第38話 キレるアーロン

イラス王国の王宮


「ほら見て!アーロン様だ」

「アーロン様が宰相になられてから、王国の行政と政務が革命レベルで改善されたよな」

「本当。前の宰相って、貴族派の無能な人だったから、ずっと残業続きだったぜ」

「アーロン様と一緒に仕事ができて本当に嬉しすぎる!」

「はあ……とてもイケメンで格好いいわ……しかも独身だし……子供が二人もいるけど、あのカリスマだと……私、アタックしてみようかな?」

「やめてよ。住む次元が違うって」

「にしても、あの外見で女癖が悪いって噂、全く聞かないし、本当に不思議な方よね」


 王宮に務める文官たちが国王の執務室に向かうアーロンを見て憧れの視線を向けてくる。


 アーロンはとても忙しい。


 宰相になってから約半年。

 

 キモデブのカールの件で宰相を辞退してから数年振りの開花。


 なので、前任の宰相がしでかしてきた失敗や、非効率的なワークフローなどを徹底的に排除したり、イラス王国の行政を刷新するなど、彼に課せられた任務は多い。


 そして、


 他にもやらないといけないことがある。


 アーロンは国王の執務室にやってきた。


「国宝陛下、報告に参りました」


 と、アーロンは片膝を絨毯につけて礼を表す。


「ふむ。言ってくれたまえ」


 アーロンは国王に先般獲得した魔境の地について報告を始めた。


「ふむふむ。いい方向に向かっておるな。きっと新たに獲得した魔境の地で取れるさまざまな鉱物は、我が王国の経済に良い影響を与え、民の生活をより豊かにしてくれるだろう。魔族語が話せる君と、血の戦姫のエイラを派遣したのが功を奏した形だ」

