第6話 方針。混乱
「思ったより時間がかかってしまったな」
「そう? まだ十分に追いつける時間じゃない?」
ファーベルらは、十一階層で無駄に時間を消費していた。突如現れたトロールに付きまとわれ、すぐ近くにあった上階段に辿り着くまで予想以上に時間がかかってしまったのだ。その遅れを取り戻すかのように十階層を通り抜けたファーベルたちは、少しだけ張り詰めた空気が弛緩したが、それでもパーティーの雰囲気はかなり悪くなっていた。
「で、どっちから行けばいいんだ? レンジャーさん」
ブーンが背後からクロエに尋ねる。が、クロエは答えない。
「勇者さんよ。儂の記憶が合っていれば、この階層は二つルートがあったはず。時間を少しでも節約するためにも距離の短い右の通路でいいんだよな」
「ああ……」
「ちょっと待って。左のルートにしないと」
「何でだ?!」
ブーンはクロエに向かって声を荒げた。嫌がらせに重装備の自分を少しでも疲れさせたいのか。と言わんばかりだ。
「どうしても。って言うならそっちを行っていいけど、戦闘は任せるからね」
「ああ、構わんが、いつものことだ」
ブーンはこともなげに言うが、体ごと振り返ったクロエはフンと鼻を鳴らす。
「魔物が山ほどいるけど?」
どうするの? と言わんばかりのクロエの表情に、ブーンは視線をファーベルに移して対応を預ける。
「説明してくれるか?」
「魔物が沢山いる。としか言いようがない。この状況を推測するなら、タローたちは私たちへの嫌がらせとして、魔物造出の巻物か杖か、それとも両方使ったんじゃない? 少しでも上階段に行くまでに時間がかかるようにって。それほど強い魔物がいるわけじゃないから倒していっても良いかもしれない。戦士様が全部倒してくれるし」
「ああ、構わんよ。時間がかかるかもしれんがな」
「止めろ、二人とも。無理をすることの話じゃない。左のルートを行けばいい」
ファーベルがうんざりだ。とばかりに言うと、クロエもブーンも答えない。
「聖女様も構いませんね」
「はい」
ファーベルはオーガスタの同意も得てから歩き始める。左のルートが遠いのは分かっている。ただ、どれほど遠いかはあまり詳しく覚えてはいない。階層探査時にわざわざルートによる時間の違いなど確認していない。それに、そもそも階層の探査は基本、タローに任せっぱなしになっていたから、似たような石壁の通路を見ても何も思い浮かばない。
「どうだ? 魔物は」
「こっちの道は大丈夫。殆どいない。と思う」
ファーベルは先頭を歩く。クロエのレンジャースキルで魔物の位置が把握できるのは助かる。しかし、クロエの情報はダンジョンの地形とはリンクしていない。すぐ真横に敵がいる。そう思っても壁があるかもしれない。その場合、勿論、魔物は壁を抜けては襲ってこれない(一部の特殊な魔物を除く)。当然、こちらも穴掘りの杖かツルハシで壁に穴を開けない限り通り抜けることは出来ない。
タローのマップスキルとクロエのレンジャースキル。似ているようで、細かい部分の差が出てくる。クロエがいれば魔物の位置を把握できるからパーティーは問題ない。ファーベルはそう思っていたが、そうでもないかもしれない。と少しだけ考え直していた。
「あのさ、みんな聞いて欲しい」
クロエは足早に先頭のファーベルを追い抜いてから体を半回転した。
「何か問題でも」
ファーベルが尋ねるとクロエは眉を寄せる。
「多分、上階段のある部屋にかなり強力な魔物がいる」
「何がいるんだ?」
クロエに対してブーンが質問をする。
「さあ。かなり強力な魔物。としか言えない」
「それじゃあ、対策の立てようがないではないか」
「強いって分かってるじゃない。いきなり襲われるよりマシだけど」
「言うのは簡単だな。前に立つ身になってもらいたいもんだ」
クロエとブーンが睨み合っているのを見て、ファーベルが間に入る。
「俺が前に出る。ブーンは側面に回り込んで攻撃を頼む。クロエは聖女様を守ってくれ」
「「わかった」」
ファーベルの言葉にクロエもブーンも反論しない。議論は終わったと言わんばかりに歩き出したファーベルの左右に、クロエとブーンは一歩下がった位置からついていく。
ダンジョンの九階層はひんやりとしながらも、湿気を含んだ淀んだ空気が漂っていて、ファーベルらの気持ちをより不快にしていく。
「魔物は一体だけか?」
