第27話 再戦、それが肝心

 先頭を歩いていたタローは立ち止まった。地下九階。ここはあまりヒカリゴケが生えていない。道が薄っすらと見える程度の灯だ。


「明かり、点ける?」


 暗くて動けなくなったかと思ったロジーネが訊く。


「頼む……。いや、どっちでも良い……」

「どう、したの?」


 タローは振り返って二人のことを見る。言うべきか言わざるべきか、数秒間、沈黙している。


「らしく、ない」


 ロジーネに言われて、タローは大きく呼吸をする。そして、意を決したかのように、話し出す。


「ここの先に、ミノワウルスがいる」

「ミノワ、ウルス……」

「ちょっと戻る必要があるけど、回り込むルートを選べば戦わずに上の階段にたどり着ける。けど……」

「戦いたいのですね」


 オーガスタが話に割り込む。


「神もこう話されています。襲ってくる敵はぶちのめせ遊ばせ。って」

「ホン、ト?」


 ロジーネが呆れた声を出す。だが、否定はしない。クロエから取り上げた杖がある。巻物も豊富だ。最悪は逃げればいい。リスクはヘッジされている。ならば、クロエを撃退した力。どれほど魔物に通じるか試してみたい。


 タローの視線にロジーネとオーガスタが答える。もう、以前のように揉めたりはしない。三人の気持ちは同じ方を向いている。


「今回は不意打ちはなし。正面から行く。援護はいつもどおり頼む。杖とか巻物は必要なら使ってくれ」

「うん」

「私はどうすれば?」

「オーガスタは俺とロジーネが怪我をしたら治してくれればいい。それ以外はロジーネの横で、背後や視覚から魔物が現れて襲ってこないか守ってあげてくれ。任せたぜ」

「任されますね」


 タロー達が歩いていた通路は塞がっていた。だが、行き止まりではない。隠し扉がある。スキルで隠し扉の位置を把握していたタローは、取っ手を掴む。捻ってドアを開けると、静かに部屋の中に入る。


 その部屋はスキルで得ていた情報より広い気がした。以前は大きく感じられたミノワウルスが思ったより小さく感じる。


 タローはゆっくりと歩きながら近づく。ミノワウルスは背を向けている。まだ三人のことに気づいていない。呼吸を整えながら、攻撃を仕掛けるタイミングを見据える。剣を持っていない左手で、背後のロジーネに合図を出して、先制の魔法攻撃を仕掛ける。遅延の魔法だ。本来よりミノワウルスの動きは遅くなる。


 魔法が効力を発揮するのと同時にタローは走り出す。剣を両手で握り直し、ようやく自分が攻撃を仕掛けられていることに気づいたミノワウルスに肉薄する。


 首だけ振り返ったミノワウルスはそのままの態勢で、体を揺らす。その瞬間、タローの長剣がミノワウルスの臀部に刺さる。しかし、致命傷ではない。踏み込みが甘い。ミノワウルスは前足に力を込めて、後ろ足を蹴り上げる。


 目標を見ずに蹴り出された足ではあるが、攻撃に意識を向けていたタローの腹部に直撃。軽々とボールのように弾き飛ばされる。


 もし、今までのタローであったならば、この瞬間に死んでいたとしてもおかしくない。一撃で腹部を撃ち抜かれていたはず。


 しかし、タローは耐えていた。かなりの致命傷ではあるが、死んではいない。


「タロー様!」


 オーガスタがタローのことを受け止める。タローの体重と飛ばされた速度から、かなりの運動量が発生している。昨日までのオーガスタであれば、勢いを殺すことなど出来ず、二人纏めて床に転がることになっていた。しかし、オーガスタも昨日までのオーガスタとは違う。両足で踏ん張って、勢いを殺している。


