第35話 思わぬ展開

 俺たちは絶望の顔をしている。


 目の前には怒り狂ったレベル30のゴブリン。


 そして周りには、


「ぐっへへへ」

「うっひひひ」

「あっははは」


 雑魚ゴブリン数人が鎌や石などを持って俺たちの命を絶とうと薄気味悪い笑顔をむけている。


 つまり、これは非常事態ということになるだろう。


 不幸にもドローンはこの辺りを飛んでないので、おそらく学園側は俺たちが危機的状況に瀕していることを把握していないはずだ。


 もし把握したとしても、この裏山は広いので、すぐにきてくれる確率は限りなく低い。

 

 つまり、


 ここにいる6人(俺、エリカ、ルナ、カトリナ、ナオミ、ベル)でなんとかしないといけない。


 考えろ。


 ゲームの中での彼女らの戦闘スタイルを思い出せ。

 

 そして、俺がこの世界で培った知識をフル活用しろ。


 もし、判断を誤まれば皆殺しというバッドエンドもありだ。


 ゲームだと味方の全員が倒れたら再び再挑戦すればいいが、これは現実だ。


 一回死んだら、そのまま黄泉に下り、蘇ることなんぞできない。


 俺は深呼吸をしてから口を開いた。


「みんな、俺の作戦に従ってくれないか?」


 というと、ヒールをかけているルナと治療を受けているベル以外の全員が俺を見つめてきた。


「まず、エリカとナオミは二人で協力してボスゴブリンの相手をしてくれ。でも、殺そうとしちゃダメだ。やつが元気な状態だとトドメを刺そうとしたら逆に巻き込まれる。ボスゴブリンの攻撃を受け流して体力を削いでくれ」


「わかったわ」

「……その通りにしよう。何か考えがあるようだな」


 エリカがすぐに答えるとナオミもふむと頷いて同調した。


 そして俺はカトリナにも話した。


「カトリナ、君はこのあたりにいるゴブリンたちの足を止めてくれないか。雑魚ゴブリンをベルとルナ、エリカとナオミとボスゴブリンのところへ近づかせちゃダメだ」


 俺の話を聞いたカトリナは顎に手をやって考え考えする。


「……ひょっとして雑魚ゴブリンに精神魔法をかけて戦わせるつもり?」

「さすが首席だ。その通り」

「……あなたに従う。それが最も効率がいいと踏んだから」

「ありがとう」


 カトリナは合金素材のメガネを光らせて収納魔法を使い、大きな魔導書を取り出した。


 そしてページを開いて、唱える。


「壁よ来れ!」


 と、唱えると、紫色の光が放たれ、その光が雑魚ゴブリンたちを囲い、そのまま透明な壁となった。


 雑魚ゴブリンたちは持っている武器でその壁を攻撃する。


「いくよ!」

「ああ!」


 斧を持つエリカと剣を持つナオミがボスゴブリンのところへ走り、戦闘を再開する。


 俺はボスゴブリンとエリカとナオミを見ながら唱える。


「集中……」


 すると、3人が激しく戦っている動きが全部頭の中に入ってきた。


 エリカの赤い髪が何本揺れているか、ナオミの指の関節あたりにシワがどれくらいあるのか、ボスゴブリンが手に持っている斧がどれほど刃こぼれしているのかも全部把握することができる。


 だが、

 

 3人の動きを同時に把握するのはその分、魔力の消費も激しい。


 しかしながらエリカとナオミの動きは、まるで戦場に咲く花のように美しいので俺の本能が決して目を離してはならないと叫んでいる気がしてならなかった。


 俺の役目は戦闘を繰り広げている3人の動きに関する情報を吸収すること。


 斧と斧、斧と剣が打つかる音は気分を高揚させる。


 十数分間続く戦闘。


「……カール、そろそろいい? 壁を維持することが難しい……っ!」


 カトリナは頭を押さえて苦しそうに言う。


 壁は衝撃を受けたり破損すると、修復のために魔力が必要となってくる。雑魚ゴブリンだとしても数はそこそこあるし、おそらく魔力切れなんだろう。


 実は俺も厳しい状態にある。


 ボスゴブリンの動きのパターンがあまりにも複雑すぎて、情報収集に予想以上に時間がかかってしまった。


 俺は唱える。


「理解……」


 すると、十数分間集めた膨大な量の情報のうち、ボスゴブリンの動きとエリカ、ナオミの避け方に関するおびただしいほどの情報のうち、必要なものだけが俺の頭の中に入った。


「っ!頭が……」

 

