第13話 戦闘スタイル・揉めてる?

 ダンジョンに昼から潜るのは良くない。そんな事を言う人間もいる。確かに、その主張には一理ある。人間の活動とは朝に活発化し、昼に停滞し、夜に疲弊する。


 だから、元気のある朝に潜るのが、人間のやる気を考えれば最善ではある。だが、タローはそう考えない。潜りたくなったら潜れ。もしくは、金がなくなったら潜れ。それが信条である。


 もし、ダンジョンに日帰りで行くのであれば、朝に潜るのも良い。だが、実際は違う。一度潜れば数日は出てこない。下手をすれば、一ヶ月単位で出てこないのだ。入るタイミングなどどうでも良い。


 むしろ、ギルドのチェックで混む朝を避ける方が効率的とも言える。


「ダンジョンに潜る時ってこうウズウズしてこない?」


 オーガスタが嬉しそうにタローに話しかけてくる。


「ウズウズ?」


 タローの代わりにロジーネが何それ? とばかりに訊く。


「下腹部あたり?」

「殺そ、さっさと殺そ」


 ロジーネが目を細めた。いつ、背後からオーガスタのことを撃ってもおかしくない状況。タローはため息をつく。


「まだ先は長いからさ、気楽に行こうぜ」


 くたびれたような言い方にロジーネは俯いた。かなり雰囲気が悪い。そう感じたタローはオーガスタに話しかける。


「ねえ、淫魔インキュバスは何処にいるの? 身に覚えはある?」

「さあ何処でしょう」

「だったら、何処で、淫魔に、襲われたの?」

「さあ、私もわからないのです」


 オーガスタの返事にタローは手を口に当てながら考える。ダンジョンは地下四階層までは大した魔物が出ない。それに冒険者やギルドの警備員がうようよウロウロしている。そこで魔物に襲われることなど無い。


 昔、と言っても、数十年前。ダンジョンは完全なる無法地帯だった。今より無法者が沢山いた。


 そんな無法者が狙うのは、階層深くの魔物ではない。一番、労力を使わず効率が良い方法。それは、上階層で疲弊した冒険者を狙う方法だ。深階層から持ってきたアイテムや財宝を横取りする。楽して儲ける無法者らしい選択。


 だが、楽ではあるが簡単ではない。そこら辺の無法者が容易に勝てるほど、深階層まで潜った冒険者は甘くはないし弱くはない。


 多くの無法者たちは当然のごとく返り討ちにあった。ただ、それは真正面、時としては奇襲だが、戦闘で奪い取ろうとした場合の話。


 力で勝てないと悟った無法者たちは、病人のふりをして襲いかかったり、空腹で上階層に戻ってきた冒険者に食事を分けるふりをして毒を持ったりと様々な手法で冒険者への悪事を働く。


 対処するのは可能だが、疲れて戻ってきたのに、魔物より厄介な奴らを相手にはしていられない。本当に親切な人間も極稀にいるから人間不信になってしまう。精神的に疲弊するのは勘弁して欲しい。


 そんな冒険者の不満を受けて、引退者が作ったのが冒険者ギルドの始まり。


 金はかかるが、安全はかなり確保されるようになった。出入り口もギルドが管理しているから、無法者たちはダンジョンに潜ることすらままならない。尤も、仲間の裏切りはあるし、地下五階層以下は無法地帯となっているから完全ではないが。


 地下五階層より深層をギルドが管理しないのは、コストがかかる。のも理由だが、それ以上に難しい問題があるからだ。


 と言うのも、四階層から五階層に行くためには階層エレベーターを通る必要がある。

 階層エレベーターとは、四階層と五階層を結ぶエレベーターである。十人は入れないエレベーターがあり、その中に入り起動させると、五階層到達時に多数あるうちの一つの迷路に飛ばされる。単純に降りるわけではない。階層と読んでいるが、実際は四階層と五階層の連続性はない。エレベーターは瞬間移動をしているのだ。


 ダンジョンの五階層以下は穴掘りの杖で壁を破壊していけば一つの巨大な階層になるはず。それはタローはマップスキルで理解しているが、壁は自動で復旧するし、時折、形状を変えることもある。


