ゾンビは微笑んだ

さが あさひ

第1話

佐藤さんはゾンビだ。

それは、比喩でも何でもなく、彼はゾンビだ。

数年前パンデミックが起きた為、ゾンビになる人間が大勢いて、パニックになった。

今も、ゾンビになる人間は出続けている。

ただ、ゾンビと言っても、人を襲ったりしないし、自我もある。

体は死んでいるので、肉体はどうしても腐る。だから、国の支援を受けている。

彼らは、今まで通りに生活をしている。

医療は発達し通院して、肌の移植手術を受けて体を維持している。

勿論、仕事もしている。

学生なら、学校に通っている。


体からものすごい臭いを放とうと、体の一部が溶けようと、一向に気にせず仕事をする佐藤さん。

佐藤さんは、見た目は目の下が溶けているゾンビなので、レジの下にしゃがんでいたりすると、ものすごく驚く。

失礼……。

佐藤さんと二人でレジ担当した時は、少し緊張する。

お客さんが、一瞬引くのが分かるから。

佐藤さんが傷付くんじゃないかって、心配してしまうから。

でも、こちらの心配をよそに、佐藤さんはいつもと変わらず、黙々と仕事をこなす。

佐藤さんは、笑顔でレジをこなしているが、左目の下の溶けて崩れた感じが、ハッキリ言って、怖いのである。

でも、佐藤さんの元来の性格なのか、いろいろな事にめげずに笑顔でいる。

一番辛い筈の本人が笑顔でいるのだから、誰もがその姿に何も言えなくなる。

佐藤さんは、傷を隠したりしないで、全てさらけ出している。

ガーゼとか絆創膏とかせず、溶けた部分も晒しているのである。

一度聞いてみた事がある。

「傷とか、隠さないの?」

「隠しても仕方無いし、傷は風に晒している方が治りも早いから…あ、僕の場合は、もう治らないけど。」

そう言って、笑っていた。

ゾンビ化するウィルスの存在は、今や有名で皆が知るところになったけれど。

ゾンビ化した人達が、以前のような生活に戻るには、まだまだ問題がいっぱいある。

政府がやるべき事も、山ほどあると思うけれど、それが追い付いていないのが現状で、ゾンビ化する人達は、今後も増えて行くだろう。ゾンビ化してしまうと命は落とすが、生前と同じように、動き回り、生活して行かなければならず、体は溶けたり腐ったりしても、見た目の年齢は、そのゾンビ化した所で止まり、その体を国の支援の医療でいろいろ修繕しつつ、その姿を維持して生活して行く。


_______________いつまで?


その疑問がいつも頭の中にある。

彼らの人生はいつまで続くのか?

体は死んでいるのだから、維持する行為を辞めたなら、そのうち朽ち果てるのだろうか?

それは、誰が決めるのか…?

彼らが満足するまでなのか?

だとしたら、一体生命とは何なのか?

結局そこにいつも落ちていく。

この疑問がぐるぐるしてしまう。

長く生きて、この世に居続けたいと思うのか、この世に執着しながらも、普通の寿命を終えて死んで行くのか。

もう、いろいろやり尽くして、この世に未練なんて微塵も無く人生を終えるのか。

でも、ゾンビ化してしまった人達は、体が腐敗しても意思があり、ここで人生を終えようと思います!って決めても、火葬でもしない限り続いて行くわけで。

それはそれで、壮絶な所をくぐり抜けねばならず、やはり他人が決められる事ではない。

ゾンビ化するのは、どんな気持ちなんだろう?

私だったらどうするだろう?

佐藤さんがゾンビ化した時は、どんな風だったんだろう?

何を思ったのだろうか?


ゾンビ化ウィルスは、発症するとまず高熱が続く。もちろんそれは、ウィルスを排除しようとする体の反応なのだが、長く続くと体力は消耗する。

意識は混濁し、朦朧とする。

咳が出て、肺炎を起こし、体中の白血球の値が急上昇。

炎症反応値が下がらず、様々な臓器にも影響を及ぼし、命を落とす。

その後、死後硬直などの死後の普通の反応を示した後、体の肌の色が本来の変色をせず、美しい藍色になる。

通常の死斑は認められず、数時間すると藍色は消え、意識が戻る。

この時、心拍は戻らず。

ゾンビ化する。

という流れでゾンビになるらしいのだけど…。

今日からゾンビです、となっても昨日までとあまり変化が無ければ、戸惑うに違いない。

最初にゾンビ化した、研究員の人みたいに怪我をしていたとしたら、それも非常に困るだろう。

本来なら、大怪我をして死に至る所を、その状態で生かされても…

そこに本人の意思は介在しないわけで。

有無を言わさず、生かされるわけだから…


___________きっついな__________。


の一言で、でも明日は我が身なのが、ウィルスの怖い所である。

このウイルス、段々解ってきた事だが、

ウィルスってうつるよね?

という疑問についてだけど、このウィルス、宿主が、死に至った後、宿主の脳を乗っ取り、脳の神経細胞に寄生し、コントロールする。

本来は、そうして次の宿主に感染する為に動くのだけど、ゾンビウィルスは、この宿主の体を、完全にアジトとして利用する為、他者への感染が認められなかった。

ただ、普通のウィルスと同様に、咳などの飛沫感染などから、ある一定の潜伏期間には、感染能力があり、感染する可能性がある。

だから、宿主さんが発症して死亡し、ゾンビ化した後に、人にうつる事は無いという事だ。

とは言え、ウィルスが無くなったわけではなく、どこから感染するかはわからない。

ウィルスを保有していても、発症しない人もいるのだから、そうなって来ると、本人も気付かないから、悪気無く人にうつしてしまう事もあるだろう。

また、予防接種も従来型のワクチンの仕組みとは違う為、効果を上げるのが、難しいとの事だ。

最初に、このウィルスを持って来てしまった研究チームは、果たして成功した、と言えるのだろうか?

ある意味では、不老不死は叶えられたのかもしれないけれど。

いやでも、死んでるんだから…希望していたものとは違ったと言うことになるかな。

とか、どうでも良い事まで考えてしまう毎日になってしまった。


「ありがとうございました!」

佐藤さんが接客を終えて、ニコニコしているのを私は複雑な気持ちで見つめた。

とにもかくにも、今日も、佐藤さんは元気だ。

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