 俺は頭を押さえていると、エリカとナオミがとても激しく息切れしながらいう。


「カール!まだなの!?はあ……はあ……」

「もう、限界だ……これ以上は……」


 この二人だけでなく、ボスゴブリンも結構疲れた様子で動きが最初と比べると圧倒的に鈍くなった。


 もう準備は整った。


 あとはこっちから攻める番だ。


「カトリナ!壁を消してくれ」

「……うん。わかった」


 カトリナが息を強く吸って吐くことを繰り返しながら壁を消してそのまま倒れてしまう。


 俺はカトリナ抱き止めた。


「っ!!」


 そして俺は周りの雑魚ゴブリンたちに魔法をかけた。


「憑依……」


 10人のゴブリンは例外なく俺の憑依にかかった。


「ぐう!!」

「ぐえええ!!」

「があああ!!!」


 雑魚ゴブリンたちは、そのままボスゴブリンへと走って戦い始める。


「ぐえ!?」


 疲労困憊してるボスゴブリンは驚きつつ雑魚ゴブリンを取り払おうとするも、


 雑魚ゴブリンはすばしこくボスゴブリンの動きを読んで避けながら回り込んで攻撃した。


「グアアアア!!」


 雑魚ゴブリンたちによってダメージを受けたボスゴブリンは奇声を上げながら後ずさる。

 

 そう。


 この10人のゴブリンはもう雑魚ゴブリンではない。


 背は1メートルほどではあるが、奴らの頭にはボスゴブリンの動きとエリカとナオミの動きが刻まれている。


 それに、


 こいつらは非常に好戦的でボスゴブリンのことが大嫌いだ。


 そういう自我を俺が植えつけたのだ。


 もちろん自分のボスを倒さないといけないわけで、それなりの抵抗はあるが、俺の魔力の方が上だ。


 雑魚ゴブリンは英雄ゴブリンになったのだ。


「ああああ!!」


 体力がほとんど残ってないボスゴブリンに対し、10人の健康な英雄ゴブリンたちが手加減なしで全身を貪るように攻撃する。


 まるで遠く離れたところから見ると、集団リンチのようだ。


 まあ、悪役の戦い方としてはありか。


 だが、これって結構魔力を消費する。


 俺は父から膨大な魔力を受け継いだが、こうも属性魔法を使うとなるとさしもの俺といえども、頭が痛くなる。


 だが、もうすぐやつは倒れる。


 現に、英雄ゴブリンのうち一人がボスゴブリンの首に乗っかって、そのまま鎌で急所を狙っている。


 もう終わる。


 レベル30のボスゴブリンは倒れる。


 そう思っていたが、


「グアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 ボスゴブリンが雄叫びをあげ、力を振り絞って英雄ゴブリンたちを振り落とす。


「ギャアア!」

「キイイ!!」

「クエエエ!!」


 それぞれわけのわからん音を出しながら落ちてくる英雄ゴブリンたち。


 俺は驚愕した。


「憑依が解けた!?」


 さっきのボスゴブリンの叫びによってボスゴブリンを慕う気持ちが強くなり、憑依を突き破って元の状態に戻ったようだ。


「嘘……あともうちょっとだったのに!!」

「あと一撃で倒せそうだが……私はまだ回復しきれてない……」


 いつしか、俺の隣にきたエリカとナオミが悔しそうに呟く。


 俺の体にもたれかかっているカトリナも呆然と倒れる寸前のボスゴブリンを見つめている。


 どうすれば……

 

 俺はもう憑依をかけるだけの魔力が残ってない。


 だとすると……

 

 俺は密かにワンドをボスゴブリンのところへ向けようとする。


 が、






!!!!!」






 ベルがボスゴブリンの頭に向かって高く飛び上がった。


 彼の両手には大きな岩の拳が嵌められており、それをボスゴブリンに向けて大声で唱える。



 すると、岩の拳は光を伴い、想像を絶するスピードでベルの手から発射され、そのまま




 ボスゴブリンの頭に突っ込んだ。




「ギュエエエエエエエエエエエ!!!」



 ボスゴブリンは断末魔の叫びをあげた。








 

思わぬ展開w


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