第4話 カール現る

 スカロンという執事がいる。


 彼はボルジア公爵家で務める男執事である。


 彼は貧民街で過ごす平民出身で父が過酷な仕事をして事故で亡くなり、母は父の死によりショックを受けてそのまま心を痛めて病死した。


 残されたスカロンは当時5歳だった。


 なのでなんとか生き残るべく、とある男爵家に入り下っ端の仕事をしたのだが、元々貧乏だったので、ものすごく痩せていたため、使い物にならないとしてすぐ追放。

 

 栄養失調や空腹に苦しみながらも、王都へ向かい物乞いをした。


 ボロを纏い、痩せ細った5歳のスカロン。


 消えてゆく希望となくなっていく生きる理由が絶望を与えたころ、運命の出会いがあった。


『少年、私の家で働いてみないか?』

『はい?』

『でも私の執事たちはみんなムキムキだから体を鍛えないといけないんだよ。みっちり鍛えてやるから』


 うなじまで届く赤い髪を靡かせ、エメラルド色の切れ長の目から発せられる視線は彼女が只者ではないということを物語っていた。


 この強そうで美しい女性はあちこちに傷が入った甲冑をつけており、全長3メートルほどあるいかにも強そうな斧を担いでいた。


 そして周りには同じく甲冑姿の大人たちが十数人。


『……』


 5歳児だったスカロンは頷いた。


 この赤い髪の美人騎士が何者なのかはわからない。


 しかし、彼女の引き締まった身体と威厳あふれる姿を見ると、この方について行けば、自分もこんなふうに健康になれるのではないかと思い、頷いた。


 後でわかったことだが、彼女はボルジア公爵家の党主であるエイラ・デ・ボルジアだった。


 ここイラス王国の軍を取り仕切る総司令官をやっており、いろんな戦争にも参加し戦果をあげ、その強さから他国の人はエイラという名前を聞くだけでも震え上がり、恐怖するらしい。


 それほど彼女はイラス王国の『武』を代表する女性と言って差し支えなかろう。


 ここで痩せ細ったスカロンはみっちり扱かれた。


 ボルジア家の使用人はみんなつよつよ(物理的に)なので、毎日鍛錬や運動をしながら執事の仕事を必死に学んだ。


 本当に辛くて途中、諦めたくなったが、みんなが自分のことを応援してくれて励ましてくれた。


 ボルジア家の人々は外見はとても怖いが、心はとても優しかったので、スカロンは健康な身体と優秀な執事としてのスキルを手に入れることができた。


 そして8歳になった時に彼は執事としての才能を認められ、同じく8歳だったエイラの娘であるエリカの専属執事を任されることとなった。

 

 8歳のエリカは太ってはいるけど、とても明るく元気なお嬢様だった。そんなエリカに影響を受け、スカロンもだんだん明るくなっていった。


 だが、事件が起きる。


 エリカが想いを寄せているイラス王国の第三王子・リベラとの出来事。

 

 第三王子はとても優しく気遣いのできる男だった。


 いつも男まさりなエリカの我儘を聞いてくれる第三王子。


 結局エリカはリベラと付き合うこととなり、このままだといつか婚約もするのではと執事であるスカロンは胸を弾ませていた。


 それほど二人はとても仲が良く、エリカはリベラに惚れ込んでいた。


 しかし、二年経ってエリカが10歳になった時の王室主催パーティー会場で衝撃的な言葉を聞くこととなる。


 エリカは今度こそ婚約をと煌びやかなドレスを身に纏って第三王子のリベラのもとへ走って自分の姿を見せた。


 だが、リベラはいつものように笑顔を浮かべるだけで婚約という言葉は口にすなかった。


 スカロンは落ち込むエリカを慰めたあと、再び二人は会場へ戻ろうとしたが、


『リベラ様……いつあのデブとお別れになるんですか?』

『もうちょっと待ってくれ。僕も頑張っているんだ』

『いくらボルジア家の力が必要だからと言って、リベラ様が犠牲になるのは間違っていますわ。リベラ様はデブをとても嫌っているではありませんか』

『やはり僕の気持ちを一番良く理解してくれるのはレベッカ、君だけだよ』

『リベラ様……』

『レベッカ』


 レベッカという伯爵系の綺麗な幼い少女と第三王子であるリベラがパーティー会場の裏で愛を囁いていた。


 衝撃を受けたエリカは最初からリベラは自分のことを愛していないことに気が付き、この日を境にお別れの内容が書かれた手紙をリベラに送ってから部屋に引きこもるようになった。


