第2話 待て、少し話し合って

 ファーベルの剣はタローを打ちのめすべく振り下ろされる。だが、動きは鈍かった。いつもより遅い動きに、ロジーネが反応した。ファーベルと同時に動き出すとタローに向かって突進してくる。


 ロジーネを避けられない。タローがそう思った瞬間、弾き飛ばされるような勢いで抱きつかれる。と同時に魔法の詠唱が聞こえた。


 これは一体、何の魔法だろう。タローが考える余裕もなく、次の瞬間、自分の見えている景色が揺らいだ。周囲から、ファーベルらは消えている。タローはスキル・マップを使用して、瞬時に自分の位置が移動していることに気づく。


「ロジーネ!」

「話は後、瞬間移動テレポーテーションの魔法で、距離は、稼いだ。早く、逃げないと。クロエのレンジャースキルで、すぐに、追ってくるから」

「何を言ってるんだよ。ファーベルだってみんなだって話せば分かる。別に喧嘩する必要はない。俺を追放するなんて何かの間違いだろ」

「ば、ばばばバカ、な、な、な、な、な」


 ロジーネは上手く言葉が出てこない。タローに向かって怒りを見せていることだけがわかる。


「落ち着けよロジーネ。スキル・『マップ』で確認した。みんながここに来るまでには、まだ時間はある」

「あ、ああ、うん。まずねぇ、きたいんだけど、タローは、殺されかけた、って、認識はある?」

「けど、殺されたわけじゃない」

「あのままだと、斬られてたよぉ」

「何かの間違い。ちょっとしたすれ違い。話せばわかる。昔のように楽しくなれる♪」

「そのラップがぁ、駄目だと思うんだけど」

「兎に角、説得してみるよ。こんな地下で仲間同士斬り合うなんておかしいから」

「だったら、工夫が必要。少なくとも、身を守れる手段を、確立してから、交渉しないと……」

「確かに……」


 タローはロジーネの言葉に頷く。腕を組んで考え込むような姿を見せたが、突如、目を細める。


「こっちに」

「えっ、何?」

「早く」


 タローは急かすが、ロジーネは困惑した表情を見せる。このままでは埒が明かない。そう判断したタローはロジーネの手を取り引っ張る。ちょっと強引だとも思いながらも、抵抗されないままダンジョンの中を数分引っ張り続けてから停止する。


「ここが、何?」


 二人が到着したのは長方形の部屋であった。壁は岩肌が露出しているが、凹凸は小さい。明らかに人工の手が入っていることが見て取れる。天井や壁面に自生している光線ゴケが部屋を照らしており、晴れた日ほどではないが、巻物スクロールの文字が読み取れるほどの光量がある。


「まさか、ここで戦うの?」

「戦わないさ。議論するだけ。俺たちパーティー。今でも仲間だ。とは言え安心してくれ。危険なことなど一つもないから♪」

「また、そんな、ことを言って……」

「そろそろ来る。絶対に前には出ないでくれ」

「当たり前ぇ」


 タローはそう言いながら、背負っていたバッグから一本のロッドを取り出す。


「何の杖?」

「来るぞ」


 タローの視線の先にファーベルらが現れた。暗闇の中からゆっくりと一歩一歩近づいてくる。


「どうしたタロー。覚悟を決めたのか?」

「そっちこそどうしたファーベル。どうして俺を追い出そうとしている。意味ワカンネ。思い出せよ。俺達上手くやってきただろ。俺はラッパーお前は王国騎士。いつか、夢を叶えようって約束した仲だろ」

「その夢を叶えるためのダンジョン攻略だ。俺は前人未到のこのダンジョンをクリアして王国騎士として迎え入れられる。俺だけじゃない。クロエもオーガスタも全員でだ」

「その中に俺はいないと」

「ああ。パーティーを裏切ったお前はいない。俺とお前の仲だ。バッグを置いていくなら見逃してやる」

「裏切ってないから無理だ。それにバッグを置いて一人で行けっていうなら、俺にここで死ねと言ってるのと同じ」

「ならば、契約しろ。全てをパーティーに譲り渡すと。契約上、お前が持っているものはパーティーの共有財産だ」

「それは、おかしいよぉ。確かに地上に上がった時に分配するお金以外は共有財産。でも、それはパーティーが正常な時。パーティーを解散するなら、平等に分配する必要があるはず」

