第10話 買い物、それは値切るもの
タローは一人で買い物に行くつもりだった。昨日、ロジーネと約束したとは言え、途中からオーガスタの乱入で有耶無耶になっている。このまま気づかれずに装備を用意したかった。
「女性と買い物に行くと疲れるんだよな。変なもの買いたがったり待たされたりして」
自分に言い聞かせるように独り言を言いながらタローは全ての荷物を持って部屋を出た。そして、二人に捕まった。
「お待ちしておりましたタロー様」
「もしかして、一人で、行くつもり、だった?」
タローは、待ち構えていたロジーネとオーガスタを見て項垂れる。
「休みの日くらい自由にさせて欲しかったのに」
「そんな、態度だから、不正蓄財を疑われる」
「タロー様は私のことお嫌いですか?」
タローは二人に詰め寄られて一歩引く。そのまま部屋に戻ってしまいそうになるが、右腕をオーガスタに掴まれて、文字通り捕まって諦める。
腕を掴まれたままホテルの受付まで行き、チェックアウトを済ませたタローは、外に出たところでオーガスタを押し戻す。
「どうしたのです?」
「流石に、往来で聖女様に引っ付かれては不味いだろ」
「わかりました」
一瞬、反論されるかと思いきや、オーガスタはタローの腕を放す。その代わりにピタリと横につく。
「どうしたロジーネ」
「鼻の下、伸びてる」
「そんなことはない」
「良かった? 胸の感触」
ロジーネに言われて、タローは目を細めて睨みつける。すると、ロジーネは負けじと睨み返してくる。しばし、タローとロジーネが無言で戦っていると、オーガスタがひょっこりと顔を前に出す。
「あら、ロジーネ。どうしてそんな態度を取るのです? もしかして、欲求不満?」
「それは、あなた、じゃない」
「昨日はあんなに激しかったくせに」
「なっ、何それ」
「おかげで私も疲れてよく眠れました。それなのに、まだ、足りなかったのですか?」
「い、いや、足りないも、何も、本当に、何も、ない。信じて」
言い争いながらロジーネはタローに訴えかけてくる。しかし、二人の間に何があったかはわからない。隣の部屋からちょっと変な声は聞こえてきていたが。
「説明を求める!」
気合を入れた低い声でタローが訊くと、オーガスタはにっこりと微笑む。
「タロー様も今晩は一緒の部屋にしませんか? そうすれば、昨晩、二人がどうしてこれほど親密になれたのかをお教えすることが出来ます」
「だ、駄目ぇ!」
ロジーネは不意に大きな声を出し、路地の通行人に変な視線を向けられて、とんがり帽子を深くかぶる。このまま、恥ずかしくなって何処かへ走り去ってしまうのではないか? タローはロジーネのことを盗み見しながら歩き始めるが、ロジーネは俯いたままついてくる。
「どうしましたか? タロー様」
「まずはお金用意しないと。って、聖女様は持ってるの?」
「オーガスタと呼んでください」
「オーガスタはお金あるの?」
「ありません」
オーガスタは平然と答える。
「何で? どうして? パーティーで分配したお金があるんじゃないの?」
「聖職者ですから全額教会に寄付しています」
「そ、そうなんだ。でも、食事代とかは?」
「つけで支払っています」
「え? つけ?」
「後日、お父様がお支払いしてくださります」
「えっ?」
タローはマジマジとオーガスタのことを見る。ちょっと冗談とかを言っているのでは? と疑ったのだ。だが、オーガスタはタローの態度がよく分からなくキョトンとしているだけだ。その横でロジーネが、やれやれとばかりに首を振る。
「タロー、知らなかった? オーガスタのお父さんは、大商人よ。双子の、ウィリアムズ商会。聞いたこと、ない?」
「結婚してください」
タローがオーガスタの両手を掴むと、オーガスタは頬を膨らませる。
「嫌です」
「えっ?」
「タロー様、もし、好きな方に求婚されたとして、それがお金目当てだったとして受け入れることが出来るでしょうか?」
「そ、そうだな。無理だな」
タローは頭をポリポリとかくと、ロジーネが近寄ってきてニヤニヤと笑う。顔を背けると覗き込んでくるので、タローは逃げるように商店に入る。中はまだ朝なのに少しだけ薄暗い。それほど大きくはない店内に所狭しと武器や食料・飲み物、スパイスなど多くの種類のものが置かれている。豊富な品物がある商店だが、冒険者専用だ。一般用品は置かれていない。
店の奥に入るとカウンターがあった。髭面の大男が中にいてタローらを見つけるなりニコリと営業スマイル。でも髭面親父。
「久しぶりだなタロー。それに、聖女様と魔女さんも。珍しい組み合わせじゃないか」
