第3話 ミノワウルス、邪魔しているっす

 クロエの肘が伸び切っていれば、短剣がタローの頸動脈を切断していた。電光石火。風のような動きに、ロジーネがしっかりと対応していた。


「衝撃波ッ!」


 ロジーネの魔法で、強風に飛ばされる紙のようにクロエは弾き飛ばされる。空中で一回転。綺麗に着地したクロエはダメージは蓄積していないように見える。だが、動きは止まる。ロジーネに警戒しているのが見て取れる。


「ブーン!」


 クロエはタローとロジーネを睨みつけながら、左腕でタンカーであるブーンに前へ出ろと合図をする。


「良いのか? 旦那」


 ブーンはクロエの命令には従わずにファーベルに意見を求める。


「タロー、財産放棄を受け入れないなら戦うしか無い。覚悟してくれ」


 勝利を確信しているかのファーベル。確かに、タンカーであるブーンが距離を縮めてくれば勝ち目は減る。ロジーネの衝撃波程度の魔法ではブーンのタワーシールドには無効。かと言って、強力な魔法を使うには周囲の援護が必要。その油断をクロエが見逃すとは思えない。


 しかし、タローはこの動きを想定していた。


「残念。無念。観念。さよならファーベル」


 タローがファーベルらにロッドを向ける。すると、ファーベルらはブーンの背後に身を隠す。これで敵の強力な魔法やブレスを凌いだことが何度もある。敵の攻撃を受けきり、カウンターで攻撃する戦法だ。


 しかし、タローが狙っているのはブーンではない。それより手前の床。そこに向かって、杖の魔法を解き放つ。すると、杖から射出された銀色の光が、放物線を描いて床面に突き刺さる。


「何だっ?!」

「俺たちは先に行ってるぜ」


 轟音とともに、石の床が振動する。いや、違う。石の床が破壊された。ファーベルらは固まっていたのが運の尽き。ダンジョンの床は穴掘りの杖Wand of diggingの効力により、轟音を立てて崩落した。


 通常は、穴掘りの杖であっても一撃で広範囲の床を破壊することは不可能。だから、タローはこの場所を選んだ。弱くなっている床面がある上で横幅の空間の制約があるこの部屋を。


 タローの狙いは当たった。ファーベルらは固まっていたのが災いし、全員で下の階に落下していく。もし、魔法や魔法の道具の力があれば落ちないですむ。だが、ファーベルらはそんな便利なものを持っていない。故に重力の法則に従い、地下十一階層に落下していく。


「みんな、死んじゃう?」

「いや、精々、高さは人の背丈の二、三倍。打ち所が悪くなければ死ぬことはない。怪我をしたとしても聖女の魔法があれば、かなりのダメージも難なく癒せるし……って、大丈夫か?」

