第19話 ショップにチョップ
「どうしたの?」
十分に祝福を受けたタローが教会から出てくると、体育館座りをしたロジーネがシクシクと泣いている。その横に立つ恍惚の表情を浮かべるオーガスタ。舌をぺろりと舐めている。
「では、ロジーネも行ってきてください」
オーガスタに言われてロジーネはスクっと立ち上がる。キッと睨みつけながらバッグをオーガスタに渡す。目はかなり潤んでる。口をキュッと結ぶと教会の中に入っていく。
「どうしたの?」
「いえ、スキンシップを」
「ちょっと泣いてなかった?」
「ええ、私の母性もウミュウミュと泣いています」
「いや、ま……」
タローがなんて言おうかと考えていると、オーガスタは教会の隣の建物を眺めている。赤い
「もしかして店の物を盗む気?」
あまりにも真剣そうな表情をからかいたくなったタローが、ちょっと冗談気味に言うと、オーガスタは僅かに首を傾げながら答える。
「タロー様は心を読む魔法を使えるのですか?」
「えっ? まさか、強盗?」
「まさか。神は『汝、盗むことなかれ』と言われています。これでも神に仕える身、盗みなど行えるはずありません。それに、店を襲うなんて危険です。ここの店主は多分私達以上の冒険者レベルがあります。タロー様では一瞬で返り討ちに……」
「くっ!」
「それに、顔を覚えられて指名手配でもされたら、ダンジョンに潜るのも一苦労することになります」
「そりゃそうだよな」
聖職者が盗みなどするはずもない。ちょっと悪い冗談だった。タローが胸を撫で下ろしていると、オーガスタはフッと息を吐く。
「ペットになりそうな動物マップスキルで探せますか? 出来れば犬が良いですが、猫でも構いません」
「ペット? 何か役に?」
「はい。ペットに盗ませれば良いのです」
「いや、ダメだろ」
「冒険者仲間の間では結構有名なテクニックとブーン殿は自慢気に話していましたが」
「いや、駄目だから」
「そうですか……。でも……」
オーガスタは視線を地面に落とす。まるで何か言いにくそうな。それでいて、訊いてほしいと言わんばかりの態度。
「ん? どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
「俺達は仲間だから。遠慮しないで言って」
「わかりました」
オーガスタは胸いっぱいに大きく息を吸う。白い教会服の胸のあたりが大きく膨らんだ。
「実は、タロー様はまだ弱いのです」
「えっ?」
「強くなってません」
「そ、そうなの?」
「厳密に言えば強くはなりました。しかし、神の加護は防御面なのです。ユニコーンの突撃を耐えれるくらいの強靭さを得たと思うのですが、攻撃力はからっきしなのです」
「からっきし?」
「ええ、専門用語で言うならばヨワヨワとかザッコです」
オーガスタに悲しそうに言われてタローはフラフラとその場にしゃがみ込む。
「でも、大丈夫です。初めは誰も上手くいかないものです。ちょっと恥ずかしさや失敗を我慢しているうちに段々と……」
オーガスタに耳元で囁かれるように話しかけられたタローは勢いよく立ち上がり一歩下がる。
「怖がらないでください。ほら、見られるかもしれないと考えると段々と興奮してきませんか?」
一歩一歩近づいてくるオーガスタに対し、タローは一歩一歩下がる。気がつくと、教会の壁が背後にある。
「タロー様、買っちゃいましょう。武器と防具。それで魔物らに見せつけてやるのです」
「……武器、か」
横にピタリと引っ付いたオーガスタの意図がタローには読めない。だが、そんなことは重要ではなかった。今やるべきことは自身の強化だ。強くなれなければこれより下の階層で死ぬ確率は増えるし、中階層では手に入れれるアイテムもお金も大したことはない。
ある程度のリスクを取らない人間がリターンを手に入れることはできない。
「こんなところでですが、タロー様の一番大事な武器、確認させていただいてもよろしいですか? カッチカチの武器」
「な、な、な、なに、やってるの!?」
オーガスタと体を密着していたタローは、ロジーネの言葉にふと我に返りオーガスタを押し返す。
「どうしたのです?」
