第23話 オーガスタは聖女スキル保有者だった

 オーガスタ・ウィリアムズは帝都でオーガスタ家の三女として生まれた。生家は帝国のあらゆる物を扱う大商人で誰しもが羨むような家庭環境だった。だが、自由奔放、好き放題の幼少期を過ごしたわけではない。むしろ、逆。金はあるはずなのに質素倹約を押し付けられて育った。


「我々は人々に金の使い方を見られているのだ」


 父親はオーガスタに事あるごとにそう話した。商人という立場はそれほど強いものではない。今は権勢を誇っていても、権力があるわけではない。皇帝の政策によって、いつ厳しい立場に追い込まれるか油断はできない。絶えず周囲の視線を気にする必要があった。


 初めから優雅な暮らしをしていたならば、反発があったかもしれない。しかし、幼い頃より厳しく育てられたオーガスタは、文句を言うこともなく素直に両親の言葉に従っていた。


 そんなオーガスタでも、気になっていたことがある。それは自分の将来のことだった。父親は言葉とは裏腹に、長男や次兄に時々贅沢をさせていたことを知っていたのである。


 その事自体は、それほど不満は無かった。同じ兄妹での扱いの差に多少は悲しさがあったものの、怒るほどではなかった。何故なら、それが男女の違いと理解していたからだ。つまり、男児には甘さも教え、女児に厳しく接するのが一族のためになるのであろうと。


 物分りの良いオーガスタだったが14になる頃には、父親の真意を推測できるようになっていた。父親が常日頃から質素倹約に努めていたのは、政商であるから目立ちすぎないようにする。ということもあったかもしれない。けれども、父親の持つ病的なまでの恐怖心。それは性格由来のものであろうものと。


 そんな父親が求めるのは、権力だった。出来るだけ、王族に近い後ろだけが欲しかった。それなしに、枕を高くして眠れることはなかったのだ。


 じゃあ、どうする? 欲しているのは金で買えるものではない。血縁だ。


 商家に嫁ぐ大貴族はいない。金で買える貧乏貴族では不安は消えない。


 ああ、考えるまでもない。質素倹約に育てられ、そこそこ容姿の整った女児がいるではないか。


 商人が売れるものは何でも売る。という考えを持つのは当然だ。父親からすれば女児であるオーガスタは、是非とも高値で売りつけたい商品。ただ、商人に売るには勿体ない。同じ立場の商人と結びつくのは、兄たちにも出来るのだから。


 父親の態度からも、貴族にオーガスタを売りつけたいと考えているのがあからさまになってきた。出来れば公爵、それが無理なら、もっと下でも。才覚だけで帝国に立っていた父親は、兎に角、政治的後ろ盾を欲していた。外では繕っていたが、家庭内からは一目瞭然だった。


「側室はやだなぁ」


 オーガスタは一人呟く。もし、大貴族との婚姻関係のためだけに側室になるなら、それこそ自分が人というより、単なる商品にしか感じられなくなっていく。育ててくれたことについては両親に感謝しても、それだけに悲しさが募っていく。


 そんなオーガスタの運命が動いたのが、15の審判日のことだった。1の月の満月の日、オーガスタは、その日までに15歳になっていたみんなと一緒に教会で審判を受けた。


 審判はその人間が持つ、才能、スキルを判定する行事である。実のところ、スキルは自分自身で発見することもできる。個人の才能であるから、大抵は大人になるまでに気づいてしまうものだ。


 だから、オーガスタの友人のうち数人は、審判の日の前に植物を育てるスキルや、錬金術のスキルを独自に会得し使っていた。ただ、普段の生活で使わない能力は気づくのに年月がかかる。剣士としての訓練を積み重ねてみたが、事務スキルを持っていた。それでは無駄が多い。審判で判定してもらうのが効率的だ。


 それに、審判日は成人を祝福する儀式的な意味合いもある。みんなで当たりスキルだ。とか、外れスキルだ。と一喜一憂のお祭り騒ぎをする日でもあるのだ。


 オーガスタは自分には商人としてのスキルが有ると勝手に思い込んでいた。父親も二人の兄も、商人としてのスキル、交渉のスキルであったり、品質査定のスキルであったり、金勘定のスキルを有していたからだ。


 だから、自分が聖女スキルを持っていると告げられても、頭の中で理解が出来なかった。そんなものが何の役に立つのか。どうして、自分はもっと実際の生活に役に立つスキルを持っていなかったのか。と牧師の言葉を聞いた瞬間に落ち込んだほどだ。


 だから、牧師の動揺と周囲のどよめきに驚いた。そして、状況が少しずつ見えてきた。どうやら、自分が持っている聖女のスキルとはかなり凄いものであると。


 事実、聖女スキルは10年に1人現れるか。というレアなスキルである。いくつかの制約があるものの、瀕死の怪我でも不治の病でも治すことが出来る特別なスキル。帝国では、宗主教会に1人、貴族に1人いるだけ。オーガスタは帝国で3人目の聖女スキル保有確定者となったのだ。


 大騒ぎをしたのは周囲だ。特に父親が大喜びをした。聖女スキルを保有していれば、宗主教会の聖総主教になる権利を得る。聖総主教の持っている権限は強力だ。各地の協会を運営する聖教師を任命できるだけではなく、人々の信仰心を一切に集めることができる。


 教会が帝国の国政に口を出すことは慣例的に禁止されているが、その気になれば皇帝の人事にすら意見することができるほどの強力な権限を得るのだ。


 もし、オーガスタが聖総主教になれば、ウィリアムズ家の商家としての地位は安定する。皇帝にも並ぶ強力な政治的権力を手に入れたも同然なのだ。


 だが、聖女スキルを持っているからと言って、聖総主教になれるとは限らない。聖総主教の座は埋まっている。本人が亡くなるか、譲るまではその地位は空かない。それに、聖総主教になるための条件がある。席が空くまで自由気ままに生活できるわけではない。


 まず、教会に入り、聖総主教になるための修行を積まなければならない。聖総主教ともあれば、悩める子羊たちに、聖なる言葉をスラスラと語らなければならないのだ。


 次に、実績を積む必要がある。実績の積み方は色々とある。一つは、教会への寄付。勿論、父親がすぐに行った。ただ、あまり過度な寄付は出来ない。金で聖総主教の座を買うのか。と非難されるからだ。


 二つ目は選択ができる。貧困街での奉仕か、戦場での奉仕、またはダンジョンの攻略。


 オーガスタは貧困街での奉仕を望んだ。単純に貧困街を見てみたかったのだ。だが、オーガスタに与えられた使命は、ダンジョン攻略だった。


 パーティーも決められていた。タローら五人のパーティーに最後の一名として入ったのだ。このパーティーが選択された理由をオーガスタは知らない。けれども、特別な感情は抱かなかった。


 オーガスタが見る限り、パーティーメンバーは悪くはなかった。少し騒がしいタローに古武士のようなファーベル、何でもできそうな魔法使いのロジーネに熟練した兵士のブーン。そして考えが読めないレンジャーのクロエ。自分が入ることによって回復が使えるようになり、パーティーバランスは良くなりそうだ。伝説のパーティーではないが、不安はなかった。


 ダンジョンでの奉仕は、冒険者への聖女スキルの行使だけで良い。特別なダンジョン攻略までは要求されていない。友人らは心配げな表情をしていたが、オーガスタはそれほど不安視はしていなかった。むしろ、オーガスタは内心喜んでいたのだ。このダンジョン攻略という冒険がとても素晴らしいものに思えていたのだ。

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