第3話 ティアナと震え上がるメイド

ティアナside


翌日


ハミルトン家



 ティアナの朝は早い。

 

 魔道具である目覚まし時計が5時59分を指すのと同時に、まるで計ったかのように目が覚める。


 彼女はハミルトン家の屋敷にあるこじんまりした部屋のベッドから降りる。


 薄い水玉色の寝巻きの生地には花模様、星模様などが入っており、ティアナとよく似合う。


 まだ覚めやらぬ目を擦るティアナの白い手はメイドの割に傷ひとつなくとても綺麗である。


 鳥が「ちゅんちゅん」と囀り、朝の心地の良い日差しが彼女の明るいブラウン色のサラサラした髪を照らした。

 

 光の粒子は彼女だけでなく部屋全体に差し込む。


 ベッドは木製のフレームに、ふわふわスライムというアイテムを使ったマットレスと枕、白いシーツ、ダウンがいっぱい入った布団。


 そしてクローゼットには同じメイド服が5着。


 化粧台。


 そして、机には分厚い本が一冊おかれている。


「んん……」


 伸びとあくびを同時にしたことで頭が冴えてきたティアナは化粧台にある大きな鏡を見てみる。


 すると、自分の姿が写った。


 大きな二重の目に鮮烈な紫色の瞳、幼いけど整った鼻、小さな唇。


 体つきは全体的に細いが、バランスが良く、胸は大きい方ではないが決して小さい方でもない。


 そして、明るいブラウン色の長い髪からは人間より多少長いちょっと尖った耳が覗く。


 彼女はハールエルフである。

 

 ここイラス王国はいろんな種族が存在するが、人族が国を治めている。そして人族はエルフ族と仲がよろしくない。


 だが、彼女は人間とエルフの血を継いでいる女の子だ。


 ゆえに彼女は人間からもエルフからも煙たがられる存在である。


 ティアナに自分を産んでくれた両親の記憶がない。


 あるのは優秀な職人が作ったと思われるワンドだけ。


 産まれた直後に捨てられ、エルフ族から拾われ育てられるが、大きくなるに連れて人族の血が混ざっていることがバレて追い出された。


 その時のティアナは5歳だった。


 5歳の彼女はエルフ族領域周辺で一人寂しく生きていたが、あまりにも寂しすぎて毎晩毎晩泣く日が続いた。結局我慢ができなくなり、7歳になった時にティアナは意を決して、今度はエルフ族領域ではなく人族が治めるイラス王国へ行くことにした。


 そこで可愛い見た目の彼女はとある伯爵家の人に気に入られ拾われ、メイドとして働いた。


 だが、人族からの差別やいじめを受けて辛い時を過ごしていた。


 でも、なんとか生き残りたい一心で、共通魔法である家事スキルに全振りして数人分の仕事をこなすようになった。


 そんな感じで二年が経って9歳になった。


 するとティアナは屋敷で働く人の中で最も綺麗になり、伯爵は下心を抱くようになった。

 

 だが、ティアナは伯爵の要求を強く拒否した。

 

 心の奥から漲ってくる本能が絶対処女を散らしてはならないと訴えたから。


 結局、ティアナは伯爵からしつこく嫌がらせを受けて、屋敷に住む全員からも嫌われ、屋敷から逃げ出した。


 寒い冬。


 金もなく持っているのはワンドだけ。メイド服のままティアナはずっと歩いた。


 どれくらい歩いたのか、結局力尽きたティアナは森の中で倒れてしまった。


 雪が積もり、底冷えする寒さが自分を死へと誘う中、ティアナの意識がなくなるタイミングで、馬車が現れた。


 ハミルトン家の当主が乗っている馬車であった。


 そう。


 ティアナが倒れた場所はハミルトン家の私有地だった。


『俺の息子の世話をお願いできるか』


 自分に温かい料理と部屋を与えてくれたハミルトン家の当主であるアーロン。

 

 あれからティアナは三年半、ずっとハミルトン家の屋敷でメイドとして働きながらカールに仕えている。


「……すん」


 過去のことを思い出して少し涙ぐむティアナだが、首を左右に振って魔道具の目覚まし時計を消してから分厚い本が一冊おいてある机へ行く。


『家事魔法全書』

 

 およそ3000ページに達するこの本には家事魔法を全部網羅している


 ティアナはドヤ顔をして家事魔法全書を開く。


ーーーー


 2898ページ


 洗濯魔法の部

 

 魔法名:トルネード

 魔法種類:共通魔法

 難易度:最上位

 説明:水を使っての洗濯魔法で、トルネードを発生させ汚れを落とす。ほとんどの汚れを落とすことができる。

 

 詳細:……


ーーーー


 線がいっぱい引かれており、相当勉強していることがわかる。


 この2898ページだけでなく本全体に手垢がついている。


 ティアナは約30分間復習をして、メイド服を着たあと部屋を出た。


 すると、メイドの一人が廊下を歩いているティアナを見て笑顔を浮かべながら話しかける。


「あら!ティアナちゃん。おはよう」

「おはようございます!」

「今日は新しい洗濯魔法を披露するんだって?」

「はい!」

「他のメイドたちもとても楽しみにしているわ。私も見に行くわよ」


 ティアナは親切にしてくれる年上のメイドを見て優しく微笑んだ。

 

