったが、その後ゾンビ化ウィルスは、あっという間に広がり、世界はパンデミックに陥り、落ち着くまでに、数年を要した。
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