第20話 殺意が怖い

 店内は薄暗かった。真っ暗闇ではない。夕暮れの建屋の中、目を凝らせばそれほど苦もない程度の明るさ。外からの光はほとんど届いていない。壁にかけられた燭台しょくだい蝋燭ろうそくが店内の暗影を作り出している。


 戦闘があった形跡だろうか、いくつかの棚は倒されて商品が散乱している。水晶玉や薬品ポーションが割られていて、ガラスの破片が床に飛び散っている。アルコールを含んだ甘酸っぱい臭いがほのかに漂っている。


 タローたちはどうするべきかわからなかった。近くに警備兵がいれば報告したほうが良いだろう。しかし、ここはダンジョンの中だ。教会と商店が並んでいる街区であるとしても、外の世界のルールと同じなのかわからない。もし同じだとしても、そもそも誰に報告すべきか何処に行くべきなのかもわからない。


 自分らは所詮、部外者アウトサイダーなんだ。タローは心の中で呟きながら状況を把握するために店内の捜索を開始した。


 注意深く周囲を見回しながら奥のカウンターまできた。もしかしたら、争いの結果があるかもしれない。犯人が潜伏していて襲いかかってくるかもしれない。タローはそう考えながら気を引き締めていたが、それらしい形跡は発見できない。


 タローはカウンターに手を置いてみた。煉瓦でできた腰ほどの高さのカウンターは土っぽさが残っている。だが、それは単なる素材の感触。汚れているわけではない。掃除はされていたのだろう。小綺麗になっている。


 身を乗り出してカウンターの中を覗いてみるが、金貨や銀貨、宝石などのあからさまな金目のものは見当たらない。


「何か、ある?」


 タローは振り返りながら訊くと、ロジーネが床に転がっている魔法書を見つめていた。それを手にとって良いのかいけないのか悩んでいるように見える。


「欲しいのか?」

「でも……」


 ロジーネは躊躇している。ここには魔法書の代金を支払うべき店主はいない。だが、だからと言って勝手に持っていって良いものなのか。悩んでいる素振りを見せる彼女に向かって、落ちている巻物を集めていたオーガスタが話しかける。


「神様の思し召しです。これは装備が足りていない私達に神様が使いなさいと命じているのです。ああ、神様ありがとうございます。みんなで祈りましょう」

「そ、そうか? 勝手に持っていくのは、流石に俺たちが悪い事したみたいで気分が悪いが」


 反射的にタローが突っ込むと、オーガスタはタローに向き直る。


「ダンジョンの外なら、警備に報告するべき話です。しかし、ここには報告するべき警備はいません。ダンジョンの中は生きるか死ぬか。です。タロー様は通路で武器が落ちていたら拾いませんか?」

「ま、拾うな」

「隠し部屋のお金をそのままにしますか?」

「そりゃ、あれは魔物のものだし」

「QED! 神様のお慈悲を讃えましょう」

「そうなのか?」


 タローはオーガスタの言葉に首を傾げる。店主がいなくなった商品は誰のもの? オーガスタなら、神のもの。それを拾う場面に出会えたのが、神の慈悲ということなのだろう。確かに、ダンジョンの中は地上とはルールが違う。ならばオーガスタの意見もそれほど間違っていないかもしれない。


「教会、牧師に、聞こ?」


 ロジーネがボソッと言った。


「この状態で教会に行ったら私達が疑われない?」

「何故?」

「私達がここの店主を殺害したうえ、牧師に許可を求めているって思われません?」

「うっ……」


 ロジーネはオーガスタに反論されて沈黙する。


「まずは、状況を確認するか。俺達が犯人じゃないって証拠があるか」


 タローは周囲を見回す。一番目立つのは武具だ。剣や短剣、ハンマー、鉄の鎧に皮の鎧。売られていただろうものがいくつも床に転がっている。だが、これは大した情報にならない。武具は状態によって金額が代わる。


 例えば、アーティファクトと呼ばれる特別な武器ならば値がつかないほどの価値がある(但し、一部、ハズレのアーティファクトもある)。ただ、アーティファクトがそこら辺の店で売られていることなどまずない。一般的な長剣などを地上に持ち帰って売ろうとするならば、運ぶ労力に割が合わないことが多い。状態が良くて銀貨数枚。呪われていれば二束三文。下手をすればマイナスだ。


 防具の鉄の鎧は、状態次第で金貨になるくらいの価値があるが、やたらと重い。タローが装備すれば動くのもままならない。地上まで持っていくなんてかなり無謀だ。


 もっとも、欲しい武具があって、それは持っていったが、要らないのは放置したのかもしれない。もしそうならば、魔法書や巻物が放置されているのはおかしい。


 ロジーネが見ていた魔法書。それとオーガスタが手に持っている巻物。これらのアイテムは床に落ちていなかったものもある。だが、それは犯人が意図的に床に落とさなかったわけでも雑に扱わなかったわけでもない。


 魔法書や巻物はそれほど重くないしかさばらない。これらはダンジョンの中でなにかの役には立つ。絶対に無駄にならないアイテムだ。そして、地上に持ち帰れば確実に売れる。巻物はピンきりなところもあるが、魔法書は金貨は確定。間違いなく金になるアイテムだ。


 これらが店の中に放置されている。ということは、つまり盗人の犯行ではない。そもそも盗人ならばポーションを割らないように注意したに違いない。回復系の薬は文字通り命綱だ。


 よって犯人は魔物か、人であれば怨恨のたぐいであろう。タローはそう推察しながらも違和感があった。何かが噛み合っていないような気がする。しかし、その違和感が何か特定できない。奥歯を噛み締めながら状況を確認しようとしていると、


「不思議……蝋燭」


 ロジーネが呟いた。


 店内は静寂に包まれている。人気ひとけもなく、もう何日も捨て置かれていたとしても不思議ではない状態だ。だが、もしそうであれば蝋燭に火が灯っているはずがない。魔法の蝋燭だとしても、永遠に輝きを提供することは出来ないからだ。


 それに匂い。匂いが残っているということは、ポーションが割れてからそれほどの時間が経っていない証拠。つまり、それは、人がいた。ことを示している。少なくとも、半日も経っていないはず。


「タロー、魔物は?」


 タローは、ロジーネに訊かれて我に返る。自分の持っている能力のことを思い出す。


「いない。だが、人はいる。勿論、俺達以外の誰かが」

「えっ? 何処?」


 ロジーネとオーガスタが周囲をキョロキョロと見回す。だが、人の気配はない。痕跡すら見当たらない。


「ごめん。自分たちと重なっているからわからない。ちょっと開けた場所じゃないと正確な位置を掴みづらい。一度、全員が外に出て確かめる必要がある」


 タローは二人の同意を得る。ここに残っている人がいるならば多分犯人。極稀な可能性で動けなくなっている店主。


 三人はお互いに目配せをした。言いたいことを理解して三人に緊張感が走る。魔物でないことは分かっているが、安心はできない。盗人が隠れているならばかなりの脅威。店主を殺害するほどの戦闘能力があるはず。


 つまり、タローらより強い可能性が高い。それに魔物と違い、人としての知恵がある。だまし討ちにも引っ掛かりにくい。下手な魔物より人間のほうが厄介だ。


 タローらは物陰から襲われないか互いに見張りながら動く。ゆっくりと歩いて店から出ようとしたところ、突如、勢いよく扉が閉められる。


「葬式は隣の教会に頼んでおくよ」


 身構えるタローらに向かって、聞いたことがある声が投げつけられた。

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