「……」


 『エイラ』という名前が出た瞬間、アーロンのコメカミに血管が浮いてきた。


 もちろん国王はなぜアーロンがこんな反応を見せているのかよく知っている。


 国王は深々とため息をついて、アーロンのところへ行き、彼の肩に手をそっとおいた。


「もういいだろ?お前の息子とエイラの娘は婚約関係だ。そろそろなかなお……」

「無理です」

「即答かっ!」

「いくら国王陛下の命令だとしても、無理なものは無理です。俺の体と精神と魔力が、あの恐ろしく下品で、悍ましい存在の全てを拒否しています」

「……」

「それじゃ、俺はこれで失礼したします」

「お、おい!執務室へ戻るのか!?」

「いいえ。に行って参ります。この間、ボルジア家の年間報告書が届きましたので、監査のため」

「……」


 アーロンはドス黒いオーラを出しながら、国王を見つめてきた。


 国王は固唾を飲んで、緊張した面持ちで言う。


「お、お手柔らかに頼むぞ」

「最善を尽くしましょう」

「……」


 アーロンはそう言って、踵を返して歩き出す。


 だが、


「おい、アーロン!」

「ん?」


 まるで友達を呼ぶように名前を言われてアーロンは後ろを振り返る。


 国王は彼を心配するように見つめて口を開いた。


「これは王ではなく幼馴染としての忠告だ。エイラを大切にしろ。そしたら、エイラはお前に欠けているところを補ってくれるはずだから」

「俺に欠けているところ?」

「俺は、お前に死んでほしくない」

「……」


 国王の言葉を聞いて、アーロンが悔しそうに唇を噛み締める。


「カルロス様。あの女なんかいなくても、俺は死にませんから」


 カルロス様。


 昔、アーロンは国王になる前の彼をそう呼んでいた。


 アーロンは立ち去った。


 ドアが閉まり、静寂が訪れる。


 国王であるカルロスは呟いた。


「全く……頑ななやつだ。性格は昔と比べて全く変わらんな」


X X X


ルイスside


イラス王国の税務局の応接室


 SSクラスを受け持つノルンの妹であり王宮公認会計士のルイスは震えている。


 肩まで届く薄い紫色の髪は仕切りなしに揺れていて、メガネは今にも落ちそうに振動する。


 目の前には先ほど到着したアーロンが自分が渡したボルジア家の年間報告書を読んでいる。


 応接室の外側からは、他の王宮公認の税理士や会計士、公務員などが身震いしながら、アーロンとルイスを窓越しに見つめていた。


 年間報告書の量は実に膨大で内容も専門知識がないと読めない。


 ゆえに、専門職である王宮公認会計士が要点だけまとめて宰相や他の偉い人たちに報告する流れになっているが、


 アーロンはボルジア家の年間報告書をあっという間に査読した。


 そして、


 手に持っている書類の束を叩きつけた。


!!!!」


「ひっ!!」


 なぜアーロン様がキレているのかはわかる。


 全体的に乏しい内容。


 信頼できない数字。


 圧倒的に足りない税金。


 前の宰相にはごまかしが効いたが、この男には絶対不可能だ。


 自分より税務や会計に関してよりよく知っている。


 涙ぐみながら頭を抱えるルイスにアーロンは問う。


「なんだこの数字は!?俺が予想した納付額と比べて圧倒的に少ないじゃないか!!昔と比べてもっとひどい数字になってる!ボルジア家の領土はもっと大きくなって人口も増えたが、これが論理的に正しい数字だと思うのか!?」

「そそそそそそそ、それは……うう……論理的でも合理的でもない数字……でございましゅ……」

「もういい。昔は国王陛下の仲裁で結局有耶無耶になったが、もう許さん……なめやがって!」


 怒りをぶつけるアーロンにルイスは消え入りそうな声で言う。


「あああアーロン様……ささ最近のボルジア家はすごいんですよ……確かに年間報告書はアレですけど、固定資産の申告はここのところよく頑張って下さるので……」

「して当たり前だろ!それに、ボルジア家の固定資産の申告は、俺のメイドたちがやってくれてるんだ!!」

「は、はい!?な、なんでハミルトン家のメイドさんたちが!?」


 ハミルトン家のメイドたちは、ボルジア家の執事たちと婚姻関係なので、休みの日にメイドたちが執事たちの事務の仕事を手伝ってくれていることをルイスが知るはずもない。


「もういい。今からボルジア家に行く。ルイス君、お前もついてこい」

「わわわわわわ私もでしゅか……」


 文の頂点に立つものと武の頂点に立つものの対立。


 誰もが望んでないこの嵐に巻き込まれてしまったルイスは、人生終わった人のように、灰になっていた。


 そんなルイスを、とてもかわいそうに見つめてくる職員たち。


 ルイスは税務局でもかなり優秀な王宮公認会計士で、すぐさまアーロンにその能力と才能を認められ、税務に関しては彼女とよく話し合う仲だ。


 攻略対象のノルンの妹だ。


 当然、若く美しい美貌の持ち主であることから、男女関係なく憧れの視線を周りからよく向けられるが、


 今日に限って、彼女を羨ましく思う人は一人もいなかった。


 外側にいる職員は自分達にとばっちりがかからないように祈り始める。


 これまでボルジア家の年間報告書の問題はタブー視されてきた。


 エイラは有能な将軍が1000人以上集まってもできないようなことを物の見事にやってのけて、イラス王国に莫大な利益をもたらしてくれた。


 なので、貴族派の者たちはなんとかボルジア家にお近づきになりたくて、この問題を指摘するものはこれまで現れなかった(ボルジア家を利用するものは現れたが)。


 王族も同じく、余計に刺激して、彼女が気分を害して王室側に協力的な態度を見せなくなったら、王室側に天文学的な損失が発生しかねない。


 中立派も、エイラの偉業があまりにも多いことから、年間報告書の問題で首を突っ込んだりはしない。


 そんな中、


 アーロンはタブーを破ったわけである。


 むしろ、アーロンだから破れるタブーと言って良いだろう。


 彼は王宮に一旦戻り、いろんな書類を持って王宮捜査官数人とルイスを連れて、ボルジア家に向かった。



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