何故か目を潤ませているオーガスタにタローは手首を掴まれる。予想以上の力で引き寄せられるのをタローは耐えながらオーガスタに言う。
「お店で買い物をするんだろ?」
「お金、あるのですか?」
「うっ!」
タローが助けを求めるようにロジーネを見ると、ロジーネは顔をプイと背ける。
「お金を……」
「ない」
タローの問いにロジーネはむべもなく答える。ちょっとぶっきらぼうに思えるが、嘘を言ってないことはわかっている。
「ロジーネもお店で買物をしたくありませんか?」
「買い物?」
「ええ、教会の隣の雑貨屋で。魔法の書籍など手に入れれば、新しい魔法を覚えることが出来るかもしれません」
「いい、かもね」
ロジーネは店を眺めながらも小さく首を二回振る。そして、店などなかったかのように店に背を向ける。
「ロジーネはペットを育てたい?」
「ペット?」
「猫とかどう?」
「いたら、楽しいかも。けど、ここで、飼わなくても」
「決定ね。タロー様、お願いします」
「自信はないよ。つか、盗みを教える気?」
「盗み?」
ロジーネが怪訝そうな表情を見せる。
「ロジーネはあまり細かいことにこだわらない」
オーガスタはロジーネに抱きつこうとするが、ロジーネはタローの背後に回り込む。
「説明、して」
オーガスタに訊かれてタローは仕方がなくオーガスタの計画を説明する。
「確かに、タローの強化、必要。最低、もっと威力の武器は、欲しい。でも、盗みは、駄目」
「ほ、ほら、オーガスタ。私達が盗むわけじゃないの。ペットがね。店の中のものを勝手に持ってきてしまったりすることがあったりなかったり」
「駄目!」
「そ、そう。じゃあペット計画は無しで」
「あり」
「えっ?」
「それは、あり。ペット、必要。戦力にも、なるし」
ロジーネはそう言うとタローのことを見つめてくる。でも、その視線は愛情ではなく、どちらかと言えば上司が部下に命令するときのそれに似ている。
「探すのは良いけど、もう、しばらくはここに戻ってこないかもよ」
タローが言うと、ロジーネとオーガスタは頷く。
「折角だから武器と食料だけは補給しておきたいけど……」
「はぁ、私も、貧乏。破産、寸前」
ロジーネはそう言うとバッグを軽く叩く。ロジーネはお金をほぼ使い切ったタローと違い多少のお金を残していた。レベルが高かった分、あまり強化が出来なかったのだ。
「オーガスタ、強化、しない?」
ロジーネが訊ねるとオーガスタは首を振る。
「もう、加護は受けているから。それに、お金を持ってない」
オーガスタはニッコリと笑う。お金に困っていない人はこれだから。言葉にせずにタローとロジーネは目で会話する。
「とりあえず、扱いやすくて威力のでる長剣が良いと思います」
オーガスタの言葉にタローは頷く。ダンジョン内には様々な武器がある。
短剣:使いやすいが威力は弱い。一本はそれほどではないが沢山持つとそこそこ重い。
長剣:ベーシックな武器。価格も安く威力も悪くはない。だが、それだけ。
両手剣:長くて重くて威力が出る武器。大剣などもこれに入る。
斧 :重い割には威力は出ない。
戦斧:威力は出るが重いし扱いが難しい。
サーベル:銀のサーベルであれば、悪魔などには威力が出る。が、長剣より弱い。
棍棒:木の棒。殴れば多分痛いだろう。メイスは先端に金属ハンマーがついたもの。
槍 :長剣よりは威力があるが、懐に入られると弱い。そこそこの技能が必要。
弓 :弓は悪くはないが矢が必要。矢は消耗品なのが辛い。
その他:ユニコーンの角は武器にもなる。また、シャベルも重量を無視すれば悪くない。
「長剣が置いてあれば一番いいんだけどな」
タローら三人は何も考えずに店の中に入っていった。ここは街だ。魔物もそういるはずの場所ではない。そのはずなのに、店の中に入ったらそこは廃墟だった。本来店主がいるカウンターは破壊されている。外から見えなかった棚は倒されていて商品が床に散乱している。
そこにあったのは、ただ、荒れ果てた店だった残骸だった。
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