第12話 無双の聖女、どうしよ?
「すみませ~ん。ステーキセット肉ましまし、パンとコーヒーで」
昼前のレストラン。
これを頼んだのがファーベルかブーンであればタローもなんとも思わなかった。だが、発したのはオーガスタ。タローの真向かいオーガスタの横でロジーネも目を丸くしている。
「どうしました? 頼まないのですか?」
オーガスタに促されて、ロジーネは思い出したように注文する。
「天ざる蕎麦」
「じゃあ、日替わり定食で」
タローが頼み終えると、店員は何事もなかったかのように厨房に戻っていく。
確かに、問題は何もない。店員としては。しかし、タローとロジーネにとっては違った。
「なあ、オーガスタ。注文するメニュー。悪くはない。けど、どうしていつもと違ってパンケーキじゃない? 今まであんなに菜食主義。今日はメチャクチャガッツリ肉♪」
タローがリズムに乗せながら質問すると、オーガスタはニコリと嗤う。
「だって、肉、美味しいじゃないですか」
言い終えてから舌で自分の唇を一回ぺろりと舐める。
「ま、ま、そ、そうね」
と、オーガスタの横に座っているロジーネは引き気味。
「聖職者は肉を食べては行けないって決まりじゃなかったのか?」
「さあ。あったかもしれませんが、仕方がないですよね。食べたいのですから」
タローの問いにオーガスタは大したことではないとばかりにサラリと返す。あまりの素っ気なさに、オーガスタの対面に座っているタローは反射的に視線をロジーネに飛ばす。
「最近、馬鹿みたいだな。って感じたんです。好きで菜食主義をやっているのならば良いのですが、ひたすら我慢してみんなが横でガッツリと肉を食べているのを内心羨ましいのに、殺生は良くありません。とか言いながら野菜ばっか食べてるの。もう、止め止めです」
「な、何で?」
「昨日、ロジーネの耳を齧りながら強くそう思ったんです。美味しいものを食べようって」
「えっ?」
「昨日、ロジーネが寝ている時に、耳をカジカジしたら、とても美味しかったんですよ」
「ええっ?」
「嬉しそうに、アン。とか言ってたじゃないですか」
「い、言ってない」
「夜遅くに声を出されては隣で寝ているタロー様に迷惑かと思い口の中に指を突っ込んだら……」
「突っ込んだら?」
タローが身を乗り出して訊く。
「嬉しそうに、赤ちゃんのようにペロペロ舐めてました」
「あ、あ、あああ、う、嘘、うそうそ」
「本当です。私は聖職者ですから、嘘はつきません」
「肉、注文、してるじゃん」
ロジーネは少しだけべそをかきながら、自分の耳を撫で回す。
「ね、また舐めて欲しいのですか?」
「ひぃッ!!」
オーガスタに耳元で囁かれたロジーネは反射的に大きな声を出す。昼前の食堂は満席ではない。それでも、近くの席の人達から奇異の目を向けられる。
「くうう」
ロジーネは項垂れる。どうやっても、ロジーネはオーガスタには勝てなそうだ。
「まあ、ゆっくり食べて落ち着きなよ」
タローは自分の前に出された定食を前にして頬を緩ませる。日替わり定食は、ご飯に焼き魚、それに貝のスープだ。食事としては豪華からは程遠いが、比較的海に近いダンデラーテならではの食材である。魚は程よく焼かれて熱を発している。タローが箸で皮をパリパリと剥がすと、白身の部分がむき出しになる。大根おろしに醤油を少しだけかけ、白身と一緒に口の中に入れると、嫌なことも疲れも一瞬にして消え去りそう。
今だけは、何も考えられない。そうタローは思いながら、今度はご飯を口に入れる。少しだけ固めだが、味は悪くない。口の中にご飯の甘味が広がり、焼き魚と調和する。もう、このまま冒険なんか止めて、レストランで働いたほうが良いのでは? そんな誘惑に思わず負けそうになる。
「タロー様は肉がお嫌いなのですか?」
