第36話 パーティースコア

 二日が過ぎた。

 

 ベルは最後の最後に現れてボスゴブリンを掻っ攫って行った。


 ボスゴブリンを倒したベルは、残りの雑魚ゴブリンをも倒してみせた。


 時を同じくしてレイナ王女殿下とモブ男くんが学園の先生たちを呼んできてくれたおかげで、無事に俺たちは寮に戻ることができた。


 ボスゴブリンのレベルが30だということで衝撃を受けた学園側は原因究明に着手し、俺たちは二日間、特別休暇をもらうことができた。


 ちなみに、経験値はベルを除く全員に均等に分配される形となった。


 ベルの方が最も少ない経験値をもらったというわけだ。


 ゲームだと最後にモンスターを倒したものだけが経験値を得るが、ここだとモンスターを倒すのに貢献した割合で経験値を得る。


 まあ、考えたら当然か。


 ここは現実だ。


 強いモンスターをなんの努力なしで弱っているところに掻っ攫って全部経験値をもらうというのは、あり得ない話である。


 モンスターを倒すための努力がそのまま経験になって、それが鑑定魔法により経験値としてカウントされるのは理に叶う。


「ん……」


 目が覚めた。


 魔力を使いすぎたせいか、まる二日寝込んでしまった。


 早くシャワーを浴びないとな。


 きっと髪が脂っぽくなって、体も汗臭いことだろう。


 口だってそうだ。


 だが、


「ん?」

 

 髪はさっぱりしていて、体からは花の香りがしてきた。


 口内にはミントの香りがしてとても爽やかだ。


 なんぞやと周りを見ていると、メイド姿のティアナがドヤ顔で俺を見つめていた。


「やっとお目覚めですか?」

「ん……うん。ティアナ、水魔法とトルネードで俺の体を洗ってくれたか?」

「はい!今度はちょっと工夫をして、水に花や薄荷などを混ぜてみました!いかがですか?」

「最高だ。ティアナはただでさえ優秀なのにますます成長していくから主人として嬉しい」

「ふふ、カール様は私のご主人で、私はカール様にだけ仕えるメイドです」


 心地の良い会話を交わしてから上半身を起こして辺りを見渡すと、執事姿のスカロン君が目を輝かせて俺を見つめている。


「カール様、無事で何よりです!」

「スカロン君、エリカは?」

「エリカお嬢様なら、すぐそばにおりますよ」

「ん?」


 言っている意味がわからず首をキョトンとしていたが、エリカだけが発するフェロモンにすぐ気がついて横に視線を見遣れば、


「エリカ……」

「カール!」

「っ!」


 俺のベッドで横になっているエリカが嬉々としながら俺を強く抱きしめて、俺を布団の中に引き込んだ。


 制服を着ているので、おそらくずっと俺のそばにいたわけではないだろうが、一つ確かなのはこの温もりは間違いなくエリカのものだ。


「無事で本当によかった!!」

「エリカ……近い」


 俺の抵抗も虚しく、布団の中でエリカは俺の頭に腕を回してガッツリホールドして彼女の胸にそのまま持っていく。


 息苦しいが、極上の柔らかさはどんなクッションにも優り、エリカが向けてくる愛はいくら受けても決して飽きることはない。


 しばし、エリカの胸でおぎゃって、最高の癒しタイムを味わった。


 そして、制服に着替える俺。


「他の人は無事か?」

 

 俺の問いにまだ俺のベッドで休んでいるエリカが、俺の布団の匂いを嗅ぎつつ答える。


「魔力切れのカトリナとカールを除けば全員無事よ」

「……カトリナも結構魔力を使ったもんな」


 カトリナの無事を祈りながら、制服に着替え終わった俺はふとある男を思い出す。


 ベル。


 きっと主人公面かまして学校の人気者になっていることだろう。


 まさか、最後のトドメをベルのやつが刺すとは思いもしなかった。


 最悪な状況に置かれても美味しいところは全部持っていく。


 いくら俺がこのゲームのシナリオをぶっ壊していても、ベルの主人公オーラはなかなか消えてはくれない。


 さすが原作の主人公だ。

 

 もし、このままだと俺は成長したベルに殺されるのだろうか。


 嫌な予感がして胸騒ぎがした。


 すると、


 部屋から誰かがノックしてきた。


 俺の専属メイドであるティアナが早速ドアを開けると、そこには優しそうなおばさん寮長がいた。


「カール、やっと起きたようだね。カトリナもさっき起きたばかりだし、これでやっと8人揃うわけだ。ノルン先生が呼んでいるよ」


X X X


職員室


 俺たち8人(俺、エリカ、レイナ、ルナ、カトリナ、ナオミ、モブ男、ベル)は職員室の一角に設けられた待合室にあるソファーに腰をかけている。


 4人4人で向かい合っている俺たちの横の大きなソファーに俺たちSSクラスを受け持つノルン先生が座って黒タイツの長い足を組んでいる。


「全員無事で本当によかった」


 と、息を吐きながら白衣を押し上げる胸を撫で下ろして安堵するノルン先生。


 いつも仕事のできるOLっぽく振る舞っているから、こういう姿を見せられたら、なぜか俺たちも心が落ち着く。

 

