第2話 ダイエットをするのは一人だけじゃないから
カールは幼い頃から食べ物が好きだった。
小さいうちは周りから可愛い可愛い言われながら何の不自由のない人生を送っていた。
ハミルトン公爵家はここイラス王国の行政などにおいて莫大な影響を及ぼしている。国家運営における大事なことの一切を決める際に、必ず国王はカールの父を呼び、彼の知恵袋を借りるほどである。
カールの親族も多くが王宮内やイラス王国の多くの行政機関に務めている。
カールはそのハミルトン公爵家の長男だ。
つまり、将来が約束された勝ち組なわけである。
しかし、見ての通りこんな外見だ。
幼い頃もぽっちゃりだったわけで。
最初、明るくみんなに振る舞っていたが、10歳の頃、ある日のパーティ会場の裏でカールはグレることになる。
『カール様ってキモいんですのよね〜』
『ダイエットするつもりはないのかしら』
『たとえハミルトン家であっても、ああいう見た目じゃやっぱり無理ですわ』
『ですわですわ〜』
トイレへ行こうと会場を抜けたら、上流貴族の令嬢たちがカールの陰口を言っていたのだ。
その瞬間、カールは現実を知ることとなる。
これまで自分に笑顔で接してくれたみんな。
実は、彼ら彼女らはカールのことを生ゴミに巣食う糞虫を見るかのように見ていた。
最初は嘘と思い、他のパーティーにも参加して、魔道具を使い、盗聴まがいのことをしたりもした。
『あれがハミルトン公爵家の長男だと?笑わせるな!こっちは上流社会で認められるように頑張っているというのによ!』
『本当、馬鹿馬鹿しい。いっそのこと僕がハミルトン公爵家の長男だったらよかったんだ!』
『キモ』
男からは嫉妬され呪われ、
『なんなんですの!?あんなキモい顔は?』
『一緒にいるだけでも吐き気が催されますわ!』
『たとえ平民でもあんなキモ豚のモノにはならないはずでしょうね』
女からは軽蔑されまくり。
結局カールは瞳の輝きを失って家に閉じこもることになり、前とは比べものにならないほどの量の料理を食べることとなった。
現実を知る前は量こそ多いものの、バランスの取れた食事をしたが、現実を知って以降、肉料理ばかり食べている。
鶏肉、豚肉、牛肉を含め、ドラゴンの尻尾肉、ゴブリンの肉、その他のモンスターの肉。
とにかく肉肉肉。
1日5食は食べる。
日本だと、こんな大食いはヨウツベに動画上げたら間違いなく億万長者になったはずだが、残念だがこの「マジック★トラップ」にそんな仕組みは存在しない。
10歳の時にこのカールはグレ始め、5年間ずっと暴食をしてきた。
そして、魔法学園に行って入学式が行われるところからストーリーは始まる。
しかし、
刷り込まれて行くカールの記憶の中で、俺は重大なことに気がついたのだ。
ここは魔法学園ではなく、カールの家であると。
そして、
今のカールは15歳ではなく13歳であること。
要するに、まだ余地はあるのだ。
だから俺はティアナにダイエットを手伝ってほしいと願ったのだ。
俺の言葉を聞いたティアナは人より少し長い耳をかわいく小さく動かせては口を半開きにする。
「か、カール様……今なんと……」
「これからちょっと痩せたいから手伝ってほしいんだ」
「……」
ティアナは急に腰を抜かしたのか、脱力したように尻餅をついた。なのでメイド服の下の部分のスカートが捲られ、真っ白な生地が……
だが、それと同時に漂ってくる俺の酸っぱい汗の匂いに俺は顔を顰めた。
普通なら、近づいて手を差し伸べるはずだが、あまりにも酷い見た目ゆえに、俺は悔しそうに唇を一瞬噛み締めてからティアナに近づくことなく声をかけた。
「大丈夫?」
「は、はい!私は大丈夫です!」
「よかった」
「っ!」
「別に忙しいければ断って全然いいから。ティアナは家事の魔法がうまいけど、その分、仕事も多いよね?」
そう。ティアナは家事の魔法が実に上手い。
なので、マジック★トラップはソシャゲ的な要素があり5人編成で戦うことになるが、そこで必ずと言ってもいいほど入れて戦わせる。
