第28話 勝利による始まり
タローの上にミノワウルスが降ってきた。胴体だけでタローより大きい。質量的には二倍にも三倍にもなるだろう。勢いよくのしかかられれば、タローが抵抗するすべはない。良くて窒息死、悪ければ一瞬でペシャンコだ。
ミノワウルスは全体重を乗せてきた。タローのことを潰そうと、本能的な攻撃で圧倒的な力を持って蹴散らそうとしてきた。
もし、タローが避けようとしていたならば、逃げる間もなく全身を砕かれていただろう。もし、タローがロジーネの援護攻撃を期待していたならば、誤算のうちに敗北していただろう。もし、タローが他人の力を当てにしていたのならば、死が重くのしかかっていただろう。
だが、タローは違った。全ての力を込めた突きを放っている。そこにのしかかってきたミノワウルス。ミノワウルスは皮膚が固く骨格がしっかりしている。単なる突きでは致命傷を与えるのは難しい。
しかし、今回は違う。カウンターでの攻撃。威力は相乗効果で加算されている。本来ならば容易に届かないはずの心臓を瞬時に貫抜く。
手応えと同時に勝利を確信したタローだが、ミノワウルスの勢いは止まらない。慣性の法則に従いミノワウルスの体はタローの上に降ってくる。
危険を察知したタローは、体を捻ってミノワウルスを躱そうとする。しかし、ミノワウルスを完全に避けることは出来ない。そのまま、覆いかぶさってくるミノワウルスに潰される。
「タロー!」
ロジーネの声に反応して、タローは身を捻る。しかし、覆いかぶさってくるミノワウルスから逃れきれない。タローはそのままミノワウルスの下敷きになる。もし、この状態でミノワウルスのパンチでも飛んできた日には、何も出来ずにタローは殺されていた。だが、ミノワウルスの攻撃はもうない。ピクリとも動かない。先程の一撃でミノワウルスは心臓は破壊されている。
「助けましょう」
駆け寄ってきたロジーネとオーガスタにタローは引きずり出される。かなりのダメージを受けている。タローは自らの意志では動けない。
「ペロペロチャンスですね」
タローは引きずり出された状態から少しだけ体を起こされ、オーガスタに背後から抱きかかえられる。
「意味、あるの?」
「あります」
その行為に意味があるのか。と言わんばかりにロジーネが訊くと、オーガスタは単純に回答する。
ロジーネが疑いの眼差しを向けている間に、タローは聖女スキルで既に回復している。外傷もなく呼吸も整っている。ただ、披露が蓄積しているのか動こうとはしない。目を少し見開いただけだ。
「もっとペロペロして回復を……」
「いや、もう大丈夫。ありがとうオーガスタ」
タローはオーガスタにお礼を言う。膝枕のような姿勢から両手で床を押して体を少しだけ起こした。そして、ミノワウルスを見た。既に動かない。ミノワウルスは沈黙している。巨大な馬が眠っているかのように。ただ、睡眠と違うのは、池が出来るかと間違うほどの大量の血が床に溜まっている。そして、呼吸もしていないし、当然のごとく心臓は停止している。
「やったぞ。とうとう、俺達はミノワウルスを倒せるほどになったんだ」
タローが嬉しそうに言うと、ロジーネとオーガスタも同じように笑顔を見せる。あれほど苦戦したはずのミノワウルスを杖に頼らずに倒すことが出来るようになった。これは、間違いなく成長だった。修行や訓練など何もしていない。教会での寄進とローヤルゼリーのドーピングのおかげで得た力によるもの。それでも、単なる幸運だけで得たものではない。ダンジョンに潜り、死線を乗り越えて来たからこそ得た力だ。
「油断、危険」
ロジーネがたしなめるように言うと、タローも同意する。
「普段の油断は危険で大変♪ 果敢に攻めても、死んだら意味無し。一番、大事な命と仲間。人間、安全、大変、ダンジョン♫ 俺たち儲けて怪我なく戻るぜ。それがホントのダンジョンダイバー♬」
「久しぶりに、聞いた」
「まあな。今まで、余裕がなかった。今は色々ラッキー、完璧、手に入れた、大事なもの。分かってる。心の余裕、一番、必要♬ けど、次に俺らが必要、多分、もっと、硬い
「そうね、前衛は、防御力、必要。」
「では、探すのですね。
「いや、今回は地上に上がろう」
タローは宣言する。
「どうして?」
「そうですよ。装備も食料も十分あります。しばらくは、ダンジョン内で過ごしても」
「そうじゃない。ミノワウルスを倒したのはおまけだ。元々、これが目標だったわけじゃない。俺たちがまずやらなきゃいけないことは、今回のトラブルの解決のはずだ」
「確かに、そう」
「でも、私はダンジョンから出たくない。教会で偉くなりたくなんかないの」
「えっ?」
ロジーネが驚く。今まで、ダンジョンに潜っていたのは、聖女になるためではなかったの? どうして、この世界の最高の権力者の一つである聖女になりたくないの? そう言わんばかりの表情だ。
「よく考えてみて。今の聖総主教様は、もうかなりのご高齢。その地位を禅譲するのも遠くないかもしれない。今、聖女スキルを有しているのは三人、現在の聖総主教様を除けば二人。だとすれば私が聖総主教になる可能性も十分にあるよね」
「いい、じゃない」
「そんなの、ロジーネが関係ない立場だから言えるんじゃない。聖総主教になるって大変なことなんだから。自由が全てなくなることを想像したことある? 例えば、好きな人に対して、辺り構わずペロペロ出来なくなるってことなんだって!!」
「いや、それは今でも出来ない。つか、やらないで欲しいんだが」
タローが突っ込むが、オーガスタは反応しない。むしろ、勢いよく断言する。
「私はペロペロしたいんですッ!」
タローとロジーネの二人は項垂れる。はあ、と大きなため息をつく。言っていることが意味不明だ。ただ、理解は出来る。聖総主教になれば、宗教機関のシステムに組み込まれる。個人としての行動はかなりの制約を受ける。ペロペロはともかく、一挙一足制約を受ける。自分自身の時間は、冗談ではなく眠っている間しか無いだろう。
「だったら、止めたらいいじゃないか。聖総主教になるの」
タローが言うと、オーガスタはハッとした表情する。
「タロー様、そんなにペロペロして欲しいんですか?」
「いや、もうそこから離れろって。地上に戻ってから関係者に話してみればいいじゃないか。聖総主教にはならないって。そうすれば、命を狙われる理由もなくなるし」
タローやロジーネはオーガスタの経歴は知らない。だから、どれだけのものを背負っているかは分からない。それでも、そんなに軽いものでもないとは分かる。けれども、それを理解していても、自分の好きなように生きるべきだと二人は信じる。
「お願いしても良いですか? 父親を、家族の説得を手伝ってもらうことを」
オーガスタのお願いにタローもロジーネも同意する。二人はオーガスタに協力したかったのだ。仲間だから、というのもある。ただ、それ以上に、同じパーティーで命をかけて戦ってきたはずなのに、パーティーが結成される前のことを知らなすぎたことが悔しかった。この困難を乗り越えることで、よりお互いに理解し合えるような気がしたのだ。
ダンジョンの出口まで、まだ道のりは長い。けれども、それは苦しみではない。パーティーに与えられた時間の余裕。色々と話すべきことがある。話したいことがある。
タローはスキルで周囲の安全を確認しながら、上への階段への最短距離を歩き始めた。
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