第57話 脱出

「フラン……っ……」


 俺は『集中』を使いつつフランとカサンドラの顔を見つめた。


 カサンドラはどうやらクザンの話を初めて聞いたらしく、ショックを受けている。


 自分を助けようとしているフランが大切にする虫が自分の兄によって殺されている。


 なんという皮肉な話だ。


 フランは、鈍器で後頭部を殴られたように虚な目をしている。


 どっちも絶望の表情をして、見ているこっちの心まで痛くなりそうだ。


 俺の戦術はフランがカサンドラを助けたいという気持ちがないと成り立たない。


 これは、まずった。


 ここでカサンドラを助けるとしても、自分は虫が殺されるという悲しみを味わい、虫を殺しまくるあの男とカサンドラは幸せを取り戻す。

 

 俺はフランだったら一体どんな選択をするのだろう。


「僕は……僕は……」


 当惑しながら言いあぐねるフランに、クザンは襲い掛かる。


「っ!!」

 

 クザンが覆いかぶさるような形で倒れたフランの上に乗った。


 そして、そのままフランの両肩を抑える。


「フラン君!君は俺と手を結ぶべきだ!」

「……」

「君は若い。そして俺と同じ昆虫テイマーだ!きっと君と俺が協力したら、エリックの計画は阻止できる!」

「……」


 フランは何も言わずに、気狂いのように発狂しながら喋るクザンを見たのち、虚な目を俺に向けてきた。


 もう、




 準備は整った。



っ!!頭が……」

「カール先輩……」


 データの収集とそれを理解することができた。


 カリンは魔力を結構消費したらしく頭を抑えて、俺に抱きつく身体は震え出す。


 やるべきことは確かにあるが、その前に俺はフランに話さなければならないことがある。


「フラン……」

「はい」

「俺はお前が幸せになってほしいんだ」

「っ!先輩……」

「ここで、あの男と手を組むのがお前にとっての幸せか?」

「それは……」

「希望を捨てるな」

「……カール先輩……エリカ先輩……」

「そう。この前、一緒にご飯食べただろ?その時した会話を思い出せ」


 この前、オドオドするフランを俺は昼食に誘い、そこで俺とエリカはフランにいろんな話をした。


 特にエリカの話が印象的だった。


『シャキッとして。女の子はいつもオドオドしているような男にあまり好感が持てないの。自信を持つことが大事よ。いくら虫を嫌う人だとしても、フラン君の勇気ある姿を見せつけたら、きっとカサンドラちゃんはフラン君を認めてくれるはずよ』


『ふふ、そうよ。私とカールはお似合いなの!だからね、フラン君も近いうちにきっと見つかると思うの!フラン君に似合う女の子が!』


 きっと、会えるぜ。


 そして幸せになれるから。


 だが、


「……」


 フランの表情はとても暗い。


 一体何を考えているんだろう。


 もしかして、あの男のところへ?


 そう思ったが、


「はあああああ!!」

「何!?」


 小さなフランは力の限りを尽くしてクザンを蹴り飛ばした。


 そして、俺を見つめてくる。


 さっきの暗い表情は若干気になるが、今のフランの瞳はメラメラ燃え上がっているように熱い。


 俺は言う。



 すると、ブーちゃんとヘラクレスくんは一瞬止まって、痙攣し出す。


「フラン、あの二匹に俺が作り上げた自我を受け入れるように伝えてくれないか」

「は、はい!」


 フランは立ち上がり、ブーちゃんとヘラクレスくんを見つめる。


 すると、


 二匹の昆虫は完全に俺の作り上げた自我を受け入れた。


「ブウウウウウ!!!」

「ギュウウウウウ!!!!」


 ブーちゃんとヘラクレスくんは今までの動きがまるで嘘のような速さでクザンの虫を攻撃する。


 無駄のない動きで、クザンの虫による攻撃を躱し、急所だけ狙う賢くて効率的な攻撃。


 あの二匹の虫に与えた自我。


 それは、敵の虫たちの動きや構造などがわかる自我だ。


 俺が集中で集めてデータを理解で加工し、それを自我という塊として仕立て上げて、二匹に与える。


 つまり、ブーちゃんとヘラクレスくんは進化を遂げたのだ。


「な、なんだ!?なんだこれは!?」


 たった二匹が十匹の巨大虫を簡単に倒す姿を見てクザンは戸惑う。


「あり得ない……あり得ない!!!なんであんなに強いんだ!?なんで俺の側につかないんだ!?」


 全部倒れた自分の虫を見て、絶望に打ちひしがれるクザン。


「エリックに絶望を与えて殺すという俺の計画が……オルレアン公爵家を潰す俺の計画が……虫を守るという俺の夢が……」

  

 両手で自分の髪をむしるクザンは


「ひひひ……うっへへへへ!!!俺の願いが叶わないなら、全部死ね……ここに設置された爆弾によって岩の下敷きになれ!!!」


「「っ!」」


 クザンは指を鳴らした。


 すると、


 爆発音が響き、地面が大きく揺れる。


「くっそ!これは間に合わない!」


 外にエリカもいるだろうに。


 と、思っていたら、後ろから声がした。


「カール!これは一体!?」

「エリカ!?エルシアちゃんも!?」


 二人は困惑しているようだ。


 入り口まではだいぶ歩くことになる。


 だから、ここから走ったとしても、この崩れ具合なら間に合わない。

 

 どうしよう……


 俺が頭をフル稼働させて考えること数秒。


 フランが口を開いた。


「ブーちゃん、ヘラクレス君、最後の命令。ブーちゃんはカール様とカリン様を、ヘラクレス君はカサンドラ様とエリカ様とエルシア様を連れて逃げて。そして外に出たら、大自然を満喫しながら僕のことを忘れて自由に生きなさい」


 なんだと……


「フラン!お前は……お前は逃げないのかよ!」


 俺が叫んでも、フランはクスッと笑って言う。


「早く!」


 フランが言った途端に、巨大マルハナバチであるブーちゃんは俺とカリンを自分のもふもふしたお尻に乗せる。

 

 そして、ヘラクレス君は巨大なツノでカサンドラの拘束を解いて早速自分の後ろにのせ、さらにエリカとエルシアを足で捉えて飛ぶ。


 いや。


 こんなの……


 フランが死ぬのは嫌だ。


 このまま別れるなんて……


 これはあんまりだ。


 せっかく仲良くなったんだ。


 フランは平民なのに珍しく幼い頃から属性に目醒めたことからとても辛い人生を歩んできた。


 除け者にされたり、いじめられたり、嫉妬されたり、利用されたり、差別されたり。


 だが、彼は泣き寝りしてグレなかった。

 

 他人に復讐することなく、ずっと一人で辛い気分を味わいながら生きていた。


 だから、幸せになって欲しかったのに……


 ゲームと同じく死んでしまうのか……


 強制力がからは免れないというのか。

 

 そんなの理不尽すぎる。


 死なせてたまるかよ……


「フラン!!!!!!!!」

「フランさん……」

「フラン……さん」

「フランさん!?」

「フラン君!」


 俺たちが叫ぶと、フランは無言のまま笑う。


 俺たちはブーちゃんとヘラクレス君のおかげで無事に外に出ることができた。


 岩の洞窟は


 崩れてしまった。





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