第40話 エイラは……
ボルジア家の邸宅の応接室
「まずい。こんなまずいお茶なんか出しやがって」
「「……」」
ボルジア家の執事が出したお茶を飲んで、感想をオブラートに包まず顔を顰めていうアーロン。
執事たちは冷や汗を流して困り果てており、文官たちは密かにお茶を啜っている。
アーロンは自他ともに認める美食家である。
お茶を飲んだ段階で、ボルジア家が食文化に対してあまり関心がないことを見抜いたアーロンは深々とため息をついた。
ガチムチのキン肉マン執事しかいなく、教養なんかこれっぽちも存在しない。
なのに、自分のところのメイドたちは、そのほとんどがこの執事たちと婚姻関係である。
しかも、自分の分身であるカールまで……
アーロンは悔しそうに歯軋りしていた。
「アーロン様……また怒っている……」
「怖い……今日有給使うはずだったのによ……本当に針のむしろだ」
「帰りたい……」
捜査官たちがコソコソ文句を言っている。
すると、風呂を終えて、さっぱりした状態のエイラが軽鎧姿で姿で現れた。
軽鎧と言っても本格的な戦闘用ではなく、RPGゲームの美人が着ていそうなセクシーなタイプである。
靴は金属製の長靴。
足と腰までブラウン色の皮と赤色の素材が覆っており、引っ付いている。
そして、お腹はスケスケで、赤い特殊素材が胸と腕を包んでおり、いろんな模様が散りばめられている。
特に彼女の巨大な白い胸が若干見え、その凶暴な谷間は一度入ったら二度と抜け出せないと思わせるほど深い。
セクシーな姿と戦姫とも女神とも呼ばれる美しい美貌とが相まって、文官たちは彼女を見て言葉を失う。
アーロンによって植え付けられた恐怖が、エイラの美によってもたらされた驚きに塗り替えられた瞬間だ。
「う、美しい……」
「すごい……」
「血の戦姫と言われるだけのことはある……」
文官たちがエイラの美に感嘆していると、執事たちがドヤ顔を浮かべた。
だが、
アローンは
「遅い!俺をどれくらい待たせる気か!早くこの領地で最も偉い商人のいるところに俺を案内しろ!」
彼の攻撃的な言葉を聞いてエイラは顔を引き攣らせる。
「貴様……何の予測なしに上がり込んでおいて、なんだその図々しい態度は!?」
握り拳を作り、アーロンの座っているソファーに片足を置いて彼を下から見下ろすエイラ。
「ふっ、ようやく臭くなくなったな」
と言って、立ち上がったアーロン。
エイラは悔しそうにアーロンを睨んでつぶやく。
「女に向かってなんてことを……」
「戦いにしか興味のない戦闘狂が女だと?ふ、笑わせるな!」
そしてエイラを指差して言う。
「本来、執事たちに案内してもらうだけで十分だが、お前に現実というものを教えるために来てもらうぞ。早く案内しろ!」
自分より背の小さいエイラを見下して言うアーロン。
エイラはそのアーロンの胸ぐらを掴んだ。
「っ!」
「あまり調子乗んな。ぶっ飛ばすぞ」
殺気と覇気が合わさった視線をアーロンに向けるエイラ。
だが、アーロンは全く怯まない。
「暴力でしかものが言えないタチかな?俺が最も軽蔑するタイプの人間だ」
また血の気が引いた文官たちと執事たち。
「もう、いい加減にしてくだしゃい!!!!このままだと何も進みましぇん!!」
叫んだのは王宮公認会計士であるルイスだった。
舌を噛んだが、言葉自体は二人にもちゃんと届いたらしく、
「命拾いしたな。これからは言葉には気をつけろ。アーロン」
エイラはアーロンを離した。
「エイラ。俺を怒らせない方が身のためだぞ。身の程知らずが」
ルイスの心臓は爆発寸前だ。
激しく腹式呼吸を繰り返すルイスに、文官たちと執事たちは小さく拍手する。
エイラとアーロン、ルイス、レンを含む執事数人と王宮捜査官数人は屋敷を出て、馬に乗って、ある商会へ向かう。
途中で先頭で馬を走らせるエイラは後ろを振り向いてアーロンに向かって問う。
「おい貴様」
「は?」
「ここに来たのって、この4人とお前で全部か?」
「そうだ」
「ふん〜」
「ん?」
エイラは意味深な表情を浮かべて前を向いた。
エイラの反応が気に入らないのか、アーロンはエイラの後ろ姿を睨め付けてくる。
やがて商会の建物に近づくとエイラ一行。
彼ら彼女らの存在に気づいた商会の職員は急遽、建物の中に入った。
そしてしばしの時が経って高そうな服装をした髭男が現れる。
「エイラ様!こんなむさ苦しいところに一体どんな御用があって……それに、こちらの方々って……」
当惑する髭男はアーロンたちを見て首を捻る。
エイラは何も言わずに、アーロンを睨んだ。
アーロンは口を開いた。
「お前の名前は?」
「えっと……デニスと申します」
「ふむ。デニス。俺はお前に用がある」
「な、なんでしょうか」
髭男のデニスは戸惑い始める。
目の前の男は一度も見たことがないが、まるで自分の全てを見透かしているようで、とても不気味だった。
自分の仕草や表情、言葉、瞳孔の動き、手の動きなどが全て観察される気がしてうちなる自分が決してこの男とは関わってはならないと叫んでいる。
