第22話 剣術と戦術

 タローは踏み込んで長剣を上段から振り下ろす。だが、当たらない。クロエにバックステップで簡単に躱される。


 剣術ではクロエに一日の長がある。というだけではない。タローの剣には躊躇いがある。人を、元仲間を斬ろうという動きではない。


 それに対して、クロエは違う。間違いなくタローを殺そうという動き。首根っこを掻き切ってやる。そんな意志が見て取れる。


 覚悟の問題。実力が拮抗しているなら、相手を倒そうという心の強さが結果になる。はじめからタローとクロエでは戦いにならない。予想するまでもない。


 大振りのタローの剣をクロエは避ける。長剣と短剣の間合いの不利を覚悟の違いで乗り越えてくる。


 中途半端なタローの振り下ろしの剣を短剣でタイミングよく受け流すと、そのまま懐に入り込みタローの心臓に向かって強烈な突きを放ってくる。


 加護を受けた。そんなものは役に立たない。鉄という金属は、ちゃちな鎧ごと無力化し、あっという間にタローを絶命に追い込むだろう。打ち込まれた鉄の楔は、赤い濁流を周囲に撒き散らし、回復させる余裕すら与えない。


 突き刺さったならば……。


「タロー!」


 ロジーネの叫びが聞こえると同時に、タローとクロエは横からの衝撃を受ける。即死するほどの威力ではない。それでも、ユニコーンが体当りしてきた程度の威力はある。


 二人は同じように倒れ込み、そして立ち上がる。


「魔法、遅延!」


 ロジーネの声が再び聞こえると、今度はタローには何も変化はない。少しだが、タローとクロエが離れている。ロジーネはクロエにだけ魔法をかけたのだろう。そう判断したタローはクロエに背を向けないように注意しながらロジーネとオーガスタの元に移動する。


 長剣を手に入れて焦りすぎた。短剣より長剣の方が有利。それは事実。しかし、単純に考えが甘かった。タローでは剣での戦闘でクロエを圧倒できるわけではない。


 だが、タローが剣でクロエを倒す必要はない。一人で戦っているわけではないのだ。仲間がいる。この戦い、距離を取りつつ着実にダメージを与えられる魔法を全面に押し出して戦った方が確実。


 タローはロジーネとオーガスタのカバーに入る。クロエを近づけさせず、飛び道具に警戒するだけで勝ちに近づく。それに魔法主体の攻撃ならばクロエを殺さずに済むかもしれない。


 ロジーネはタローの動きで意図を察する。今度は魔法の矢の呪文を解き放つ。


 先程までのクロエの動きなら躱せない魔法ではない。それでも、クロエは紙一重で致命傷を避けることがやっと。クロエは明らかに動きが遅くなっている。さっきのロジーネの遅延の魔法が効果を発揮している。


 優勢を感じ取ったタローは片手で杖をバッグから取り出す。ロジーネと二人で魔法攻撃を仕掛ければ、押し切れる。単純だが、それだけに防ぎ辛い。


 ロジーネの魔法の矢が何本かクロエに突き刺さる。死ぬほどの威力はない。けれどもダメージは蓄積される。回復をする余裕もなく動けなくなる。勝ちを確信した瞬間、不意にクロエの姿が消えた。


