第39話 衝突

 ボルジア家にある訓練場


「何姿勢崩してんだ!?敵は待ってくれないぞ!」

「っ!」

 

 斧と斧とがぶつかり合う音が訓練場に鳴り響き、二人の母息子は激しく体を動かしながら戦っている。


 互いの斧には赤い電流みたいなものが流れており、息を切らす息子のヨハネは余裕そうに見える自分の母であるエイラに向かって斧を振るために身を構える。

 

 ボディービルダー顔負けの筋肉を持つヨハネの一撃を止められるものは、果たしてどれほど存在するのだろうか。


 存在すると思うのが馬鹿馬鹿しく思えるほど、ヨハネは思いっきりエイラに向かって唱える。


!!」


 そう唱えると、斧が真っ赤に染まり、強い風が吹いた。


 だが、彼の威厳溢れる姿を見ても、エイラは顔色ひとつ変えず、斧を捨てて右手をあがて唱える。



 属性魔法の強化を使って、エイラは自分の息子の一撃を素手て受け止める。


 その衝撃たるや、ただでさえボロい訓練場にもっとヒビが入り、間も無くして訓練場の半分が崩壊した。


 砂埃が収まった頃にヨハネは倒れて激しく息を弾ませている。


「はあ……はあ……」

「ふふ、ちょっとは成長したようだな。ヨハネ」

「まさか、素手て防ぐとは……」


 自分の母はいつしか体育座りして、ヨハネを満足げに見つめている。


 ヨハネはエイラをじっと見つめてみた。


 うなじまで届く赤い髪、小さく整った顔、白い皮膚、引き締まった体。


 それに、包帯を巻いているはずなのに、隠しきれない巨大な膨らみ。


 見た目だけだと、自分を産んでくれたとは思えないほどの美しさだ。


 日焼けして、キメが荒い皮膚の自分とは大違いだ。


 自分と同じ年、いや


 それ以下だと言っても、人はきっと信じ込むのではなかろうか。


 そんなことを思っていると、エイラは胸の包帯を解く。


 すると、今まで圧迫されていた巨大な二つの膨らみは元の状態になって、訓練用の服の胸のところを勢いよく押し上げる。


 自分の母ながら本当に不思議な人だ。


 そう思いながら立ち上がるヨハネ。


 エイラもタイミングを合わせて立ち上がった。


 そして、ヨハネの腕を組んでくる。


「母上?」

「今日は非番だろ?買いたい魔道具があるんだ。付き合え」

「……」


 普段なら付き合うはずだが、今日のヨハネは違う。


「今日は約束がありまして」

「約束?」

「カリンが上級者向けのダンジョンでお茶がしたいとお願いしてきたので、今から出かけなければなりません」

「上級者向けのダンジョンでお茶か?なかなか変わった子ね。ん?もしかしてカリンってハミルトン家の長女?」

「そうです」

「……」


 エイラはヨハネを睨んできた。


 そしてふいっと顔をそらしては、


「好きにしろ。ふっ」

「……」


 エイラは瓦礫を乗り越えて他の場所に一人で移動する。


「今日は帰るついでに母上が好きそうなものでも買うか」


 魔族の幹部軍との戦争を終えて、凱旋将軍のように戻ってきた自分の母上。


 今のところ大きな戦争はなく、母上はイラス王国の軍部のトップに君臨しながら武器や戦術の研究開発と武官の育成のために尽力してくれている。


「家族旅行もありだな」


 そう呟いてヨハネは屋敷に戻って体を洗ってからハミルトン家に向かう。


 一人取り残されたエイラ。


「……辛気臭い」


 そう呟いてまた体の鍛錬を開始した。


 プッシュアップ、懸垂、腹筋、太ももの筋トレ。


 せっかくお休みだというのに、エイラは野外で自分の体を鍛えるのに余念がない。


 流れてくる大量の汗を見て、エイラは口角を吊り上げてより激しく筋トレをしていく。


 その瞬間、


 執事長のレンが慌ただしく走ってきた。


「エイラ様!!!!エイラ様!!!!」

「ん?」


 執事長らしからぬだらしない彼を見て、エイラは顔を顰める。


「大変です!!アーロン様がやってこられました!」

「は!?アーロン!?」

「はい!ハミルトン家のあのアーロン様です!!」


「なに!?」


 目を丸くして驚くエイラ。


 執事長のレンとエイラは走ってボルジア家の正門のところまでいく。


 そこには執事たちと馬に乗っている文官たちがいた。


 どちらも、困り果てたように一人の男を見て身震いしている。


 その男は白馬に乗っており、紺色の髪を靡かせながら先ほどやってきたエイラを睥睨する。


 訓練服姿のエイラもまた、その整った顔のイケメン宰相を見て握り拳を作り、殺意に満ちた視線を向けてきた。


「アーロン」

「エイラ」


 パチパチと音がするほどに互いを睨め付ける二人。


「帰れ。貴様の顔を見るだけでも反吐がする」

「ふっ、それは俺も同じだ。発情期の猿以下の類人猿が」

「っ!貴様、私を侮辱したら今度こそ潰すぞ!!私の髪の毛一本だけ使ってもお前を倒すことは簡単だ!」

「何図々しく捲し立ててるんだ?」

「はあ?」

 