「ありがとう」

「神のご深慮に感謝いたします」


 タローはお礼を言ってからミノワウルスのことを睨みつける。一瞬で治癒は完了している。やられた分はやり返さなければならない。


 ミノワウルスも呆然と突っ立っているわけではない。タローを蹴った次の瞬間、体を向き直し、三人に向かって突進を開始している。纏めて、吹っ飛ばそうという魂胆だ。


 だが、速度は本来のミノワウルスのものではない。そして、直線的な動きは魔法の狙い目だ。ロジーネは魔法の矢の呪文を解き放つ。一発、二発、三発。流石のミノワウルスも勢いを削がれる。更に、体力が復活したタローが正面から斬りかかる。


 上段の構えから振り下ろした長剣は、その頭部を簡単に両断するほどの威力があった。しかし、ミノワウルスは身を引いていた。突進を止めて、タローらの動きを観察している。


 牛の頭は大した知能など無いはず。それなのに、戦闘においては歴戦の勇士のような動きを見せる。


 これで武器を持っていれば勝ち目はないが、ミノワウルスは素手だ。有効な攻撃手段は、人間の体のような上半身で殴ってくるか、馬の後ろ足で蹴ってくるか、突進による体当たりかだ。


 背後に回らなければ、蹴りは飛んでこない。つまり、実質的な攻撃は、パンチか体当たり。剣で斬りつければ射程距離からタローの方が有利。


 それでも、ミノワウルスの抵抗は強い。振り下ろしてくるパンチは的確に頭部を狙ってくる。長剣でガードすることで何とか守りきっているものの、どちらかと言えば押されているのはタローの方だ。


 援護の魔法は時折飛んでは来るが、タローに当たるのを躊躇してか散発だ。だが、それでは疲れ知らずのミノワウルスに勝つことが出来ない。


「ロジーネ、壁だ!」


 タローが長剣を振るいながら指示を出す。背後にいるロジーネが理解してくれるか? そんな不安があるものの、目の前のミノワウルスと死闘を続けている状態ではこれが精一杯。


 一発でも良いパンチを貰ってしまえば、長剣を持っている有利さなんて失われる。胴体に長剣を突き立てれば良い。なんて単純な話ではない。ミノワウルスの分厚い脂肪の前に、致命傷になる前に奪い取られる可能性がある。


 ミノワウルスに対して、長剣を振り続けることで動きを抑え込んでいたタローだが、体力的にキツくなってきた。精々、数分間ですらこのザマだ。


 自分の剣速が落ちていることに気づいて、タローは焦りを感じる。有効打を与えていないのに、自分だけが消耗しているのでは話にならない。


 まだ、早かったか。もう少し、勝ち目がある魔物を相手にしたほうが良かったか。頭の中に後悔の念がよぎる。別に、ミノワウルスなんかを相手にする必要はなかったんじゃないかと。


 動きが悪くなったのを見てミノワウルスが攻勢に出る。タローが持っている長剣のことなど気にしていないようだ。多少、腕を切りつけられた程度では力が落ちていないように見える。


 まずい。このままでは……。


 タローが覚悟を決めた時、斜め方向から魔法の矢が複数飛んでくる。天井やら壁面から反射した魔法の矢がミノワウルスを打ちつける。


 一発、二発程度では効果がないかもしれない。それでも、大量の魔法の矢を受けて、ミノワウルスも動きが鈍る。


 タローはその瞬間を見逃さない。前足を斬りつける。一撃では無理だが、何回も斬りつけると、ミノワウルスは明らかに動揺する。足は胴体とは違う。分厚い脂肪はない。更に言うなれば、その巨体を支えているのだ。十分な強度を持っているとは言え、攻撃されれば脆さがある。


 ミノワウルスは自分の弱点を知っていた。足にダメージを受けたからには、逃げることすら出来ない。そう判断したかはわからない。実際は、本能的な攻撃だろう。タローを踏み潰そうと前足を高く振り上げる。


「今だッ!」


 タローはこの一撃に全てを賭けるべく踏み込んだ。無防備になった一番大事なはずの腹部。そこに、長剣を突き立てる。失敗すればペシャンコになって命など無い。そんなことすら考えることもなく、全身全霊の攻撃を行った。

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