第25話 戦闘は上手く戦おう
「さあ、そう上手くいくかな。かかってきなよ」
タローも微笑み返す。戦闘で自信があると言わんばかりに。
あからさまな煽り。だが、タローの挑発にクロエは乗らない。
「詰まらないやつだな。ワンパターンなんだよお前は。どうせ、床に仕掛けでも組んでおいて、接近した瞬間に穴を開けて落とそうって魂胆だろ。階を上がるためには時間がかかる。私達が戸惑っている間にダンジョンを脱出しようって魂胆か」
「何言ってんだ? 俺達が怖いのか?」
「ああ、怖いよ。怖い怖い。お前のスキルが逃げるのに役に立つことは認めているからな」
クロエはからかうように言うが、視線は鋭い。何も見逃すまいと言わんばかりだ。
「安心しろ。ここからお前らなんか丸焦げにしてやる」
「良いのか? ここはさっきと同じ通路じゃないぞ。角度が悪ければ、自分らを焼くことになるぜ」
「そうはならないさ」
クロエはわざとらしく杖を見える。と、その瞬間、ロジーネが衝撃の魔法を放つ。
「おいおい、話の途中だろ」
ロジーネの魔法を盾の裏に隠れてやり過ごしたクロエは、文句を言う。
「そっか。また、盾に隠れる作戦か。それならこっちは逃げることにするよ」
「させるかっ!」
クロエが杖を使って衝撃の魔法を放ってくる。この魔法は、稲妻や吹雪の魔法と違い壁や床では反射しない。威力は弱いが、反射した魔法で自爆する可能性はない。
そのままぼーっと突っ立っていれば、魔法の餌食。だから、ロジーネに魔法戦を任せる作戦も考えられた。だが、今回は別の作戦を選択する。タローは自分らの床に向かって穴掘りの杖を使う。
すぐに床に穴が空き、下の階層に三人は落ちていく。これで最後の落下になればいいのに。とタローは落下しながら自分らが落ちた穴を見る。床に落ちた瞬間、痛みで思考が飛ぶ。だが、必死に考えをまとめて床に巻物を置く。
「またさっきと同じ手か」
クロエの声が聞こえた。と同時に周囲に羽音が撒き散らされる。
「馬鹿が。どうせ、すぐには逃げれまい。こっから魔法を叩き込んでやる」
穴の隙間から杖だけが見える。下手に顔を出してロジーネに狙い撃ちされたくはない。そんな考えなのだろう。
床に穴が空いたことで、クロエのレンジャースキルでもタローらの位置を大体は特定できる。そのことも、顔を出して狙いを定めなかったことの理由の一つ。その考え自体は合理的。
しかし、クロエは状況を把握できていなかった。冷静にレンジャースキルを使用していればわかったはず。下にいるのはタローらだけではないことに。
「今すぐ、治療します」
「出来るだけ離れるなよ」
タローはオーガスタの治癒を受けながら上階を睨む。タローらの周囲に喚き散らしていた羽音が上昇していく。
「
ロジーネが呟くのと同時に、人間の頭より大きい殺人蜂は、一匹、二匹。五匹、六匹と数えるほども面倒になるほどの数が、空いた穴を通って上階に移動していく。勿論、攻撃してきたクロエに報復をするためだ。
殺人蜂は怒っていた。不意に降ってきたタロー達が巣の一部を破壊したからだ。巣に近づいただけで攻撃するのが蜂の習性。破壊など認められるはずがなかった。本能的に攻撃色に変わり、破壊者を全滅させるために。
「タロー様、どうして? 私達は攻撃されないんですか?」
治療が完了したタローはオーガスタに訊かれる。
「これ。さっき、オーガスタが拾った巻物の一つ」
タローは自分らの下にある巻物を指差した。
「もしかして、怪物を、怖がらせる、巻物?」
「そう。この巻物が店にあったのは運が良かった。魔物はこの巻物の近づくのを躊躇う。特に知性の低い昆虫や動物の魔物は。それに、クロエ達が魔法で攻撃してくれたのも地味に助かった。殺人蜂の怒りがすり替えられた。自分達の巣が破壊されたのは、クロエらの攻撃によるものと認識したんだろう」
「それより、状況は?」
ロジーネに訊かれて、タローはスキルを使う。慎重に戦況を判断する。クロエ達が殺人蜂を殲滅したならば、早々に逃げ出す必要があるからだ。
もし、タロー達がこれだけの殺人蜂に襲われれば、勝てる見込みはない。一匹や二匹、その程度ならば勝てるだろうが、数が多すぎる。それに、殺人蜂は強力な毒を持っている。即死するほどの威力ではないが、何箇所も刺されれば、どうしても動きが鈍る。強力な顎の力で、頸動脈を斬られれば、助かる見込みはない。
とは言え、クロエ達の持っていた杖は強力だ。穴から上階に抜ける間に、何匹もの殺人蜂が焼き殺されてタロー達の傍に落ちてきていた。魔物としては知性の弱い殺人蜂では、戦術的な攻撃は不可能だ。単調に飛び回り、狙い撃ちにされる。
それでも……。