 リベラは一度もエリカのところへ来てくれなかった。


 彼女はストレスを解消すべく、甘いものをたくさん食べるようになった。当然、脂肪と糖は体重の増加に繋がり、エリカは前よりもデブになっていった。


 それに加えて薬師から鬱病の薬の処方してもらい、毎日それを服用している。


 もはや現在はカールと鎬を削るほどの酷い見た目になってしまった。


 エリカもそんな醜くなっていく自分を見て、もはや誰もが自分のことを嫌っていると被害妄想を抱くようになった。


 自分は愛されない。


 自分はキモデブ。


 自分は一生結婚なんてできない。


 今日もエリカは布団をかぶって、巨大な自分の体をベッドに預けたまま動かない。


 自分は母であるエイラのようにエメラルド色の目を持っているが、今のエリカは虚な目をしている。


 一連の流れを全部知っているスカロンは一介の平民にすぎない自分にできることは何もないことに気がつき悔しい気持ちを感じつつ、鍛錬を続けながらずっとエリカに仕えている。


 地道な努力のおかげで、彼も平民でありながら力属性に目醒め、屋敷にいるみんなに認められるようになった。


 しかし


 肝心なエリカ様は……


「エリカ様!朝ですよ!美味しい朝食をお持ちしました。入りますよ」

「入るな」

「……栄養豊富なサンドイッチですよ。きっと美味しいですから!」

「……」


 エリカは共通魔法を使い、ドアにロックをかけた。


 スカロンは暗い表情のままドアの前に立ち尽くし、ため息を吐く。

 

 周りの使用人たちはスカロンを見て、同じく物憂げな表情をする。


 数分間待機していたスカロンは諦念めいた面持ちで、サンドイッチが置いてあるトレーを持って歩き去る。


 そんな廊下を歩くスカロンを見て、赤い髪をした強そうなイケメン男が声をかけてきた。


「スカロン君」

「あ、ヨハネ様」


 ヨハネ。


 ボルジア家の長男であり、王立騎士団の騎士団長をやっているほど強い男だ。


 ラフな格好をして汗を流していることから、朝練が終わったことを察したスカロンは素早くお仕着せの執事服の内ポケットに手を突っ込み、タオルをヨハネに渡した。


「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ヨハネはボディービルダーばりに発達した腕に力を入れて自分の整った顔を荒く拭く。


 そして切れ長の目から放たれる鋭利な視線をスカロンに向ける。


「エリカは?」


 問われたスカロンは、悔しそうな表情で顔を左右に振る。


 そんなスカロンを見てヨハネが急にスカロンの肩を掴む。


「っ!?」

「汗、一緒に流そうぜ」

「でも、ヨハネ様は朝練が終わったはずじゃ」

「今日は休みだから、まだ遊び足りないんだ。相手しろ」

「……」

 

 ヨハネ様に気を遣わせてしまったことで、一瞬申し訳なさそうにスカロンはヨハネを見つめる。だが、きっといい日がやってくることを夢見てスカロンは訓練用服に着替えてヨハネと共に訓練場へと行く。


「はあ……はあ……」

 

 20分間行われた模擬戦。


 スカロンは本物の剣を使い、属性魔法で挑み、ヨハネは木製の短剣を握りながら魔法も使うことなくスカロンを相手した。


 スカロンの属性は力。


 まだ半人前ではあるが、平民にしては大したものだ。


 属性魔法である筋力強化を使い、ヨハネと一戦交えたが当然相手になるはずもく、ヨハネの蹴りを喰らって飛ばされてそのままKO。



「前より筋力強化がうまくはなったが、まだまだだ。少なくとも俺の蹴りに耐えられるようにならないとな」

「う……ヨハネ様の蹴りを喰らっても無事な人はエイラ様だけだと思いますが……」

「ふっ、その様子だとちっとはマシになったみたいだな」

「……申し訳ございません。ボルジア家に仕える身なのに、返って心配をかけてしまって」

「なに、君と俺の仲だ。それにスカロン君はよく頑張っている。初めて会った時を思い出してみろ」

「……全てボルジア家の方々のおかげです。これからも頑張ります」

「そのいきだ」

 

 ヨハネは倒れているスカロンに手を差し伸べる。


 そんな彼の男らしさを見て、スカロンは思うのだ。


 自分もヨハネ様みたいに強くなって、ボルジア家にとって役に立つ人間になろう。


 そしてエリカ様が幸せを掴めるように頑張ろう。


 きっとエリカ様にもいい日が来るはずだ。


 しかし、自分はエリカ様の根本的な悩みを解決することはできない。


 エリカ様を導いてくれる良き方が現れることを願うばかりだ。


 今日も教会に行って、神父様に祈ってもらおうかと思うスカロン。


 彼がヨハネに立たされると、急に門番の一人がいそいそとこちらに向かって走ってきた。


 二人はなんぞやと小首を傾げると、門番が息を弾ませながら口を開いた。



「はあ……はあ……ヨハネ様、大変です」

「なんだ?」

「ハミルトン家のカール殿がエリカお嬢様に会うべく、ここにやって来られました!」

「「は?」」


 「文」を代表するハミルトン家の長男が「武」を代表するボルジア家にやってきた。





兄の姿を覗く妹。




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