待て
彼の服の襟にあるバッチ。
極めて複雑な幾何学的模様が散りばめられている。
このバッチを使う上流貴族は……
しかも、胸のところにある徽章。
あの徽章は
宰相の証。
「っ!!!!!!!!」
目を丸くして驚く髭の商人・デニス。
「中に入ろうか」
アーロンが低い声で言うと、デニスは
「はい。中へどうぞ」
平静を漂いながら返事をする。
そんなデニスの様子を見て、エイラは目を細めた。
「早速お茶をご用意しましょう」
デニスは笑顔で言う。
だが、
「いらない。それより、俺に何か言いたいことはないのかね?」
「……言いたいことですか?」
「ああ。お前は俺に言わなければならないことがあるはずだ」
「えっと、私はアーロン様が何をおっしゃるのか理解ができないのですが……」」
「ふふ、面白いやつだ。最後のチャンスを与えよう。今までお前たちがやってきたこと、そして黒幕が誰か全部白状しろ。そしたらお前の家族の命だけは保証しよう」
目を細めてデニスに問い詰めるアーロン。
捜査官3人は素早く紙とペンを取り出して、何かを書き始めている。
執事たちは小首を傾げて、この状況が理解できてないのか、お互いに質問しあっている。
エイラはというと、目を丸くしてアーロンの鋭い瞳を無言のまま見つめている。
髭の商人・デニスはと言うと、
後ろ髪をガシガシしながらあははと笑う。
そして
「アーロン様、さっきも申し上げましたが、私はアーロン様が何をおっしゃるのか理解ができません。愚かなものゆえ、どうかお許しくださいませ」
と言って、深く頭を下げる。
アーロンは彼を見て言う。
「もうお前に救いはない」
アーロンは右手を上げた。
すると、右手周りが光りだし、風が吹く。
しばしたつと、夥しい量の書類がアーロンのところに集まってきた。
デニスはその書類がなんなのか確かめるべく、目を擦ってから目力を込める。
やがて、
「っ!!!!!」
デニスは口を半開きにする。
アーロンが呼び寄せたのは、
「二重帳簿をつけているな。デニス」
(※ 二重帳簿:金銭の出納、取引などを隠すために、実態を記入する帳簿とは別に、偽りの記入をした表向きの帳簿をもう一冊つくること。)
そう。
アーロンはデニスの商会に存在するありとあらゆる会計資料を一瞬にして集めたのだ。
どうして、こんなことができるのか。
このデニスの商会に入る前に最上級のサーチ魔法を使い、建物の内部構造、書類の位置などを調べ尽くした。
その上で、彼の生まれつきの天才的な頭を使い、会計や経理関連の書類だけをここに集めたわけである。
そして膨大な資料を一瞥しただけで全部理解し、二重帳簿をつけているという結論に辿り着いた。
そもそも、アーロンが精神魔法で、あったばかりのデニスに精神状態を覗いた時点で、アーロンは彼が犯罪を犯していることを確信した。
体をブルブル震わせるデニスにアーロンは続けて言う。
「アラネル、ライデン、シジポス、アテネ。聞き覚えはあるかね」
「……」
「ボルジア家の領地に隣接した村の名前だ」
「……」
「その村にある商会や商人はボルジア家の領地で採れた鉱物や農作物を大量に買っている。そいつらは王宮にも物を卸すから、いつも王宮公認会計士によって帳簿を厳重にチェックされている。つまり、お前らがどれほどの値段でどれくらいの量を販売したのか、俺は全部把握している。もちろん、四つの村以外に対してもな」
「……」
「払うべき税金のうち90%ほどがお前らの懐に入って、さらに売上を隠蔽したことによる収益も持っていく。実に素晴らしいビジネスだ」
デニスは真っ青な顔で震え上がる。
エイラは驚いたように言う。
「つ、つまり!着服をしたというのか!?」
まるで初めて詐欺に遭う美少女のように戸惑うエイラ。
そんな彼女を見て頭痛でもするのか、アーロンはゴミを見るようにエイラを一瞥する。
それからアーロンがまたデニスを見ると、
デニスは全身に冷や汗をかいていた。
「クッソ……貴族になって圧倒的権力を手に入れるという俺の計画が……」
そう呟いてデニスが唇を噛み締める。
息を弾ませるデニスは
正気じゃなかった。
自分の手に入らないくらいなら
全部壊してやる。
そして、何より
自分の計画を邪魔したこの男を……
「はあああ!!!」
デニスが服の中から魔道具を取り出して投げつけた。
すると、あっという間に煙が立ち上がる。
「「っ!!」」
突然の出来事で周りの人たちは当惑した。
そんな混乱に乗じて
デニスは
毒が塗られた短剣を手に持って、それでアーロンを刺そうと足を動かす。
「はああああああああああ!!!!!」
「な、なに!?」
アーロンは目を見開いて自分を刺そうとするデニスを見る。
「……」
エイラは二人を見て眉根をひそめた。
追記
エイラママン……
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