第7話 死なない。死ねない
ダンジョン地下九階層。上階段のある部屋で、ファーベルら四人はミノワウルスと死闘を続けていた。敵の魔物には手傷を負わせている。突進力は
上階段の前を占拠しながら、ファーベルとブーンを寄せ付けない。ならばと、二人は間合いを確保しながらヒット・アンド・アウェイの戦法に変える。前後左右と二人は対角線上に移動しながらミノワウルスの的を絞らせない。
しかも、クロエが角度を変えながらミノワウルスの頭部を狙う。胴体部にいくら打ち込んでもダメージは殆ど無いと判断したのだ。もし、弓矢で目を潰すことができれば敵を無力化できる。最悪、倒さずに上の階に逃げれば良い。別にミノワウルスを倒すのがパーティーの目的ではない。
「そろそろ仕留めてくれる?」
クロエはファーベルらに依頼する。動きの止まっているミノワウルスに慎重すぎると感じていたのだ。もしかしたら、もうタローとロジーネはダンジョンを出ているかもしれない。時間ばかりかかる戦い方に、苛立ちを見せる。
「無理だ。首を斬るまでは油断できない」
ファーベルとブーンはあくまでも怪我のないように戦っている。けれども、多少の怪我ならばオーガスタに治療させればいい。二人に侮蔑の視線を向けてからクロエは弓を構える。目じゃなくても良い。眉間へ直撃させれば、致命傷になるはず。馬のような胴体は耐久力があるだろうが、上半身、特に頭部は人間と大差ないだろう。
そう判断したクロエが角度を得るためにミノワウルスの正面側に立った、その瞬間、動けなくなっていると思ったミノワウルスが走り出す。
「きゃああああぁぁ」
クロエは叫び声を上げると同時に、ミノワウルスの体当たりによって弾き飛ばされる。自分が射た矢のように飛ばされたクロエは石の壁に衝突すると、そのままズリズリと崩れ落ちて動かなくなる。
「貴様ぁ!!」
ファーベルはミノワウルスに負けない勢いで突進し、ミノワウルスの喉元に全力で突き刺す。決死の一撃。もし、外せば、クロエのように簡単に石壁まで弾き飛ばされるであろう。完全に攻撃後の回避を無視した攻撃。
「勇者!」
とブーンも大声を出しながら槍でミノワウルスの腹部を突き刺す。ミノワウルスの反撃を遅らせる攻撃だがファーベルのように捨て身ではない。容易に抜けないほど突き刺した槍はそのままにして戦斧を構える。
自分らも深手を負ったが、圧倒的に優位に立っている。そう考えたファーベルらだったし、実際にミノワウルスは瀕死に見えた。剣が首に刺さり腹には槍と複数の矢が突き刺さっている。
勝利は目前。そう判断したのは仕方がないこと。しかし、それは甘い。剣を引き抜こうとしたファーベルはミノワウルス腕の一振りで軽々と弾き飛ばされ、追撃を仕掛けたブーンは後ろ足で蹴飛ばされて床を転がっていく。
オーガスタが慌てて駆け寄ったブーンに治癒の魔法をかけると、ブーンは体を起こそうとする。時間があれば再び戦闘態勢に入れるが、そんな時間はミノワウルスが与えてくれない。ゆっくりと近づいてきたミノワウルスから逃げることも出来ず、ブーンはオーガスタを身を挺して守ることしかできない。
「おい、この魔物ッ!」
ミノワウルスの背後からファーベルが声を投げつける。すると、ブーンとオーガスタに一撃を与えたミノワウルスの動きが止まる。警戒するかのようにゆっくりと反転すると、ファーベルの方に向き直る。そして、早足で近づいてくる。
ダメージを受けているからか、ミノワウルスにいつもの速度はない。突進力は衰えているだろう。それでも、人間をペシャンコにするくらいの力は残っているはず。
完全な敗北だ。いや、違う。ミノワウルスも致命傷レベルの傷を負っているから相打ちだ。ミノワウルスは回復の魔法を使えない。もし、オーガスタが治癒を続けられれば、勝ち目がある。パーティーとして。
ファーベルは力を抜きながらミノワウルスの突進を受け止める。軽くバックジャンプをして勢いを殺したはずだが、効果はない。背中から壁に打ちつけられて動けなくなる。どうしてこんな自体に陥ったのか、ファーベルは迫りくる死を眺めながら呆然と考えていた。あと、いくつも数える前に近づいてきたミノワウルス踏み潰されることであろう。それなのに、不思議と恐怖は感じていなかった。ただ、何を間違えたのか。だけ、妙に気になっていた。
「勇者様ッ!」
「来るなっ!!」
ブーンに護られていてそれほどのダメージがなかったオーガスタが駆け寄って来る。そして
オーガスタを踏みつけようと近づいてきて前足を伸ばしてくる。強靭な足で攻撃されれば華奢なオーガスタなど即死するだろう。体を起こしたファーベルが何とか背中で受け止めるが、衝撃に耐えることは出来ない。庇ったはずのオーガスタと一緒にダメージを喰らってしまう。
「逃げろ……」
ファーベルはオーガスタに言うが、オーガスタは反応していない。気を失って動けないのだ。いよいよ最期の時が近づいたかとファーベルは覚悟をする。だが、このままでは終われない。自分が倒れようとも、せめてオーガスタだけでも逃そうと立ち上がる。
その瞬間を狙っていた。そう言わんばかりのミノワウルスの攻撃。ファーベルは単なる右腕の攻撃を両腕で受け止めることすら弾き飛ばされて床に仰向けに倒れる。
完全に全滅する。以前は倒せたはずの魔物。ミノワウルス一体なのに、パーティーから二人抜けただけで勝てないのか。いや、二人も抜けたら勝てるはずもないのか。ファーベルはタローとロジーネのことを思い出しながら考えていた。勝利を確信したかのように近づいてくるミノワウルスのことを見ながら、自分の選択が誤っていたのだろうかと……。
「こっちだ!」
ファーベルは声を聞いた瞬間に、幻聴だと思った。昔馴染みの声、それでいて鬱陶しい声、だが、奇妙に安心する声。
視線を移した場所に二人が見えた。タローとロジーネ。既に上層階に上がっているはずの二人がミノワウルスに向かって攻撃を仕掛ける。と同時に稲光が走り抜ける。使ったのは疑うべくもなく
万全の状態であれば、ミノワウルスは一撃程度では止まらない。しかし、今のミノワウルスはダメージが蓄積している。ミノワウルスは一瞬で焦げ付きその場に崩れ落ちる。死んではいないとしても、動くことは出来ない。
「勇者さん、生きてる?」
ロジーネはファーベルに話しかけてくる。
「ああ、何とか」
「悪いけど、先に行くね。回復薬、置いてくから」
「何故だ。何故助けた」
「タローが、ね、仲間って、言うから」
「行くぞロジーネ。先に抜けなきゃ。ダンジョンこれ、危険がいっぱい。命は一回♪」
「だそうで、じゃあね」
ロジーネは階段下で待っているタローに駆け寄り、二人は走って階段を登っていく。何か魔物にでも追われているかのように慌てた様子だ。
「バカな奴らだ」
ファーベルは仰向けのまま
だが、動くことは出来る。上半身を起こして仲間を見ると、全員倒れている。でも、死んではいないのだろう。タローとロジーネは回復薬で治療可能と判断したはず。だから、全員分の薬が残されている。
「ほんと、バカな奴らだ。次にあったら絶対にただじゃ済まさねぇ」
ファーベルは吐き捨てるように言いながら三人分のガラス瓶を持って立ち上がった。
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