第9話 聖女様は一人様
ギルドでの裁定が終わったタローは、ホテルに来ていた。
ギルドが所有している宿舎に泊まることも出来る。しかも、無料だ。だが、かなり疲労が蓄積していたから一日くらいゆっくりと休みたかったのだ。
ホテルの美味しい料理も食べたかったし、湯船のあるお風呂にも入りたかったし。
部屋に入って鍵をかけるまでが冒険。以前にブーンから聞いた心得を思い出していたタローが部屋に鍵をかけようとした時、ノックの音が聞こえた。
気をつけろ。もしかしたら開けた瞬間に襲われるかもしれない。って、ないない。ブーンの話ではホテルでも危険な目にあったことがあるとのことだが、王都べーウィンのスラム街の話だ。
このダンジョン都市ダンデラーテでそんなことがあればすぐに噂が広がる。それに、ギルドに追われて犯人はとんでもない目に合わされる。
意外と安全なんだよなこの街。
タローがそんな事を考えながらドアを開くと立っていたのはロジーネ。
「や、やあ」
「うん。どうしたの? ロジーネ」
「話をしても、いい?」
ロジーネはタローがオッケーの許可を出す前に部屋にズカズカと部屋に入ってくる。そして、ベッドの上にどかっと座る。
「ダンジョンって、嫌い。ベッドが、ないから」
「色々あったし、今日はゆっくりと疲れを癒やさないとな」
「そうね。偶には、贅沢も、悪く、ないね」
ロジーネは自分が借りた部屋と言わんばかりにベッドの上に横になる。そして、ダンジョンの硬い床との違いを楽しんでいる。
「このホテルは浴槽があるのが素晴らしい。体も心も十分に
ベッドを占拠されたので、タローは窓際に置かれていた椅子に座る。
「ねえ、これから、どうするの?」
ロジーネは体を起こしてベッドの上に座り直す。
「お風呂だけど?」
「違う。これからの、生活。やっぱり、パーティー、組み直すの?」
「いや、ソロでやろうと思ってる。実は今まではファーベルの希望を優先して、ダンジョン攻略とかレベル上げを優先させていたから。本当はもっと稼げたのに」
「もっと、稼げたの?」
「やり方によっては。ただ、六人パーティーだと一人あたりの利益は減っちゃうから儲からないんだよな。もし、ソロだったら全部、自分の利益になるから結構行けるはず」
「でも、ソロは、危険じゃない?」
「その分、リターンも多い」
「けど、ちょっとしたミスで、パーティーなら、助かる時でも、ソロなら死んじゃうかもよ」
「覚悟の上だよ」
「せめて、二人が、良いんじゃない? 利益は、半分だけど、安全優先だよ」
「うーん。それって……」
ロジーネはスクっと立ち上がる。そして、頭を下げる。
「お願い、します」
「あ、こちらこそ。ダンジョンでは助けてもらったしね」
「オッケー、じゃあ、契約成立ね」
ロジーネに出された右手をタローは握り返して握手をする。
「接近戦は、絶対に、駄目、だからね」
「勿論。魔物の位置はスキルでわかるから問題ない」
「明日から?」
「明日は装備を買いに行こうと思う。準備万端にしてから潜らないとね。お金、あんまりないけど」
「そっか。私も、一緒に、行くね」
ロジーネはタローに軽く手を振る。ゆっくりと歩いて部屋を出ていこうとドアを開けると、人影があった。
まさか、ホテル強盗? タローとロジーネが身構えるが、立っていたのはよく見知った人物だった。
「あれ? 聖女様?」
ロジーネがちょっと間の抜けた声を出す。
「部屋に入ってもよろしいですか?」
訪ねてきたのは、聖女オーガスタ・ウィリアムズ。いつもの神官服を着ている。
「どうぞ」
タローが許可を出すと、ロジーネはオーガスタが通れるように道を開ける。
「今日はどのような用事で?」
タローはオーガスタに
「あのー、タロー様と一緒になりたいと思いまして……」
「聖女様も、ダンジョンに……」
オーガスタに対してタローより先にロジーネが答える。すると、オーガスタも更に返答する。
「タロー様と一つになろうかと」
「「は、はぁっ!?」」
「嫌ですか?」
オーガスタはタローに息がかかるくらいの距離まで近づいてきて上目遣いで訊いてくる。