 タローがスキルで確認すると、位置はそのまま。単純に視界から消えただけ。暗いからではない。巨大な盾がクロエの姿を隠していた。


「えっ、何?」


 ロジーネの声がダンジョン内に響き渡る。それは、疑問でもあり、そうでもなかった。何故ならば、その盾はタローらにとって見知ったものだったからだ。


「ブーン!」


 タローが大きな声を出すと、盾の後ろからブーンがひょっこりと姿を表す。壮年の男性は無表情ではあったものの、何か言いたげでもあった。


「よお、久しぶり。と言っても、数日ぶりだけどな」


「まさか、どうして……?」


 ブーンの軽い口調に、タローは驚きの声を出す。想像していなかった。そんな言い方の後で、声のトーンをワンテンポ上げる。


「お前ら、まさか恋人同士だったのか?」


「そんなわけあるか。単なる仕事だ。金をもらって契約している以上、お前たちと敵対することになっちまったけど、悪く思うなよ」


「じゃあ、俺達を殺す気なのか?」


 タローの問いにブーンは首を振る。


「流石にそこまでは契約に入っていない。俺の契約はこいつを守ることだけ。特に魔法攻撃を防御するのにこの盾は有効だからな」


「中途、半端。信じ、られない」


 ロジーネが話に割り込む。言葉の節々に、嫌悪感や怒りが感じられる。


「ブーン、俺達に協力してくれないか? クロエのやっていることはギルド規約違反だ。それに協力することは、あんたも違反になる」


「見つかればな。それに……」


「ブーン、黙れ!」


 盾の影からクロエが現れる。小さな瓶を開けて中の赤い液体を飲み干す。鋭い眼光で他ローラを睨みつけながら、瓶を思いっきり投げつけてくる。


 かなりの速度。盾があれば良いのに。そう思いながらタローは屈んで躱す。と、その瞬間にクロエが走り出した。


 もう、遅い動きではない。クロエが飲み干したのは、加速の薬。売ればそこそこの額になる薬品。


「止めて!」


 ロジーネが何本の魔法の矢を解き放つ。すると、小さな光は矢の形を取りながら、一直線にクロエに向かって襲いかかる。一本の線を引いたかのような光跡を近接したクロエは避けきれない。


 何条かの光がクロエに突き刺さるものの、鎧の部分で受けている。致命傷にはなっていない。更に、追撃の魔法を放つと、クロエは再び逃げるように盾に隠れる。


 ロジーネは敵に有効な攻撃手段がない。そう判断して、盾に向かって衝撃の魔法を打ちつける。小細工はしない。下手に回り込もうなどとするのは危険。十分な距離を保ったまま正面からパワーゲームで押し切ろうという作戦。


「やめろ、撃つな」


 タローは、ロジーネの攻撃を止めさせる。


「どうして? このまま、追い込む」


「向こうの作戦だ。こっちの魔力切れを狙っている」


「えっ?」


 ロジーネが不思議そうな表情をするのをタローはスルーする。戦闘中に説明している余裕はない。のんびりと解説をしていれば、クロエが突進してきた時に止められない。だからと言って、疑問点を解消しないわけではなかった。


「なあ、クロエ。そろそろ本当の狙いを話さないか?」


「なーにーがー?」


 小馬鹿にしたようなクロエの声だが、タローは表情を変化させない。


「矛盾しているんだよお前の行動が。そもそも、俺を追放しようとした理由がわからない。もし、俺に対して金の恨みがあるとしても、ギルドの調停で俺に金がないことは理解したはず。それに、今回の行動は金をかけすぎだ。祝福された瞬間移動の巻物に加速の薬。揃えるだけで金貨が飛ぶようなアイテム。金の恨みを晴らすために金をかける? ありえないだろ。どうせ、その盾の影で魔法の杖でも選んでいるんだろ。ロジーネの魔法が切れた時点でどれを使うか。って。だが、そうはさせない。魔法の打ち合いならロジーネの方が有利だからな」


 タローが大きな声で話しかけるが、クロエの反応はない。巨大な盾に隠れながら、沈黙を続けている。


 戦闘においてどれだけの金をかけれるか。それは勝敗に直結する。魔法の矢の杖ならまだしも、もっと強力な吹雪の杖や雷撃の杖を使われれば、瞬時に勝負がつく可能性が高い。


 タローは人間相手に使いたくはないが、クロエが強力な杖を使ってきたとしても不思議ではない。だからこそロジーネの魔力は残しておく必要があった。せーので撃ち合った場合、ロジーネの速度なら、クロエが杖を使う前にクロエの杖を魔法で撃ち抜ける可能性が高い。


 杖に魔法が直撃すれば、暴発する危険がある。暴発すれば、その威力は全て周囲に撒き散らされる。つまり、持ち手が杖に込められていた魔法の威力を受けることになる。威力が強い杖ほど諸刃の剣。安易に使える代物ではない。要するにロジーネとの魔法合戦は、クロエにとってリスクがある選択肢。


 そこまで読んでの接近戦やブーンを使った盾の防御。あまりにも計画的すぎる。故にタローは考える。この戦いは、単なる怨恨なんかではない。もっと大きな狙いがある。


 それだけに、和解などできる気がしなかった。クロエの狂気に見える殺意は、何らかの強固な決意。あまり嬉しくない決着しか残されていない。けれども、このまま理解できないままでいることは嫌だった。何も知らないまま決着をつけることは耐えきれなかった。


 近くに行って問い詰めたい。静寂と戦闘への緊張が胃をキリキリとさせる。一秒一秒が長い。この動かない時間は、精神への強烈な圧力プレッシャー


 それでも我慢する。時間が経つのは、自分らにとって有利。ロジーネの魔力は時間経過で回復するはず。この時間は無駄ではない。タローは心の中で自分自身に言い聞かせる。


 そのことを理解しているのか、していないのかクロエらも動かない。このまま、精神力勝負になる。そう誰しもが覚悟をした時、一人の人間が一歩前に出て大きな声を発した。


「クロエ、狙いは私だったのですね」

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