 故に管理などは不可能。だから、四階層までがギルドの監視範囲。


 ファーベルらが九階層で追放しようとしたのは、もう少し上の中階層だったら四階層まで逃げ込まれる可能性が高くなる。そのことを恐れたのも理由の一つのはずだ。


「淫魔がいるのは五階層より深い場所。そう考えていいだろうな」


 五階層に到達した三人はエレベーターを出る。


「そうね」


 ロジーネが相槌を打つと、タローは腕を組む。


「そして、襲われたのはごく最近のこと。ミノワウルスを倒した時、どうだったのかがポイントか」

「で、どう?」


 ロジーネが退屈そうに歩いていたオーガスタに訊く。すると、待ってましたとばかりに嬉しそうな笑顔。


「た、ぶ、ん……」

「「多分?」」

「ロジーネの耳を舐めると思い出すかも」

「だすかぁ!!」


 オーガスタに対して、ロジーネが大声を出す。拳を握りワナワナとさせている。殴るのだけは我慢しているようだ。


「別に、ロジーネの耳じゃなくても構いません。ね、タロー様」

「いや、俺も遠慮しておくよ。洗えないと気になるだろうし」

「でしたら、乾くまで舐めて差し上げます」


 タローに近づこうとするオーガスタをロジーネが間に入って押し戻す。


「そんなことより」


 タローが押し合いを続けながら歩いている二人に言う。


「今日はラッキーかもしれない」

「どうして?」


 オーガスタを押し戻したロジーネが答える。


「隠し部屋がある。もしかしたら、財宝があるかもしれない」

「流石、タロー様素晴らしいです」


 タローは頭をポリポリとかいてから、ダンジョンの道案内をする。地下五階層はそれほど強い魔物は出てこないから、迎え撃てば戦闘苦手パーティーでもなんとかなる。


「ねえ、タロー、どうして、主戦力が、私?」


 タローは、オーク三体を屠ったロジーネに質問をされる。


「仕方がない。俺は敵の位置を後ろから指示しなきゃいけないし、オーガスタは回復役だから後ろにいるべき。とすると、消去法でロジーネにやってもらうしかない」


「おかしい……。ここまで、全部、私が……」


 ロジーネは項垂れる。理屈はわかる。着いてきたのは自分。でも、魔法使いが前衛なんて絶対に間違っている。グーを作りながらロジーネは目で訴える。しかし、タローには通じない。なにせ、多少の戦闘をこなすとは言えタローはマッパー。オーガスタに至っては戦闘なんか無理。


 金のかかっている杖を使うならば、しばらくしたら魔力が回復するロジーネが魔法を使ったほうが得。それはわかっているんだけど。そんな言葉が喉から出ているようにも見える。


 六階層に降りてしばらく歩いていると、前を歩いていたタローが横に腕を伸ばす。そして、小さな声でロジーネに指示を出す。


「敵が来るぞ。ロジーネ、魔法の矢を準備」

「了解」

「スリー、ツー、ワン、シュート!」


 ロジーネが魔法の矢を放つ。すると、曲がり角から現れたオーガにヒット。狙いすまされた魔法の矢がオークに突き刺さる。

 何が起きたのかわからないオークは、首を振って敵を確認しようとする。あと数秒あれば、タローらを発見できただろう。


 しかし、そんな時間はない。ロジーネが放った二発目の魔法の矢で、オーガは簡単に絶命した。


 良し。と言わんばかりにロジーネは小さくガッツポーズをする。今までも難なく倒していた魔物ではあるが、前衛がいない中では上出来。


 勝利の余韻に浸りたいロジーネに対し、タローは次の指示を出す。


「まだ終わってない。次の魔法の準備はオッケー?」

「ちょ、ちょっと待って」

「まだ、魔力は余裕あるよね。トロールが来るから減速の魔法を準備」

「え、ええっ?」

「来るよ」

「わ、分かった」

「五、四、三、二、一、シュート!」


 倒されたオーガを食べに来ただろうトロールに魔法がヒット。トロールは動作速度が早い魔物ではあるが、かなり動きが遅くなった。


「続いて、魔法の矢!」

「はい」


 ロジーネは返事をしながら魔法の矢を解き放つ。普段のトロールであれば、躱される危険もある距離。だが、一段階速度の低下したトロールには避けられない。巨体の胸部に直撃。それでも、魔法の矢程度では大したダメージを受けた様子すら見せない。そのままタローらに向かって突進してくる。


「やばい!」


 ロジーネが発した困惑気味の声。と、同時にダンジョンの周囲が眩しく輝く。次の瞬間、トロールは焼け焦げて床に倒れていた。タローは倒れているトロールに近づき、短剣で首を刎ねる。


「ロジーネ、衝撃の魔法で頭を砕いておいて」


 タローはロジーネにお願いをする。トロールは回復能力の高い魔物だ。一度殺したと思っても、そのままにしておくと復活をする。頭部を完全に破壊しておくのが有効だ。


「ねぇ」

「ん?」


 ロジーネがあからさまに不満の表情をタローに向ける。


「私、タローの、何?」

「仲間だけど?」


 タローはロジーネの方を向かずに答える。トロールとオーガの持ち物の確認を優先したのだ。大したものなど持っていないと思いつつも、回収できるものは回収する。それが冒険者だから。


「ちっ、特に無しか。雷撃の杖を使ったから大赤字だ。さっきの隠し部屋も無駄骨だったし運が悪い」


 はあ。とタローはため息を着いた。戦闘に必要とは言えコストがかかる。使った分は回収しなければならない。多少でもドロップアイテムがあればと期待していたタローは小さく首を振る。


 その様子を見たロジーネは、ツカツカツカとタローに近づいてきた。横に立ち、強い口調で、「本当に、そう、思ってる?」と訊く。


 タローはロジーネのことを見た。ロジーネの視線は冷たい。今すぐにでも怒鳴り出しそうな雰囲気。タローは一体、何が起こったのか理解できない。ちょっとした冗談でも言おうとして止める。それが許されるような状態ではないことだけは理解できていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る