ファーベルは歩きながらクロエに声をかける。
「ええ。集中砲火させれば勝てると思う」
「ドラゴンとかは無さそうか?」
「そこまでは大きくない。もし、ドラゴンだとしても亜種か幼体だから倒せなくはない」
「魔法が無いのが痛いな……」
「ロジーネの奴、今度あったら絶対に許さない」
怒気を含んだクロエに対して、ファーベルは続かない。その代わりに状況を確認する。
「クロエ、あと、どれくらいだ?」
「そろそろ。次の扉を開いたら襲ってくる。そう思っていい」
「扉のすぐ前にいるのか?」
「それは大丈夫。上階段のすぐ下にいるから、開けた瞬間にゲームオーバーってことは無いはず。ヤバそうな魔物だったら扉を閉じれば時間を稼げるかも」
「オーケー、全員、準備はできているな」
ファーベルは仲間に確認してから上階段の部屋の扉をゆっくりと開いた。ファーベルは大広間と言って良い広さの部屋の奥に、魔物を視認する。
「ミノワウルスだ。このまま展開して倒す。ブーンは俺と並んで受け止めてくれ。クロエ、弓で突進の勢いを落としてくれ。聖女様はクロエの後ろで頼む」
「「「了解」」」
ファーベルとブーンは横に並んで立ち、クロエは数歩下がった位置、オーガスタは更に後ろに立つ。戦闘態勢は整ったが、ミノワウルスは上階段前に座ったまま動かない。どうやら、部屋に入ってきたファーベルらに気づいていないようだ。
ファーベルは剣を抜き右手で持つ。空いた左手で、仲間にゆっくりと進めと手で合図をしながらミノワウルスとの距離を少しずつ詰めていく。
敵を倒すのであれば隙を突くのが効率が良い。人間ならまだしも、敵は話もできない魔物だ。何も万全の戦闘態勢にしてから戦う必要など無い。
ファーベルは再び左手で合図し、クロエに弓で仕掛けさせる。どうせ一撃では倒せない相手だ。初撃でダメージを与えていたほうが有利。矢は放物線を描いて飛び、ミノワウルスの背中に突き刺さる。
流石に、ミノワウルスも痛みを感じて敵の接近に気づいたようだ。戦闘態勢に入り、突進してくるファーベルのことを視認してくる。
ただ、ファーベルは真正面から突撃はしない。敵の背面をつくかのように回り込もうとする。そして、ブーンも同じくミノワウルスに肉薄する。ファーベルの逆側に回り込むように見せつつも動きは遅い。
ミノワウルスは標的をブーンに見定めたようで突進を開始する。横に回り込もうという動きとは言え、ミノワウルスの動きも早い。しっかりと動きに追従しながら頭をつきたて、ブーンに体当たりをしてくる。
直撃すれば、骨の何本か持っていかれるような威力がある。だが、ブーンは巨大な盾で防御する。相手の衝撃を最小限まで抑え込む。とは言え、威力は全て盾で受けている。力学的エネルギはそのまま盾に伝わり、ブーンは盾ごとふっ飛ばされる。
そのまま床を転がっても不思議ではないほどのパワーだったが、ブーンも歴戦の戦士。上手く勢いを殺しながらバランスを取り、仁王立ちで踏ん張る。
ミノワウルスは目標を固定している。ブーンが健在なのを見てさらなる攻撃を加えようと馬の脚を動かそうとした。その瞬間、飛来した矢が首筋に突き刺さる。と、同時にファーベルはミノワウルスの脚に斬りつける。胴体は十分な筋肉と皮膚で覆われているが、その立派な体格を保持するための脚はそれほど頑強ではない。
一撃で斬り落とすことは難しいが、十分なダメージは与えられる。突進というパワーの源を生み出す脚を痛めつければ、ミノワウルスの攻撃力をかなり抑制できる。
そう考えたファーベルであったが、ミノワウルスは止まらない。まだまだ十分な力を保有している。体を向き直しざまに柱のような腕を振り下ろす。鉄槌とも言うべき強力なパンチをファーベルは受け止める。
しかし、勢いを殺せない。鎧の上からも十分なダメージを受け弾き飛ばされる。毬のように床をポンポンと跳ね、壁面にぶつかりそのまま動くなる。
「勇者様ッ!」
駆け寄ったオーガスタが治癒の魔法をかけると、ファーベルは体を起こす。すぐに立ち上がり、落とした剣を拾い直して再び構える。
「こんなに強かったかミノワウルス。まあいい。オーガスタ、済まない。長期戦になりそうだ」
ファーベルは再び回り込みながらミノワウルスに斬りかかっていった。
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