 だが、ノルン先生はやがて咳払いをして、メガネをかけ直して冷静な表情をする。


「さて、ボスゴブリンのレベルが30だった件についてだが、調査した結果、ダンジョン鑑定士がミスをして、ダンジョンレベルを15に定めたことが明らかになった」



「「はあ?」」


 驚く俺たちの反応を流し見して説明を続ける。


「誤判定をしたダンジョン鑑定士は貴族派出身で、現在、王宮直属捜査機関によって身柄を拘束され捜査を受けている」


「「……」」


 まあ、当然そうなるよな。


 オルビス魔法学園は諸外国からの一流のエリートたちが集うところだ。


 ゆえに、万が一生徒たちが死んだり、障害を負うようなことがあったら、たまったもんじゃない。


 しかも、貴族派だ。


 きっと王室側から厳しい取り調べを受けることになるだろう。


「それと、パーティースコアについてだが」


 パーティースコアという単語が出た途端、みんな目を丸くする。


「当時の状況から察するに、ボスゴブリンを倒したのはベルで間違いないな?」


 ノルン先生の問いに、俺は顔を俯かせる。


 エリカは、俺の手をぎゅっと握ってくれた。


「はい」

 

 ベルの声が静かな職員室の中で広がる。


 ルナは顔を顰めてベルを眺めている。

 

「じゃ、パーティースコアはベルのパーティーに付与することにする」


 本当に、物語に登場する悪役ってただただ主人公の引き立て役にすぎないよな。


 転生したとしても、それは変わらないというのか。


 そう思っていると、


 急にカトリナが悔しそうに握り拳を作って、ソファーをぶとうする。


 だが、


 その前に


「ノルン先生!俺はお膳立てされただけです!だから、俺たちのパーティーだけパーティースコアをもらうのはアンバランスです!!」

 

 ベルが立ち上がり、大声で主張した。


「カールもエリカもナオミもカトリナも、パーティーとか関係なく強いゴブリンを倒すために力を合わせて死に物狂いで頑張ったんですよ!最初にボスゴブリンに無様にやられてルナからヒールをもらってやっと動けるようになった俺がいいとこ取りしただけだから、パーティースコアは平等に分配するべきだと思います!」

 

 体を張って自信満々に主張するベルに、ノルン先生は驚く。


 これまで暗い表情をしていたエリカとルナとナオミは明るい表情になり、怒りを募らせていたカトリナも巨大な胸を撫で下ろして息を整える。

 

 レイナ王女殿下とモブ男はずっと無表情だったが、ベルの言葉を聞いてにっこり笑う。

 

 ノルン先生はというと、


「ふふ、なかなか面白いことを言うね。じゃ、ベルの言った内容を活動報告書に書いて提出してくれ。その内容が妥当であれば、二つのパーティーに同じパーティースコアが与えられるはずだ」


 いつしかこの職員室には朝日が差し込んでおり、窓からは穏やかな空気が流れ込んでいた。


 それと


 ぐうううう


 ベルのお腹から音がした。


「悪い。朝食がまだだったよね?職員用の食券をあげるから、今日は職員専用の食堂で済ませてほしい。今日のメニューは美味しいぞ」


X X X


 職員室を出た俺とエリカは食堂へと向かう。


 まあ、これで一件落着って感じかな。


 ベルに対して色々思うところはあるが、隣でエリカがルンルン気分で歩いている。


 やつのことはもう忘れよう。


 そう思った矢先に


「カール!」


 やつが後ろから俺を呼んできた。


「はあ……なんだ」


 俺は振り向いて言う。


「本当にありがとう!」

「え?」


 急に頭を下げられ感謝された。


 隣にはルナが微笑みを浮かべている。


 俺が当惑すると、頭を上げたベルが語り出した。


「ボスゴブリンにやられて血を流していた俺にヒールをかけるようルナに命令したよね?」

「あ、ああ」

「それだけじゃなくて、あの強いゴブリンを倒すための作戦まで考えてくれた」

「……」

「俺はまだお前の足元にも及んでない。でも、いつかお前を乗り越えてみせるから!!」


 握り拳を作って意気込んでいるベル。


 さっきの発言といい、今の態度といい、本当に主人公すぎて反吐が出る。


 こいつと関わったらろくなことが起きないという俺の考えは今し方変わってない。


 だから、


 俺はベルを指差して言う。


「俺は貴様が大嫌いだ」

「っ!」


 攻撃的な言葉を言われ、体をひくつかせるベル。


 エリカとルナも目を丸くして俺を見ている。


 だが、


 俺の言葉はこれだけじゃない。


 俺は振り返って歩きながら手を上げた。


「頑張れよ」

 

 というと、エリカが俺についてきて、腕を組んできた。


「正直じゃないわね。カール」

「うるせえ」

「そこが私と違って大好きなところだけど」


 ベルは主人公だ。

 

 原作だと、やつは俺を殺す。


 だが、


 今のベルのブラウン色の目に宿っているのは殺意じゃない。


 殺意は間違いなくゼロだ。


 だから彼の瞳を見て、俺は心の中で安堵した。


 じゃ、彼の瞳にはどんな感情が宿っているのか。


 強くなりたいという純粋な向上心。


 ふむ。


 やっぱり、あいつは好きになれない。



X X X


ノルンside



王都にある居酒屋


 ノルンは自分の妹であるルイスと居酒屋に来ている。


 ノルンの妹のルイスはイラス王国の税務局に務める王宮公認会計士である。


 そんな彼女は涙ぐみながらお酒を一気飲みした。


 そして


「うええええ!!!お姉ちゃん!!助けて!!アーロン様がやばいよおお!!明日になれば、きっとアーロン様、爆発するよおおお!!間違いなくボルジア家に乗り込むよおおお!!!」

「……」


 ルイスは自分の姉の胸に飛び込んで泣きじゃくる。 


 ノルンはそんな自分の妹を抱きしめ、背中を優しくさすってあげた。


「カールとエリカ、大丈夫かな……」


 冷や汗をかきつつノルンは妹を慰めつつ、深くため息をつく。






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