第26話 執着の決着
クロエには勝利への自信があった。確かに、今まではタロー達にしてやられている。だが、それは罠にかけられたからだ。もし、真正面からの対等な勝負であれば、タローごときには負けるはずがない。そう確信していた。
確かに実力的に体術・剣術ともタローより上、一対一であればクロエが知っているはずのタローに負けるはずがなかった。
だからクロエは正面から突っ込んでくる。毒の効果は無くなっている。だが、体力は万全ではない。動きはかなり落ちている。それでも、タローにスピードでもパワーでも勝てると踏んでいた。パーティーの中心であるタローを倒せば一気に状況をひっくり返せる。武器や杖を奪って油断しているのは逆に好機と考えていた。
クロエは怒りでハラワタは煮えくり返っていたが、冷静さを保っていた。毒のせいで意識を失いそうになりながら、どうすれば相手のスキをつけるかだけを考えていた。
当然のことタローは警戒していた。油断していたわけではない。しかし、クロエの動き出しが速かった。返り討ちに合うかもしれない。そんなことを想像すらしない思い切りの良さがあった。
タローは想定していたより唐突なクロエの攻撃に反応できない。身構えるのが精一杯。そんなタローはクロエの重心の乗った脇腹への中段蹴りをまともに受けて……弾き返した。
「なっ!」
蹴ったはずのクロエが反動で後方に倒れ込む。背中を打って転がると、その勢いを利用して立ち上がる。タローには勝てない。瞬時に判断したクロエは今度はオーガスタに突進して体当たりをする。弾き飛ばしてそのままの勢いで馬乗りになろうという動き。
オーガスタはクロエより体型が少しだけ小さい。それに、オーガスタは戦闘術は学んでいない。客観的に考えて勝ち目はない。……はずであったが、クロエは貝のように身構えたオーガスタに突進を止められる。
何が起きたのか理解できない。と動きの止まったクロエは横からのタローの蹴りを受けて床に倒れ込む。くはっと息を吐き出すとそのまま大の字になって大きく呼吸を繰り返す。もう、立ち上がろうとする気力はない。
「さっきの殺人蜂の巣で手に入れたローヤルゼリーのおかげだな」
タローはクロエを見下ろしながら筋肉ポーズを取る。
「私、それほど」
「私はロジーネよりは食べました」
ロジーネとオーガスタも腕拳を見せる。
タロー達が落下した際に破壊した殺人蜂の巣。そこには、特性のローヤルゼリーがたっぷりと詰まっていた。魔物の殺人蜂が造り出すロイヤルゼリー。ダンジョンの中でまとまって発見されることはかなりレアなアイテム。希少価値がある。
売ればそこそこの金額になる。だが、タロー達はすぐに使用することにした。何故ならばロイヤルゼリーを食べれば筋肉が増強される。魔法のように肉体が強化される。しかも、効果は持続する。魔法や薬のように瞬間的なものではない。
今回の戦闘のことを考えてだけではない。今後のことも考えて、売るより自分らに使った方が見返りが多いと結論づけた。
そのおかげで、三人はロイヤルゼリーを食べることでクロエを圧倒できるほどの筋力を得ていた。技術で勝てないはずのオーガスタでさえ力勝負であればクロエに負けない。それほどの筋力をロイヤルゼリーを摂取することで手に入れていた。
教会で得た加護とロイヤルゼリーの筋力アップで得た力は強大だった。技術では越えられない壁があるのは明らかだった。
正統な訓練を受けたことがあるクロエは理解していた。闘いは一瞬であったが、すぐに悟った。
もう、勝ち目など何処にもないと。
「殺せ」
床に大の字になったクロエは、目を閉じたまま死を受け入れようとする。任務を果たせなかった自分に生きる価値はない。そう態度で告げている。
「やだね」
「いや」
「遠慮します」
三人はクロエの頼みを拒否する。望みを受け入れようとはしない。ここで殺すのであれば、助けた意味などないからだ。
「今から、俺達は地上に戻る。そして、二人を訴えることにする」
タローの宣言にクロエは答えない。勝手にしろと態度で告げている。その代わりに、反応したのがブーンだ。死体のように床で寝ていたブーンがノロノロと立ち上がる。
「待てよ。俺は何もしちゃいねぇ」
「それは、ギルドに判断してもらいな」
タローが言い切ると、ブーンはタローのことを睨みつけてくる。今でも殴りかかってきそうな敵意のある視線だが、動かない。武器も盾もタロー達に取り上げられている。病み上がりな上、人数的にも分が悪い。それに今しがたクロエが完敗したのを見せつけられたところだ。
「じゃあ、先に上がらせてもらうことにするぜ。それくらいは見逃してくれるんだろ」
「ああ、構わない」
「待って」
ロジーネが話に割り込んでくる。
「雇い主に、連絡する、かも、そうしたら、厄介」
「構わない。もし、雇い主がそれほどの力を使えるならば、わざわざダンジョン内で暗殺する必要なんかない。宿屋とか食堂とかで襲いかからせればいい。人目を気にしてのダンジョンの襲撃であれば、フルメンバーのパーティーで襲わせただろう。そもそも、この話が明るみに出れば、黒幕も見えてくる」
「だから、余計に、危険」
「大丈夫です。どうせ、私に聖総主教になってもらいたくない人の策略でしょう。だったら、私が教会から出てしまえば問題ありません」
「それって……」
「私、聖総主教になんかなりたくないんです。父は激怒するかもしれませんけどね」
オーガスタがニコリと笑う。
「何にせよ、俺は逃げさせてもらう。もう、二度とあんたらに会わないようにするよ」
ブーンは盾だけ返してもらうと、そそくさとその場を立ち去る。作戦が失敗した以上、依頼主に命を狙われる心配がある。多分、遠い国に旅立つのだろう。
「クロエ、あんたはどうするんだ?」
タローが尋ねると、クロエはゆっくりと立ち上がる。
「ほとぼりが冷めるまで、ダンジョンで暮らすことにする」
「武器は渡せないぞ」
「構わない。私にはスキルがある。お前らのスキルよりよっぽど役に立つスキルがな」
「そうか……。死ぬなよ」
「お前らはさっさと死ぬように祈っておくよ」
タローが睨みつけながら見下ろすと、クロエは腕で目の部分を隠す。もう、何も見たくない。と態度で示している。
「もう、行こ」
言い返そうとしたタローはロジーネの言葉で落ち着きを取り戻す。ここでこれ以上クロエと言い争いをしたところで得るものは何もない。タロー達は荷物を整理して急な戦闘でも対応しやすいように分散させる。バックを背負って出発の準備が整ったことを確認する。
歩き出したタローは足を止めた。振り返るとクロエは眠ったかのようにさっきの態勢のまま動いていない。スキルで付近を探索する。近くに魔物はいない。あの状態でもすぐに襲われる可能性は低い。
殺すべきであろうか。タローは歩き出しながら考える。クロエが生きていれば、クロエの依頼者の方を処理したとしても、ダンジョンに潜る限り再び襲ってくる可能性がある。禍根を残さないためには、ここで殺しておく方がいい。
「どうかしましたかタロー様」
オーガスタに声をかけられて、タローは頬を緩ませる。
「いいや、何でもない。それより、ブーンを追い抜くくらいの勢いで地上に戻ろう」
タローは歩く速度を上げる。本当はまだダンジョンから出たくはない。強くなった自分や仲間たちの力を試してみたい。だが、今やるべきことはそれではない。地上に戻り、今回の件に決着をつけるのが最優先だ。
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