タローはオーガスタに声をかけられて、彼女のことを見た。昼にしてはやたらと多い肉。ガッツリと焼かれた鉄板の上に乗せられた牛肉は、ジュウジュウと音を立てている。
オーガスタが満面の笑みを浮かべながらデミグラスソースを牛肉にかけるとジュワワワワと音を立ててソースが飛び散る。オーガスタはテーブルナプキンを持ち、ソースが飛び散るのを防いでいるが、匂いはガッツリつくだろう。でも、そんなことを気にしている様子はない。
まだ、ソースが鉄板の上で踊っているのにもかかわらず、オーガスタはテーブルナプキンを膝の上に置く。そして、ナイフとフォークを持つと、素早く肉を切り始める。ちょっと一口にしては大きいんじゃないか? そんなツッコミをタローがする前に、一番左端の肉をフォークで突き刺すと、大きく口を開いてパクリ。一口で食べる。
「豪快だな」
思わずタローが口にすると、オーガスタは別の肉をフォークで突き刺す。
「タロー様もいかがですか?」
「えっ?」
「美味しいですよ。是非」
焼き魚は美味しい。だが、ここまでオーガスタに美味しそうに肉を食べられれば、興味が出てくるというもの。値段のせいで食べないだけで、別に肉が嫌いというわけではない。
「あ~んしてください」
「えっ?」
「あ~ん」
タローが誘惑に負けて口を開こうとすると、ずずずずずぅッっと蕎麦を啜る音が聞こえた。ロジーネがタローのことを睨みながら蕎麦を啜る。勿論、汁が飛ぶのも気にしていない。
「お、オーガスタ、乗せてもらっていい?」
タローがご飯茶碗を出すと、オーガスタは少しだけ不満の表情を見せながらもその上に乗せる。
「魚もいいけど、肉もいいよな」
「流石、タロー様、よく分かってます」
褒められているのか、若干馬鹿にされているのか良くわからないな。とタローは思いながらご飯と一緒に肉を一口齧る。大きめとは言え一切れしか無い。一気に食べてはもったいない気がしたのだ。
「うっ、まーーーーー」
タローはご飯とマッチした牛肉の味に心が溶けそうになる。
「流石、タロー様、舌が肥えていますね」
オーガスタが言うが、いやいや、これほど美味しければ舌が肥えていようが肥えていまいがわかるだろう。やばい。次に来た時は昼でも銅貨3枚払ってしまいそうだ。とタローは考えながら魚を食べる。
焼き魚は焼き魚で美味しいが、肉は別格な気がする。タローは残りの肉を一口で食べた後、何事もなかったかのようにスープを飲む。肉を意識すると、オーガスタにおねだりをしてしまう気がしたのだ。
「タロー様、あ~~ん」
タローはフォークで突き刺した肉をオーガスタに突きつけられる。まるで、忠誠心を試すかのような行為。肉の力に勝てるのか? と主張するかのよう。
思わず口を開けてしまいそうになる。と、その瞬間、ずずずずずぅッずずずずずぅずずずずず、ず。っと、これはロジーネが蕎麦を啜る音。
「チッ!」
オーガスタが小さく舌打ちをした。
「ねぇ、ロジーネも肉を差し上げましょうか?」
「ずず、ずずずず、ずず」
「それとも、私に食べられたいのですか?」
蕎麦を啜っているロジーネの耳にオーガスタが息をふうっと吹きかける。
「や、止めて」
「嬉しそうなのに」
オーガスタがしなだれかかるのをロジーネは押し戻す。
「そんなに嫌がらなくても良くありません?」
「殺す」
ロジーネは口を拭いてから強い口調で言う。流石に見かねる。そう判断したタローが口を挟む。
「おいおい、ロジーネ。ちょっとオーガスタがやりすぎなところがあるのはわかるけど、言い過ぎじゃないか」
「いえ、本気で、殺す。オーガスタの原因」
「原因?」
「そう。彼女が、こうなった原因を」
ロジーネがオーガスタを睨むと、オーガスタはニコリと笑った。
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