 二人は屋敷を出て屋外にある洗濯場にやってきた。


 そこには昨日、カールが食卓を覆したことで油汚れがいっぱいついている絨毯があった。

 

 そしてティアナを待っている数人のメイド。


 そのメイドの期待に応えるべく、ティアナは気合を入れた。


 ティアナは自分のガターベルトに手を入れ、ワンドを取り出しては汚れた洗濯物に向けて呟く。


「水よ来れ」

 

 水属性の使い手であるティアナの呪文により、空中に大量の水が現れた。

 

 まるで重力がない宇宙に漂う水のようである。


 彼女が魔法を使う姿を見て他のメイドが嘆息を漏らした。


「ティアナはまだ12歳なのに属性魔法が使えるなんて、本当にすごいね、普通は属性魔法に目覚めるのは13歳くらいなのに……」

「しかも、あれだけの水が召喚できるもの大したものよ」


 褒め言葉が聞こえる。


 だが、ティアナは動じない。

 

「ムービング!」


 続け様にティアナは共通魔法であるムービングを発動させる。


 すると、汚れていた大量の絨毯が宙に浮かび、やがて彼女が召喚した水の中に入った。

 

 絨毯が水に全部浸かるタイミングで、ティアナは目をカッと見開いて唱える。


「トルネード!」


 共通魔法において最も難しいスキルであるトルネードという魔法を使うティアナ。


 すると、空中の水に小さなトルネードができた。


 1個2個とトルネードの数が増えていき、ものすごい数となった。

 

 そのトルネードが絨毯に触れるたびに油汚れを含んだ濁った水に変わってゆく。


「「おお……」」


 数人のメイドはこの光景を口を半開きにしつつ見つめる。


 属性魔法である水と共通魔法であるムービングとトルネード。


 三つの魔法を同時に駆使する光景に見惚れるメイドたちを気にする風もなくティアナは昨日のカールによって汚れた絨毯を綺麗にすることに神経を集中させた。


 その様子は、たとえ幼いハーフエルフであっても踏み込めないオーラを漂わせている。


 数分が経つとティアナは意を決したように属性魔法である水と共通魔法であるトルネード使うことをやめた。そしたら水だけが地に落ち、絨毯だけが残る。


 ティアナはムービングを使い絨毯を空中で広げた。


 すると全ての汚れが落ちた綺麗な状態の絨毯が姿を現す。


 もう捨てた方がいいと言われて処分しようとしたが、ティアナが待ったをかけて洗濯場で放置された絨毯はまるで新品のようだ。


「す、すごい……」

「めっちゃ綺麗……」


 信じられない光景を目にしたメイドたちはティアナに憧れの視線を向けた。


 ティアナは照れ臭そうに頬を朱に染め、微笑みをみんなにかける。


「成功したみたいです……」


 ティアナの可愛い声を聞いたメイドたちが興奮気味に彼女のところに寄ってきた


「凄いわよ!ティアナ!」

「これをアーロン様が知ったら間違いなく喜ぶわよ!」

「偉い!」

「私たちにも講義してほしい!これからティアナちゃんじゃなくてティアナ先生ね!ふふ」


 みんなが大喜びでティアナの頭をなでなでしてあげた。


 撫でられて気持ちよくなったティアナは思うのだ。


 生きていてよかったと。

 

 これからも自分の水魔法と家事魔法を極めてハミルトン家の役のたつ存在になって、カール様に尽くすと。


 カール様。


 昨日のカール様はダイエットがしたいとおっしゃた。

 

 その言葉を聞いた時は本当に言葉では言い表せないほどの喜びが込み上げてきた。


 だんだんひどく変わって行くカール様を見て心が痛くなったが、自分は笑顔を崩すことなく、カール様に仕えた。


 そしてカール様は変わろうとしている。


 自分は本当に恵まれたハーフエルフだと心の中で叫ぶティアナ。


 カール様が体重を減らせるようにこれまで以上に頑張っていこう!


 そう意気込むティアナはムービングで濡れた絨毯を物干し台にかけた。


 すると、ティアナの頭を撫で終わった小悪魔っぽい幼いメイドがティアナに話かける。


「あ、ティアナっち、そういえば今日カール様とどこか出かけるんだって?」

「う、うん!」

「あのカール様が外出ね〜一体どこに行くの?」

 

 小悪魔っぽいメイド(ルビ)は目を細めて訊ねた。


 なのでティアナは笑顔を崩すことなく返答する。


「今日はね、ボルジア公爵家の屋敷に行くよ」


「「ボルジア公爵家の屋敷!?」」


 メイドたちは目を丸くして叫ぶ。


 小悪魔っぽいメイド(ルビ)が恐怖に怯えるように身震いしながらティアナの肩に自分の手をそっと置いてまた問う。


「ボボボボボルジア公爵家の屋敷にななななんか用でもある?」


 震えるのはルビだけでなく、全てのメイドたちも同じである。

 

 そんなメイドたちの反応を見て、ティアナもちょびっとビビるが、カールのことを想い、ドヤ顔を浮かべる。



「ボルジア家のエリカ様と一緒にダイエットをされるらしいです」



「「ダイエット!?!?」」




 ダイエットという単語を聞いたメイドたちは、ほうきや小道具などを落として全員震え上がった。






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