「ロジーネは黙ってろ。これは俺とタローの問題だ」


 話に割り込んだロジーネに対し、ファーベルは剣先を向けて威圧してくる。ようやくお互いの表情が見える程度の距離だが、魔法使いに対する圧力プレッシャーとしては強力だ。


「そうだ。これは俺とファーベルの問題だ。俺が追放されようとしているんだからな」

「でも……」


 タローは腕を横に伸ばしてロジーネを一歩下がらせる。


「ファーベル、どうしてバッグに拘る。中身を売ったってそんな凄い金額になるわけじゃない」

「そんなことはない。お前が無駄に貯めているのは知っている」

「俺は俺の正当な報酬分は貯めている。けど、知ってるだろ。俺に金なんて無いこと。それも奪う気なのか?」

「不当に貯めた分はなッ!」

「濡れ衣だ。俺はパーティーに対してやましいことなどしていない」

「タロー、あんた、ろくすっぽ戦闘しないんだから、そんなマッパーがみんなと同じ報酬を持っていくことからして不当じゃない?」


 クロエが話に割り込んで一歩前に出る。だが、ファーベルは更にその一歩前に出る。


「もういい。話し合いなんて必要ない。文句があるならかかってこい。お前がパーティーを騙していたことをバッグの中身を確認することで証明してやる。みんな、いいなッ!!」


 ファーベルの言葉で、仲間だった人間が戦闘態勢に入る。数にして、タローの敵は四人。

真っ当に戦えば勝てるはずもない。


「ブーン、あんたは俺に恩義があるはずだ」

「安心しろタロー。俺はお前を殺す気はない。だが、勇者の命令には従う。先に謝っておくぜ。ちょっと痛い目に合わせてしまうかもしれないからな」


 タローは小さくため息をつく。ブーンは半殺しで済ましてやる。と言っているようなものだ。嬉しい言葉ではない。


「オーガスタ、これが神に問うた答えなのか?」

「……」


 タローの質問にオーガスタは返事をしない。だが、顔を背けてはいない。明らかに自分の行動を認めている。聖女のスキルを持っているのに、勇者にテコ入れをしてタローに敵対している。


「ちょっとショックだ」

「落ち込んでいる、暇なんて無い」

「ああ」


 タローは杖を構えながら、威嚇する。タローの杖の効果がわからない限りはファーベルらも不用意には近づけない。ダンジョンの中には一撃で相手を打ちのめすほどの強力な魔法が使える杖もあるのだ。


「ねえ、タロー。私にはかないの?」


 話しかけてきたのはクロエ。ファーベルに追従している様子のブーンやオーガスタとは違う。弓を構えてタローとロジーネに狙いを定めている。


「何を?」

「私に仲裁をしてくれないかって」

「ああ、無理だって知ってる」

「つれないなぁ」


 言うと同時にクロエの弓から矢が放たれた。威嚇などではない。あからさまに命を奪う目的で放たれた矢。不意をついた攻撃。反応できなければ間違いなく突き刺さっていたはずだ……。ロジーネの心臓に。


 それほどの殺意の精度の矢だったが、タローは横に飛んだ。そして、左腕を犠牲にして矢を受け止める。


「タロー!」


 ロジーネの叫び声と同時にクロエが動き出す。


「クロエ。待て。まだ話は終わっていない」

「必要ないって!」


 ファーベルの言葉など聞く気もない。と言わんばかりの態度。弓を投げ捨てたクロエは短剣を構える。と、同時にタローとロジーネを接近戦で仕留めるべく動き出す。体勢を立て直すタローの杖の動きを注視しながら、大胆に間合いを詰めてくる。パーティーで仲間だったことなど無かったかのような無慈悲な視線。魔物を狩るときのような冷ややかな表情。一瞬で空間を詰める。そして、クロエの金髪のポニーテールが揺れた瞬間、タローの命が失われようとした。

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