第24話 クロエへの備え
「どうして? 私なんかを狙うの?」
オーガスタが訊く。クロエへの純粋な疑問。だが、その問いに答えたのは、クロエではなくブーンだった。
「
「ブーン!」
「今更隠したところでもう遅い。わかってるだろ」
「私は何も話さないからな」
ブーンは盾の影から顔を出す。
「オーガスタ、あんたが聖女スキルを持っていることで困る人間がいる。その人間に俺達は頼まれたんだ。悪いけど恨むならそのスキルを持って生まれたことを恨んでくれ」
「狙いは私だけなの?」
「そうだ。タローとロジーネは関係ない」
「そう……」
オーガスタが前に出ようとするのをロジーネが掴んで引き止める。
「どうする、気?」
「それは……」
オーガスタは言葉にはしない。だが、誰でもわかる。自分だけが犠牲になろうとしていることは。勿論、そんなことはタローもロジーネも認めない。
「オーガスタだけで良いんだ」
ブーンが甘い声を出す。
「わかりました」
ロジーネをゆっくりと押し返すオーガスタの腕をタローが掴む。
「ちょっと待て、おかしいだろブーン。ダンジョンでの私刑など絶対に認められない。聖女を狙う? そんなの表沙汰になれば、依頼主なんかすぐに割れる。俺とロジーネが生き残る限りその可能性が残る。そんなことをお前らの依頼主が、許すなんて到底考えられない」
「あーーーー」
ブーンが面倒くさそうに声を出す。だが、タローはそんなこと気にもせずに怒りを含んだ言葉を投げつける。
「それに、そもそも俺をパーティーから追放しようとしたのはオーガスタをダンジョンで暗殺するためでした。俺のことなんか興味ないんで、オーガスタを引き渡してください。って、馬鹿にしていると思わないか? 俺のことを。だから、オーガスタのためじゃない。俺のために俺はお前らを許さない」
「面倒くせーな」
「だから言ったろ。黙って全員殺すしか無いって。結局はこうなるんだって。馬鹿のくせに意外と勘が鋭いんだ。こいつもファーベルも」
ブーンとクロエの声が聞こえてくる。ひそひそ話なんかじゃない。わざとらしく聞こえるように話している。タローらの動揺を誘うために。
「思い出したよ。クロエ、お前が見え見えの罠に引っかかりそうになっていたことを。あれは、罠の発動にかこつけてオーガスタを殺そうとしていたんだな」
「殺すより、別の方法のほうが報酬は多いんだけどな」
クロエの返事にタローは眉間にシワを寄せる。感情的に許せない。ちゃんと決着をつけて終わらせる必要がある。
とは言え今は膠着状態だ。クロエらに攻撃の選択権がある。長期戦になってみれば、ロジーネの魔法があるだけ有利だと思っていたが、盾に隠れているクロエとブーンに比べ、不意打ちに気をつけなければいけない分、タローらの方が神経を使う。
「ロジーネ!」
「わかってる。狙いは、つけてる」
タローの言葉にロジーネが反応した瞬間、盾の裏から杖が見えた。次の瞬間、雷鳴がダンジョンの中を轟く。だが、狙いが定まっていない。牽制のためか、それとも数打てば当たるとでも考えたのか。
ロジーネがカウンターの衝撃の魔法を打ちつける。しかし、既に杖は見えない。盾の裏に隠されている。
「厄介……」
ロジーネの呟きにタローは考える。このままではまぐれ当たりもあるかもしれない。いや、それ以前に……。
タローがロジーネに視線を送ると、彼女は不安そうな表情を見せる。二人は同じことを想像していた。このダンジョンではいくつかの魔法は壁で反射する。
今しがた杖から放たれた雷撃の魔法は、この場所が部屋でないこと、魔法が反射されてこないことを確認するためのものだ。安全が確認できたなら、次々と壁に反射させて撃ってくるに違いない。