単なる家事魔法しか使えないのになぜ入れるのかと突っ込んでくるかもしれないが、ティアナは強力なパッシブスキルの持ち主である。家事はみんなの役に立つということから、全員のステータスを大幅に上げるという発想に思いいたるあたり、運営会社なかなかやりおる。
俺が彼女の事情を察して言うと、彼女は突然涙を流した。
「ど、どうした!?俺、なんか変なこと言ったかな?」
俺は動揺しながら言った。すると、妊婦より出たお腹とグラドル顔負けの胸がデーンと揺れ出す。
ティアナはというと、細い指で涙を拭い、健気に立ち上がる。
結われた明るいブラウン色の髪からは良い香りが漂っており、紫色の瞳には一点の曇りはない。
彼女はドヤ顔で勢いよく鼻息を立てた。
「滅相もございません!!私は元々カール様のお世話をするために雇われた身です!!誠心誠意尽くさせていただきます!!」
穢れを知らないあまりにも純粋な表情を向けられた俺は、ちょっと照れくさくなって視線を彼女から背けた。
もし、俺がこのカールというキモデブ悪役に転生していなければ、この純真無垢な顔は、きっと豚汁まみれになったことだろう。
これはいわば回想シーンであるが、マジック★トラップ開始時点で二人がよからぬ関係を持ったという悲劇は回避できたと思う。
俺の残された時間は約一年半。
なのでしっかり痩せて、主人公とは一切関わらないようにして、スローライフを目指したい。
幸いなことに、俺は公爵家の長男で、魔法の才能だってある。
今は太りすぎていて魔法研究どころではないが、痩せたら思う存分、魔法について突き詰めていきたい。
「ありがとう。ティアナと一緒ならうまく行く気がするんだ」
「私もご期待に添えるように頑張ります!」
ティアナがそう言って、後ろを振り向いた。
そして、自分のスカートの中に手を入れてガーターベルトからワンドを取り出す。
ワンドの手で握るところには細い模様が刻まれており、素人目線でも非常によくできていることがわかる。
ティアナはそのワンドを散らかりに散らかったテーブルのところに向けては何かを唱えた。
「あるべき姿に戻りなさい!ムービング!」
すると、ぐちゃぐちゃになった料理は空中に浮いて一箇所に集まり、割れた皿の数々は整然と整った状態でまた宙に浮く。
それだけじゃない。
スプーン、ナイフを含む小物などが種類ごとに分けられ、浮かんでいる。
しまいには倒れたテーブルまで元の場所に戻っている。
大したものだ。
これは共通魔法であるムービング。
魔法の力で物体を動かせることができるのだ。
ムービングを使うのは簡単だが、それは小さな物体を前にした時のみだ。
料理と皿、スプーン、小物を正確な位置に移動させるのは至難の技である。
しかも一箇所だけでなく、いろんな場所にそれらを移動させた。
加えて、丈夫で重たい木で出来た4人用のテーブルをも簡単に浮かせて元の場所に戻した。
精度だけでなく力加減も重要になってくるので、ここまでムービングを極めたものはゲームの中ではティアナが唯一である。
実際に魔法を見て俺が呆然としていると、ティアナが後ろを振り向いて俺を見た後口を開く。
「汚れた絨毯とテーブルはすぐに片付けます。ダイエットで私にできることを今お聞かせいただけますか?」
「お、おう」
嬉しい感情を滲ませて問うティアナ。
今の俺はキモデブではあるが、ここはちゃんとした指示を出すべきた。
口をキリリと引き結んで俺の返事を待っているティアナに俺は言う。
「明日、エリカのところへ行くよ」
「エリカ?」
「ああ。ダイエットするのは俺一人だけじゃないから」
「ふむふむ……つまり、エリカという方もダイエットが必要……って、まさか……ボルジア公爵家のエリカ様!?」
「そうだよ」
「ふええええええ!?!?!?」
ティアナは叫ぶと同時にワンドを落とした。
条件反射的にその美しいワンドを見つめていたら、宙に浮かんでいた料理と皿と小物などが絨毯に落ちた。
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