「いや、ま、男としては……」
「騙されちゃ駄目ッ!」
タローが答えに戸惑っていると、ロジーネが大声を出す。
「どうしたのロジーネさん。あなた、タロー様のこと嫌いって言ってたじゃない。嫌いなんでしょ。だったら、私がタロー様と何をしても構わないじゃない」
「いいえ、そんなことない。タローは、パーティーメンバー。だから、大事」
「別に取って食べるわけじゃないから安心して」
「駄目、食べられる」
ロジーネとオーガスタは向き合って睨み合っている。今にもどちらかが飛びかかって取っ組み合いの喧嘩を始めそうな雰囲気。
「ま、二人とも落ち着け、話を聞け、状況が良くわからない。ロジーネと俺は一緒のパーティ。ダンジョン捜索の仲間で良い。それに対して、聖女様。どうしてここに来た♪ 昨日まで俺たち敵対。殺し合い。話し合い。それは決裂。ファーベルと一緒に王都に行かなかったのか♪」
タローが話しかけると、オーガスタはニコリと笑う。
「私、この一件でわかりました。勇者様も悪くはありませんでした。けれども、タロー様の魅力の前には霞みます。だから一緒になりましょう」
「流石の俺も、それは唐突すぎと思うぞ」
しだれかかってきたオーガスタをタローは押し戻す。
「あーー、」
オーガスタの周囲をウロウロとしながら観察していたロジーネは、変な声を出した。
「どうしたロジーネ」
「多分、聖女様は、インキュバスの呪いに、かかってる」
ロジーネは腕を組むとオーガスタの首元を観察する。インキュバスから受けた印がないか確認をしようとしたのだ。
「別に呪いにかかってても構いませんよね。タロー様。嫌いと言う人より、好きと言ってくれる人のほうが愛せませんか?」
「悪い気持ちはしないけど……」
タローはオーガスタの押しに流されそう。そのままベッドに押し倒されそうなところをロジーネに助けられる。
「タロー、よく考えて、結婚して、子供が生まれて、実は、ファーベルの子供。でも良い?」
「それはやだ!」
「気にしなければ大丈夫ですよ」
オーガスタに手を両手で握られて微笑みかけられる。だが、タローは少し身を引いている。
「気になるだろ。そこは! そもそも聖女様は、ファーベルたちと行動を一緒にしてたじゃないか。どうしてこっちに」
「だって、勇者様はダンジョンの中ではヘルメットを取らなかったじゃないですか。私は勇者様に拒絶されたのです」
タローとロジーネは視線を合わせて、いや、それは違うだろ。と言葉に出さずにツッコむが、オーガスタは全く気にしていない。
「ブーンは? ブーンはちょっと歳が上だけど、大人の渋みみたいなのがあって……」
「ヒゲを生やしている方は好みではありませんので」
「そ、そっか」
呪われている割には好みなんかあるんだな。とか、考えていると、再びタローのことを押し倒そうとしてくる。ロジーネがオーガスタの肩を掴んでいなければそのままベッドインの体勢だ。
「でも、ヒゲが無い男なら誰でもいいんだろ? だったら、俺でなくてもいいじゃん」
タローが思いついた。とばかりに言うと、オーガスタは顔を下に
「酷い。私、タロー様以外の方とはそんなことしたことありませんのに。疑うのであれば確かめてください。つか、確かめて!」
悲壮な声を出しながら神官服を脱ぎだそうとするオーガスタ。そして、それを阻止しようとするロジーネ。
「ロジーネさん。どうして私達のメイクラブを邪魔するのですか」
「タロー、今日はエロ聖女連れて行くから。また、明日ね」
「何をするんです」
ロジーネはオーガスタの手を取り引っ張る。強引ではあるが、無理矢理ではない。オーガスタが抵抗すれば出来るほどの力。でも、オーガスタはそのままロジーネに引っ張られていき、二人は部屋を出ていく。
「なんか、もったいなかったか?」
タローはボソッと呟くと、部屋のドアの鍵をかけてからベッドに一人でダイブした。もう、今日は何も考えずに休んでやる。そう思った瞬間、隣の部屋から奇声が聞こえてきた。
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