第14話 争い、休憩
「今まで、後ろだったら、わからなかった。でも、今なら、わかる。タロー……駄目」
ロジーネに言われて、タローは目を細める。
「ねえ、ファーベルの、気持ち、考えたこと、ある?」
「気持ち?」
「そう。仲間、だったよね」
「ああ」
「部下、じゃない」
タローはロジーネの言いたいことはすぐに理解した。要求していることもわかる。けれども、素直に謝りたくはない。自分のやっていることは正しい。一番効率的に魔物を倒しているはず。そんな自負がある。
「マップスキル。確かに、強力。でも、パーティーで、やるなら、協力して」
「協力してるだろ。ベストの戦闘をしているはず?」
タローとロジーネが睨み合っていると、オーガスタが二人の間に割って入る。
「私のために争わないで」
「争って、ない」
ロジーネはその場にしゃがみ込む。子供のように両手で顔を隠す。
「一度、地上に出るか? パーティーを解消しよう。俺はロジーネに無理に戦ってくれ。なんて言ったつもりはない」
タローはロジーネに強い口調で話しかける。
「やだ」
「どうして? 嫌なんだろ? 俺たちと戦うのが」
「違う。命令されるのが、嫌。私は、使い魔でも、ゴーレム、でもない」
「だが、これが一番上手くいくんだ」
「それは、わかる。でも、もっと、優しく、して」
タローはロジーネのことを見下ろしている。両手に拳を強く握っている。
「ロジーネの馬鹿ッ」
突如、オーガスタが大きな声で叫んだ。魔物が近くにいたら気づかれるくらいの声の大きさ。ロジーネは反射的に伏せていた顔を上げる。オーガスタはロジーネの前にしゃがみ込むと、睨みつける。
「何?」
オーガスタの視線のプレッシャーに耐えられなくなったロジーネがオーガスタのことを睨み返す。
「ねえ、ロジーネはタロー様のこと好きじゃないの?」
オーガスタが優しく話しかけると、ロジーネは顔を背ける。
「嫌い」
「私のことは?」
「嫌い」
「じゃあどうしてここにいるの?」
「それは、あなたを呪う、
「でも、そんなこと私お願いしていない」
「えっ?」
ロジーネはオーガスタのことを見る。視線から何が言いたいのか読み取ろうとする。
そんなロジーネに対して、オーガスタは子供に対するかのように話しかける。
「私、お願いした? みんなに。淫魔を殺してって」
「してないかも。でも、それは、するべきで……」
「そんなことロジーネが決めることじゃない。ロジーネはワガママだよ」
ロジーネに向かってオーガスタが言い切る。怒っているようにも見えるが、諭すかのような口調だ。
「私、ワガママじゃ、ない」
「ワガママだよ。戦闘は嫌だって言うし、パーティーは抜けたくないって言う。私やタロー様のことが嫌いなら、別のパーティー探せばいいじゃない。ロジーネの魔法なら歓迎してくれるパーティーだってあると思う」
「でも……」
「一緒にパーティーを組むなら我慢することも必要だよ?」
「でも……」
反論しようと言葉を探すロジーネにオーガスタは顔を近づける。そして耳元で話しかける。
「我慢しているとそれが気持ち良く……」
「ならないッ」
ロジーネは立ち上がってオーガスタのことを見下ろす。少しだけ呼吸を荒くしている。
「あのさ」
タローがロジーネに話しかける。
「俺たち仲間だよな?」
ロジーネはタローの言葉には答えない。けれども、その代わりに頷いて同意を示す。
「だったら、わかるように説明をしてくれないか。俺はこのやり方しか出来ないから」
「わからない。どうすれば、良いのか」
ロジーネは首を振る。
「だったら、俺たちで戦うからロジーネは後ろでバックアップしてくれ」
「いいの?」
「元々、ソロで潜るつもりだったからな」
「ありがと」
ロジーネは目頭を指で拭う。そして、笑顔を見せる。
「タロー様ずるーい、ロジーネだけ甘やかして」
「いやいや、オーガスタはそもそも戦闘に参加していないじゃないか」
「タロー様がそう言うなら次は私が戦いますから」
オーガスタはビッと腕を伸ばし、タローの背後の何かを指差す。
タローが振り返って見ると、そこには魔物がいた。
