第8話 ギルドでの裁定。これでいい

 冒険者ギルドの会議室で、タローとロジーネ、ファーベルらはテーブル越しに向き合って座っていた。お誕生席の位置にギルドの調停官、その横に立会者が言葉通りに立っている。


 当然のことだが、パーティーメンバー全員が武装はしていない。オーガスタのみ神官の白を基調とした正装をしているだけで、他のパーティーメンバーは身軽な服装をしている。


 調停官である壮年の男性はセミフォーマルのスーツを着て議長席に座っている。その横に立つ立会者のシメオンと言う筋骨隆々の女性戦士は武装している。それは、揉め事が発生した場合、実力行使をするためだ。


「それで、カトーさんらの訴えは正しいということですか。地下十階層でパーティーから追放されたと主張されておりますが」


 調停官はファーベルに向かって落ち着いた言葉で話しかける。


「いえ、それは誤解です。私たちはカトーをパーティーから追放したわけではなく、パーティーの方針を巡って話し合いがまとまらなく……」

「そうです」


 クロエが調停官に言い訳しようとしているのをファーベルが話に割り込んで止める。


「我々はカトーを追放しました」

「なっ!」


 クロエが非難の言葉を上げるが、ファーベルは全く気にしてはいない。


「それは、重大な契約違反に当たると知ってのことですか?」

「はい。ですが、先に契約違反をしたのはカトーの方です」

「何をしたというのですか?」

「パーティーの報酬を誤魔化しました」

「そんなことはしていないっ!」


 タローが口を挟む。だが、調停官は強い視線で睨みつけてくる。


「あなたへの質問はまだです。余計な発言は心象を悪くしかねません。注意してください」

「それでも、俺たち、言わ……うみゅうぎゅ」


 タローが調停官にラップで返そうとしたところを、横に座っていたロジーネに両手で口を塞がれる。


「その証拠はありますか?」

「彼のギルド口座の預金金額を調べればわかるはずです」

「カトーさんの預金金額ですか……。それは個人情報に該当しますね」


 調停官がタローにチロリと視線を移してくる。だが、タローは答えない。


「答えてもよろしいですか? カトーさん」

「構わねぇぜ口座。隠すほどのもんじゃねぇ♪」

「そこまで!」


 タローの言葉ラップは調停官に止められる。ちょっと悲しそうなタロー。ロジーネがタローの背中を慰めるかのようにポンポンと叩く。


「で、結局の所、いくらタローのギルドの口座に残されているんですか?」


 と、これはファーベル。


「1金貨ゴールドです」


 調停官が言うと、全員の視線がタローに集まる。1金貨は普通の生活をするなら一ヶ月で消えてしまうような金額。ギルドの宿舎で食事も出されているものを食べているだけなら減らないが、ちょっとした武器や防具を購入するだけで無くなってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください。カトーはもっと収入があったはず。これほどのケチが貯めていないはずはありません。ああ、わかりました。ギルドの口座ではなく、何処か別の場所に貯めているはずです」


 クロエが調停官にツバが飛ぶような勢いで言うと、調停官は首を振った。


「ギルドへ全ての財産が入金されていることは確認しています。そもそも、ダンジョンから出たギルド事務所にて各アイテム類のチェックは十分に実施しています。もし、アイテムを個人売買していたというなら別ですが、その形跡はありません」

「だったら、どうして?」


 クロエがぼそっと訊くが、調停官は聞こえなかったのか答えない。クロエは再び何か言おうとするが、言葉にならない。代わりにファーベルが口を出す。


「それであれば、アイテムにしているのではありませんか? 若しくは宝石にして持っているとか」

「アイテムは御存知の通り、ダンジョンに入る前にもギルドで確認させていただいております。確かに数量はダンジョンから出た時に対し新しく入る時に代わっていることが多いようです。回復薬が多めに記録されていますね。これはパーティーで供出して購入されているのでしょうか?」

「いや……」


 ファーベルは口を閉ざす。調停官から目を逸らし、腕を組んで天井を眺める。


「宝石とか指輪とかにされて隠し持っている可能性は無いとは言い切れません。ですが、無いでしょう。と言いますのも……」

「ちょっと待った。それ以上は言う必要ないです。ギルドは自分の潔白を証明してくれるだけで十分です」


 タローが話に割り込むが、調停官は一瞥するだけで話を進める。


「カトーさんは毎月、セレスタ村のご家族に1金貨送金されています。失礼ながら、パーティーの収入から見ても普段の生活を聞き取りした結果からもカトーさんは不正蓄財されているとは考え辛いと言えます」


 調停官は言葉を区切る。全員の顔を舐めるように眺めてから裁定を下す。


「ギルドとしては、ファーベルさん以下、四人、誓約金を没収した上でギルド追放処分とさせていただきます」


 調停官の宣言に、誰も口を挟まない。初めからこの結果は分かっていた。そんな諦めにも似た表情になったところで、調停官はニヤリと口元を緩める。


「と言うのが、本来のギルドの裁定だったのですが、カトーさんからの申し出があり、パーティー解散処分のみといたします」

「それは……?」

「本来ならば各ギルドに追放者名簿を送付するところですが、当ギルド内のみの話といたします。この街で新しいパーティーメンバーを募集してダンジョンに潜るのはしばらくは難しいかもしれませんが、皆さんの経歴に傷がつくほどのことにはならないでしょう。ということです」


 調停官の言葉を聞いてファーベルは突如立ち上がる。


「タロー、それで良いのか? 俺たちはお前を追放しようとしたんだぞ」

「構わないさ。俺たち仲間だろ。少なくとも俺はみんなのことを今でも敵とは思ってないぜ」

「バカなやつだ……」

「では、本日の調停はこれで終了とします」


 調停官は全ての話が終わったと言わんばかりに立ち上がる。言葉には出されないが、体質を促されてタローはファーベルらが出てからゆっくりと部屋を出る。


 タローがロジーネと一緒にギルドの建屋を出るとファーベルが待っていた。


「よお」

「ああ」

「俺、王都に行くわ」

「そうか」


 ファーベルはそれだけ言うと歩き出す。目標にしていた騎士になるために、ダンジョンで名を売るショートカットを止めて下級兵士から頑張るのだろう。もう、会うことは無いかもしれない。これが、今生の最後の別れかもしれない。何か言うべきことがあったのでは? そう思いつつもタローは何も言えなかった。


 まだ太陽は西に傾いただけで、暖かい日差しを秋の街にふりまいている。空は青く澄んでいる。タローは両手を組んで空に向かって体を伸ばす。少しだけひんやりとした空気を吸い込むと体の中が浄化されていくようだった。

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