「女王蜂が戻ってくる」
タローが言うのと同時に上階から穴を通って女王蜂が現れる。このまま巣に戻ってくれば、厄介な敵になる。
しかし、巻物の効力が有効な限りは安全だ。ロジーネが衝撃の魔法を女王蜂に叩き込む。流石に一発では、致命傷などは与えられない。だが、十発も打ち込むと流石に女王蜂も耐えきれない。ボロボロの羽になり地面に落下したところを、タローが長剣でとどめを刺す。
「皆さん、怪我はありませんか?」
オーガスタの問いに、タローとロジーネは笑顔で大丈夫であることを伝える。
「では、上の階に行きましょう」
突如、オーガスタが宣言する。
「え、何故?」
「そうするべきだと思うんです」
ロジーネが不思議な顔をするのに対し、オーガスタは平然と答える。納得がいかない。そんな表情でオーガスタの両腕を掴むロジーネ。今すぐにでも引き倒しそうな勢いの彼女の肩をタローがポンポンと叩く。
「わかってるって」
「何が!」
「もし、クロエ達を助けたとしても、あいつらが何の恩義も感じず、それどころか、俺達を再び殺そうとするかもしれないってことを」
「じゃあ、何で!!」
「それでも、助けたいんだろ。仲間だったから」
タローの説得にロジーネは不満そう。でも何も言わない。黙って、オーガスタから手を離す。
「いえ、クロエとブーンが持っていた装備、他の冒険者に横取りされたら大損です。それに、時間が経過しすぎてゾンビやゴーストになっていたら、倒す手間も発生しますし」
オーガスタの言い方にタローは笑う。流石、商売人の娘、しっかりとしている。と言わんばかりに。
タロー達は殺人蜂の巣でのアイテムを素早く回収・使用してから足早に上階に向かう。この階層での魔物は十分に強力だが、回避すれば怖くはない。費用を無視してよいのであれば、強力な杖を使うことも可能だ。
「もしかして、二人とも、死んだ?」
「動いてはいない」
「じゃあ、蜂は?」
「いや、殺人蜂は多分全滅している」
「だったら……」
「油断は出来ない。動いていないだけだ。毒のせいかもしれないし、死んだふりをしているだけかもしれない」
タロー達、三人は、難なく倒れているクロエとブーンを発見した。ダンジョン内の地理がわかっているのだから当然だ。
「今から、治癒しますね」
倒れている二人から杖や武器を急いで回収した後で、オーガスタが聖女スキルを使おうとする。
「待って、完全じゃない、治癒って、出来る?」
「聖女スキルにそんな技術はありません」
「だったら……」
「とりあえず毒を抜けば良いんじゃないか?」
タローがオーガスタとクロエの話に割り込む。アイテム類を抑えたとは言え、完全回復すれば、大人しくタロー達に従うとは思えない。逃げられるならまだしも戦闘になる可能性がある。
「どう、やって、って……、あ」
ロジーネが呟いている横でタローはユニコーンの杖を取り出す。石のように硬い角。でも、重さはそれほどではない。円錐状になっていて、先端がきのこのように少し膨らんでいる。
「試したことはないが、効果があるはずだ。な、ブーン」
タローがユニコーンの角の先端をブーンの口に入れると、ブーンは薄目を開ける。生きているのがバレたか。と言わんばかりだ。
「どうだ?」
「さ……」
タローの問いにブーンは何か答えようとしたが声にはならない。面倒くさそうに再び目を閉じる。
「次は、クロエ、お前だ」
タローは角をブーンの口から抜き取り、クロエの口に突き刺そうとする。
「止めろ!」
半眼のクロエが、押し殺した声で言う。
「治療のためだ」
「タロー、やったら、てめーを殺す」
クロエは床に倒れて息も絶え絶えなのに拒否する。そりゃそうだ。ユニコーンの杖の先端はヌメヌメしていて見た感じからして気持ち悪そう。しかも、ブーンの口に突っ込まれた後だ。若き女性としては耐え難いものなのだろう。
「元々、殺そうとしてたじゃないか」
タローはクロエの意志を無視して、角を口に突っ込む。しかも、クロエが必死に歯を閉じて抵抗するのを止めさせるように念入りに口の中をグリグリと掻き回す。
「これで良し、と」
十分、効果があったはずと確信したタローは、クロエの口からユニコーンの角を引き抜く。ロジーネが冷ややかな視線を向けてくるがちっとも気にしない。
「殺す」
まだまだ、十分な体力が回復できていないはずのクロエが立ち上がった。息も荒く、足元も覚束ないが、視線だけはやけに鋭い。
この状態でも、タローくらいなら間違いなく倒せる。そんな確信がある視線だった。
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