店主である大男が話しかけてくる。元冒険者の戦士で、腕を悪くして引退してから、店を開いたのだ。
「色々あって。それより、買取を頼む」
タローはバッグから杖を何本かと、スクロール数枚かをカウンターの上に置く。
「珍しいものは?」
「無い。済まない」
「いや、普通のもののほうが売れるから商売としてはその方が良い。珍しいアイテムは高い割には売れないから場所喰い虫さ。ここは回転率で儲ける店だからな。でも、それでもレアアイテムはそれはそれで魅力があるけどな。で、何がある?」
そう言って店主はタローがカウンターに置いたアイテム類を手に取りメモを付けていく。
「悪いけど、全部で銀貨10枚だな。一応、説明を聞くか?」
「信用はしているけど、頼むわ」
「はいはい。まず、この衝撃の杖が2本で銀貨1枚。魔法の矢の杖は、銀貨1枚。魔物造成の杖が2本で銀貨1枚。魔法の地図の巻物が2枚で銀貨6枚。罰の巻物と魔物造成の巻物で銀貨1枚。で、合計で銀貨10枚であってるな」
「相変わらず、杖の値段が厳しいな」
「衝撃の杖に5発入ってるんなら銀貨3枚、魔法の矢は4枚出せるけど、どうせ、空なんだろ? 使い切った杖は
「もしかしたら、残っている杖もあるかもしれないじゃないか」
「ねぇよ。俺はお前らの冒険者のスキルをそこまで低く見積もってねぇ。いや、魔物造成の杖は残ってるかもしれんがな。どちらにせよ、この杖は使いみちが制約される」
店主はそう言いながら衝撃の杖を持ち上げて軽く振る。
「やっぱり、空じゃねーか」
「鑑定しないでわかるのかよ」
「俺くらいの冒険者になるとな」
店主がニマニマと笑うので、タローもつられて同じように笑った。
「これで、一ヶ月くらい、過ごせ、そう」
オーガスタがタローが銀貨を貰うのを見て呟く。すると、タローは首をかしげる。
「今から、買い物をするけど。ここで」
「え、ここで買い物をするのですか?」
と、これはオーガスタ。
「冒険に行く準備をしないとな。この間、ファーベルたちから逃げる時に無駄に杖や巻物を使ったから装備が足りないんだ。特に、雷撃の杖は充填しておきたい。というわけで、マスター充填の巻物を頼む」
「銀貨5枚だけど良いか?」
「ああ、仕方がない」
店主は、カウンター奥の棚から一枚の巻物を持ってきた。タローは受け取ったばかりの銀貨5枚を店主に渡し、巻物を受け取る。
「ちょっと、おかしくないですか?」
オーガスタが口を挟む。
「どうしてだよ聖女様」
文句をつけられた。と言わんばかりの店主の口調。
「先程、買い取っていただきました杖にチャージしたら赤字になりませんか? 確か、衝撃の杖が銀貨3枚、矢の方が4枚でしたよね?」
「ああ、赤字になるぜ?」
「おかしいですよね」
「違うぜ。充填の巻物はどんな種類の杖にもチャージ可能だ。だから、タローはもっと強力な杖にチャージするはず。だろ?」
「でしたら、買い取った杖はどうやってチャージするんです?」
「それは、魔法協会の方でまとめてやってもらう。ただ、そっちに依頼すると時間とまとまった量が必要になるって問題があるんだけどな。冒険する時に使う杖がチャージされるのを何ヶ月も待てないだろう?」
「わかりました。ありがとうございます」
オーガスタが深々と頭を下げてお礼すると、店主はそんな必要ないとばかりに軽く掌をパタパタと振る。
「ここで使っていいか?」
タローは、二人の話が終わったのを確認してから店主に訊く。
「ああ」
店主の返事を聞いてから、タローはバッグをカウンターの上に置く。中から雷撃の杖を取り出し、左手で持つ。
右手で充填の巻物を開きながら、書かれている呪文を読むと、巻物が光ると同時にその光は杖の中に吸い込まれていく。
「さて、今回はどれくらいチャージされたかな」
タローは雷撃の杖を持ち上げて軽く上下に動かす。
「貸してみな」
タローが雷撃の杖を店主に渡すと、店主は指揮棒のように軽く振る。
「6回か?」
「安全を見て、5回と思っておきな」
タローは店主に渡された色紐を杖に強く結ぶ。こうやって、何回使えるかを忘れないようにするのだ。と言っても、戦闘中に何回使ったかわからなくなることはままあることだが。
「後は、超回復薬3個と食料5日分だけど、残りで足りるか?」
「構わねぇぜ」
「食料は3人分だけどな」
「おい、ちょっと待て」
タローの言葉に店主は口を尖らす。ちょっと値引き交渉が強引すぎるぜ。そう言わんばかりの態度。何故か、店主は上着を脱ぎだす。そして、引退したとは思えないほどのごっつい筋肉を見せつけてきた。
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