「わたし、より、自分の心配して」


 安堵のため息を付いたロジーネがタローの左手首を掴む。軽く持ち上げてから矢が刺さっている腕の確認をする。


「痺れる?」

「大丈夫」

「毒は、無いね?」

「多分」

「抜くしか、無いよ」

「ああ」


 タローの表情が歪む。回復薬はある。しかし、矢を抜かなければ効果はない。


「矢がヤバイ。矢が矢が矢がヤバイ。かなり痛い。メチャクチャ痛い。困ったもんだぜぃ♪」

「もう、黙って、床に寝ろ。ハンカチ貸すから、口に咥えてて」


 タローは半分強制的に床に大の字に寝かされる。


「魔物の気配は?」

「無い」


 ロジーネはその答えを聞くと、タローの口にハンカチを突っ込む。ウグウグと文句を言うタローを無視して、バッグから酒を取り出す。


「そぐば、おでのうびずきー」

「何を言ってるのか、わからない」


 ロジーネは短剣を取り出すと、酒を口に含む。そして、短剣に酒を吹きかけるともう一枚ハンカチを取り出して剣を拭く。


「かなり痛むと思うけど我慢して」

「がばあん、ばだん」


 タローの抵抗虚しく、ロジーネはタローの服を切る。矢が刺さっている部分を確認しながら、慎重に腕の皮膚を切る。そして、鏃を腕から引き抜いてよく確認をする。


「ぼばっだが?」

「待って、破片が残ってると、後々痛むから。って、大丈夫そう」


 ロジーネに回復薬を上にたっぷりとかけてもらうと、タローは鼻を大きく膨らませて呼吸する。完全に治癒したわけではないが、耐えられないほどの痛みではない。


「大げさ。刺さりが、浅くて良かった」

「痛かったんだって。って、まだ痛むが……」


 ハンカチを口から出したタローは、上体を起こしてから自分のポケットに突っ込む。


「動ける?」

「ああ、動ける。まだやれる。俺は大丈夫。元気でやる気満タン。ありがと両親。ダンジョンの中で頑張ってるぜ♪」

「大丈夫、そうね」

「そうだ。急ぐぞ。すぐにこの階に戻ってくるぞ。そしたらまた戦い。勝つのは俺たち。でも、嬉しくはない。楽しくはない。こんな世の中、ざけんなダンジョン!!」

「い、いいから、行くよ」


 タローとロジーネは早足で上階を目指す。直線で進めれば楽ではあるが、魔物がいる。わざわざ迂回したり、待ち伏せして不意打ちの攻撃を重ねて倒していく。地下十階ともなれば、かなり強い魔物もいる。油断はできない。だが、タローとロジーネの前には現れない。


 そう。これがタローのスキル・マップの効果だ。敵の位置と種別・ダンジョン内の地図情報を完全に把握している。強い魔物は遭遇しないようやり過ごせばいい。経験値の取得やアイテムドロップを狙う目的がなければ、戦闘は少ないほうが良い。無駄な体力と魔力と回復アイテムを消費するだけのこと。


「どう? ファーベルたちの動きは」

「まだ、十一階層にいるっぽいな。上への階段が見当たらないんだろう」

「落ちた穴から、登ってくる可能性は?」

「空が飛べるならできるかもな。それに、このダンジョン。穴も勝手に修復してしまうからすぐに上がれなければ階段を探すしか無いだろうな」

「じゃあ、私たちが有利ね」

「今の所はだけどな」


 クロエのレンジャースキルも敵の位置を把握することができる。だが、その能力は限定的。数と強さしかわからない上、距離に限りがある。それに比べてタローのマップスキルは、探索時間の制約を無視すれば同階層であればほぼ無限。上下階層も近ければ魔物の種別も判断できる強力な能力だ。


 今までパーティーが戦闘でほぼ苦労をしてこなかったのは、ファーベルの勇者スキルやオーガスタの聖女スキルだけのおかげではない。タローが完璧に戦闘を組み立てていたからなのだ。当たり前過ぎて何も言わなかったことではあるが、戦う前に勝利していたのだ。


 確かに、油断して不意に現出した魔物に襲われて苦境に陥ったことはある。だが、それはタローの責任ではない。ダンジョンの魔物を生み出すという強力な魔法の影響のせいだ。


 強力ではあるが完璧ではない。それに、敵がわかっていたとしてもどうしようもないこともある。


「まずいことがおきた」

「なに? 道でもわからなくなった?」

「いや、足止めを食らうかもしれない。九階層から八階層へ上がる階段の前にミノワウルスが陣取っている」

「ミノワウルスが!?」

「しかも、もう一つ悪い情報がある。どうやらファーベルらが十階層に上がったようだ」

「どうしよ」

「兎に角、九階層に上がってから考えよう」


 タローは表情を曇らせる。ミノワウルスは牛の頭部に人間の上半身、馬の下半身を持つという魔物である。多少の知能を持つ上、人間を見ると殺しに来る。馬の下半身を持っているだけのことはあって足が速い。タローの得意な罠にかけたり、ダンジョンの地形を利用してまいたりするのが難しい。


 正面突破するのが一番確実で安全な方法ではあるが、リスクも大きい。せめてブーンだけでも仲間になってくれていれば。無い物ねだりをしながらタローとロジーネは九階層に到達する。すぐに答えを見つけなければと思いつつもアイディアは浮かんでこない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る