魔物、カズポンドゲザエモンだ。タローと同じくらいの背丈。と言っても巨大な一つの目玉の魔物。それに植物のような根っこと小さな腕が数本生えている。移動速度は勿論遅い。攻撃と言っても大した攻撃をしてこない魔物。どちらかと言えば狩られるだけの餌のような存在。唯一気をつける必要があるのが……。
「衝撃の魔法ッ!」
オーガスタが杖を振るとカズポンドゲザエモンは一瞬のうちに四散する。
「あっ」
「どうですかタロー様」
「いや、ま、いいけど……。オーガスタは魔物を殺してもいいの?」
「問題ありません。魔物を殺せないならダンジョンに潜れないじゃないですか」
「そうだよね」
「このまま、八階層に進みましょう。そして、前人未到のダンジョンクリアを目指しましょう」
「流石にこのメンバーでそれは難しいと思うけど」
「弱気はよくありませんタロー様」
オーガスタは気を良くして道を進む。魔物がいないと分かっているとは言え、不用心すぎる。
でも、タローは止めなかった。オーガスタは雰囲気を明るくしようとしている。そのことが理解できたから、安全を確認しつつも彼女の行動に委ねる。
「とうとう八階層ですね」
オーガスタが嬉しそうに言った言葉にタローは頷く。
「気をつけろ。魔物の数は少ないけど、強力な魔物が多い」
「じゃあ、雷撃の杖をお願いします」
オーガスタは両手を伸ばしてニッコリと微笑む。タローは、ついつい言われるがままに杖を渡しそうになるが、動き出した手を止める。
「どうしました?」
「いや、雷撃の杖は一発が高価だから……」
「タロー様、もしかして私のことを信じてないのですか?」
オーガスタが両手を組んで祈るような視線で訴えてくる。だが、タローは躊躇する。
「ねえ、魔物を見た瞬間に撃ったりしないよね」
「大丈夫です」
「それが怖い」
タローが雷撃の杖を渡すと、受け取ったオーガスタは嬉しそうに頬ずりする。
「これでどんな魔物でも一撃ですね」
と嬉しそうに言っているのをタローは聞き咎める。
「今の所、ミノワウルス級の魔物はいない。だから、一撃、雷撃の杖! でも、強いやつは倒せない。よく考えて撃たないと駄目♪ つか、弱い敵なら、衝撃の杖ッ♫」
「でもさ、撃ちたい、雷撃の杖、私もビカビカ放ちたい♪」
タローのラップに合わせてオーガスタは返す。杖を上下に振りながら歩いていて、今すぐにでも壁に雷撃を解き放ちそう。
「ちょっと、オーガスタには早かったかな」
タローはそう言って雷撃の杖を横からヒョイと奪い取る。
すると、オーガスタは頬を膨らませて睨みつけてくる。
「タロー様、自分ばかり強力な杖を使ってズルいです」
「いや、もう少し下の階層に行ったら渡すよ」
「本当ですか?」
「ああ、約束する」
「ホントの本当ですか?」
「ああ、本当に約束する」
「だったら、契約のキスを」
オーガスタがタローの腕を捕まえると、顔を近づけてくる。後、数秒で唇が触れようかというとき、背後から「ゴホン」とわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「オーガスタ。俺は何も契約しないからね」
「くっ、契約したら墓場まで解消できないはずですのに」
そんな契約、絶対に出来ないじゃん。タローはそう思いながら後ろを振り向くと、ロジーネはわざとらしく顔を背ける。
あまりのわざとらしさにからかいたくなるが、怒り出しそうなのでオーガスタを押し戻し歩き出す。
この階層にも淫魔はいなそうだし、金目になりそうな場所もなさそうだ。そう判断して次の階層への階段に近づいた時、それほど強くない小さい魔物が近づいてくることに気づいた。
「オーガスタ、チャンスがきそう。杖の準備をして」
「はーい」
オーガスタは前方に構える。この場所は一直線の通路だが、暗いだけでなく少しずつ右に曲がっている。それほど遠くまでは視認できない。オーガほどの大きさはないから、見えた瞬間に狙い撃つのは難易度が高い。
それでも、狙い撃つべきであった。敵が小さいのを恐れる必要はなかったが、小さいことに注意するべきであった。
タローらは瞬時の判断を誤ったことに後悔をすることになる。
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