 頭痛でもするのか、アーロンは頭を押さえて白馬から降りて、エイラの前に行く。


 エイラは彼が突然近づいてきたため、戸惑いながら長いまつ毛を動かし目をパチパチさせる。



 エイラの面前で叫んだアーロンは首あたりとコメカミに血管が浮き上がる。


 全く予想外なことを言われたエイラは小首を傾げた。


「はあ?なに言ってんだ?」

「お前が提出した年間報告書、全てのデータが出鱈目だろ!?」

「何を馬鹿なことを!年間報告書は私の領地で最も賢い商人たちに作成を委託している」

「だったら、このとんでもなく低い税金はなんだ!!根拠を出せ!!俺の想定より遥かに低いぞ!!俺の想定した分と、ボルジア家側が計算した少なすぎる税金を差し引いた分のお金があれば、一つの巨大な国家プロジェクトができるほどだ!!」

「馬鹿馬鹿しいことを……言いがかりをつけにきたのか!?この野郎!!」


 エイラはブチギレて、資料を手にしたアーロンを至近距離で睨んできた。


 周りの文官たちと王宮公認会計士であるルイスはそのままお互いを抱きしめ合って震えている。

 

 執事長のレン含む複数の執事たちも、仲裁することなく、怯えた表情で二人を見ているだけだった。


 アーロンの顔とエイラの顔は数センチしか離れておらず、アーロンは顔を引き攣らせて、エイラを押し退ける。

 

 押し退ける際に、アーロンは間違えてエイラの肩ではなく胸を押してしまった。


「っ!アーロン……今、私の胸に触れたのか?……貴様……今度こそ!」


 血の気が引いた執事たち。


 血の戦姫とも言われ、戦いの女神と崇拝される彼女の胸をなんの断りもなく触ったのだ。


 それがどれほどのことなのか、アーロン以外の全員はよく知っている。


 執事たちと文官たちの顔は既に血の気が引いている。


 だが、アーロンは容赦なしで目をカッと見開いて叫ぶ。


「え、ええ!?」

「そんな臭い体で俺に近づくな!実に不愉快だ!体を洗ってこい!!」

「わ、私が……臭い?」


 これまた予想外のことを言われ、エイラはまた目をパチパチさせる。


 戸惑うエイラを見て機会と踏んだ王宮公認会計士であるルイスが口を開く。


「えええええエイラ様……これはですね……決して言いがかりではありません。アーロン様はただ単にご自分の仕事をされるためにここに来られただけですよ……なので、一緒に入ってもよろしいでしょうか……」


 と、衝撃を受けているエイラを慰めて執事たちに目配せする。


 すると、執事たち数人がエイラに慰めの言葉をかけて、そのまま一緒に中に入る。


 エイラと執事たちが中に入ることを確認した執事長レンは捜査官にも手を振って中に入るよう誘導する。


 アーロンとルイスとレンしか残ってない状態で執事長のレンはアーロンに深く頭を下げた。


「アーロン様、エイラ様に酷いことは言わないで頂けると助かります。それに……僕は年間報告書の問題がどれほど深刻なのかよく知っております」

「ほお、君、名前は?」


 アーロンに名前を聞かれたレンは頭を上げて答える。


「僕は執事長のレンでございます」

「レン……なるほど。お前がレンか」

「……」


 アーロンはふむふと頷いたのち、急にドス黒いオーラを出しながら言う。


「よく知ってるぞ。我が屋敷で働く有能なメイド長サーラを結婚する前に妊娠させた、あのレンをな」

「……」

「まあ、今は結婚しているから俺からいうことはないが、急に妊娠するものだから、俺は優秀な人材を何の予告なしに失ったぞ」

「ももももも申し訳ございません!!」


 レンは再び頭を下げた。


「本当に、サーラからはいろんなことを教わっております……アーロン様はサーラの命の恩人だと聞いておりますが……」

「昔話はよせ。中に入るぞ」

「は、はい……」


 アーロンとレンの会話を聞いてルイスの顔はピンク色に染まった。


「ハミルトン家のメイド長とボルジア家の執事長が……結婚する前に、妊娠……っ!妊娠……妊娠……」





追記




人生山あり谷あり

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