タローは息を呑む。立っている場所が通路なのが良くない。もし、これが部屋であれば、強力な魔法が壁で反射して自分に直撃する可能性もある。だが、一直線の通路では戻ってこない。盾の裏から壁に向かって魔法を放っているだけで、いつかはタローらは致命傷を与えられるだろう。
「とりあえず、逃げるぞ」
タローはバッグから杖を取り出した。穴掘りの杖。雷撃の魔法が何発も飛び交う中、タローは床に穴を開ける。
少しだけ躊躇いを見せるロジーネとオーガスタと一緒に、タローは穴に飛び込む。高いところから落下すれば怪我をするだろう。それでも、雷撃の魔法に打たれるよりまし。それに、オーガスタが無事ならば聖女スキルで治療ができる。
その場を脱出したことは、クロエのレンジャースキルで見つかってしまう。それでも、杖の魔法を乱射しているうちは余裕がない。
「大丈夫か?」
「それは、こっちの、台詞」
二人の下敷きになったタローはすぐにオーガスタに治療をしてもらう。
「どうする? 地上を目指す?」
「いや、策がある。あいつら次第だが、追ってきて俺達を殺そうとするならば、その報いを受けてもらう」
「戦闘では、勝てない」
「わかってるさ。奴らの火力がハンパじゃない。よっぽどの金持ちか、王族にでも……、いや、それは後で良い。まずは、もう一階層降りるぞ」
タローがスキルで下階段を探して移動しようとするが、オーガスタは動かない。
「ごめんなさい。タロー様、ロジーネ。もう、ここで私のことは置いて行ってください」
「何、言ってるの!」
「私がいたら、クロエに見つかりやすくなります」
オーガスタはクロエの能力のことを言っている。クロエはタローのスキルとは違い厳密な特定ができない。三人で移動するより、別々に移動した方が見つからないと。それに、自分が捕まれば、二人が逃げれる可能性が高くなると。
確かに逃げることを考えるならば、バラバラで逃げたほうが良い。だが、それが最善と言えるかは難しい。ここは地上ではない。ダンジョンの中だ。クロエらだけが敵ではない。魔物に襲われる可能性だって残る。それに……。
「ふざけるなよ。二人は仲間だ。俺は仲間を追放したり、見捨てたりなんかしない」
「でも、私はタロー様のことを追放した!」
「知るかッ! そんな昔のこと。今は仲間、だろ。行くぞ、時間がない」
躊躇いを見せるオーガスタの肩をロジーネがポンポンと叩いて、「行こ」と優しく話しかける。すると、オーガスタはゆっくりと振り返る。笑顔のロジーネのことを見て奥歯をギュッと噛みしめる。小さく頷くと、ポタリと一滴の雫がこぼれ落ちて床を湿らせた。
「出来るだけ安全な道を選ぶけど、突如魔物が現れるかもしれないから気をつけてくれ」
「「了解!」」
三人はダンジョンの中を走る。逃げるためではない。あくまでも有利な場所で戦うため。
更に階層を降りて、今まで到達したことのない十五階層まで辿り着いた時点で、タローは位置を念入りに確認する。
「あいつら、追ってくる?」
「ああ。それほどの決意を感じた。雇われているからじゃない。あの二人は、俺達のことを明確に憎んでいる。何でかわからないけどな」
「私が、ペロペロしてあげなかったから?」
「いや、それはない。ブーンはともかく、クロエは、な。それより、今から作戦を説明しておくからよく聞いてくれ」
タローはロジーネとオーガスタに作戦を告げる。上手くいくかはわからない。それでも、やってみる価値はある。作戦としては単純。難しいわけではない。だが、その分、必ず成功できるとは言えない。結局の所、出たとこ勝負。
三人が、戦い方を再確認したその瞬間、二人の人影が現れる。瞬間移動の魔法を使ったのだ。
「そろそろ、鬼ごっこは終わりの時間だよ」
不気味な笑みを浮かべたクロエが嬉しそうに言った。
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