ラッパー・マッパー~勇者パーティーを追放されたので、ソロでダンジョンに潜って隠し部屋で大儲けしようとしたら、魔女っ子と聖女様につきまとわれることになりました

夏空蝉丸

第1話  追放、それ本当?

「タロー・カトー、お前を追放する。荷物をおいてパーティーから去れ」


 ダンジョンの地下十階。壁にかけられた松明の灯りしか無い薄暗い狭い部屋。タローは勇者であるファーベル・ラコンデールに追放を宣言された。だが、タローは動揺しない。首を傾げてから体を少し揺らしだす。


「どっかで聞いたありきたりのセリフ。何言ってんのファーベル、もしかして首? 俺のこと首? 俺をサヨナラ? そんなのマジ冗談ッ!♪」

「俺は真剣だ。お前のそーゆー、ラップリズムでの返しも含めてパーティーに要らないって言うんだッ!」


 ファーベルの怒気に対して、タローは更に前後に体を揺らす。


「勇者はいつも真剣、使う武器は神剣、言い方はいつもツンケン、だけど俺は嫌いじゃねーぜ、落ち着けブラザー、ここはダンジョン。重要なのはパッション、クリアすべきはミッション。地下十階層で追放されりゃ無事でいられるはずねぇ♫」


 タローは笑顔。にこやかにラップ調でファーベルに返すが逆効果。フルフェイスヘルメットで表情を隠しているファーベルの殺気を増しただけだった。


「じゃあ聞いてやる。お前は何のためにこのパーティーにいる?」

「必要だからだ。元々これは俺が作ったパーティー、確かにリーダーは勇者のお前。けどな、ギルドに登録しただろ。俺たちフェアでルールを守ると」

「全てがうぜぇんだよ。その喋り方も無能なお前もッ!」


 ファーベルに怒鳴りつけられてタローは笑顔を消す。目を細めてファーベルを見る。パーティーの中に序列はない。一応、勇者スキルを持っているファーベルをリーダー格としている。それは判断に迷ったときの意見を優先させる程度の意味で、パーティーメンバーを追放したり変更したりする権限はない。少なくともギルドに登録したパーティー契約ではそうなっている。


「よく聞けタロー。お前を追放するってのは、俺だけの意見じゃねぇ。パーティー全員の意見だ。な、クロエ」


 ファーベルがレンジャーであるクロエに同意を求める。すると、クロエは女性らしい柔らかな笑みを浮かべながら頷く。


「クロエだけじゃねぇ。ブーンも賛成している」

「待てよファーベル。俺は賛成したわけじゃない。勇者に任せる。って答えただけだ。俺みたいなオヤジはこのパーティーを追い出されたら行く宛がないからな。勇者に反対なんかできる身分じゃない」

「何言ってるんだブーン。俺たちはあんたの実力と経験を認めてる。もう少し自信を持って良いんじゃないか? 俺はアンタほどの力量があれば、このパーティーを出ても食いっぱぐれることなど無いと思ってるぜ」

「そう言ってくれると嬉しいんだがな」


 ブーンと呼ばれた男は背丈ほどあるタワーシールドから顔を覗かせた。その額にシワが刻み込まれた壮年の表情からはどこまで本音が語られているかは見抜けなさそうだ。


「勿論、このことは聖女オーガスタにも相談済みだ」


 ファーベルに指名されたオーガスタは、同意したとばかりに頷く。ただ表情は見えてこない。俯いたままで顔をあげない。聖女の白いドレスを身に纏った彼女は、何も答えていないように思える。だが、無口な態度が同意していることを言葉より強く語っている。


「最後に言うまでもなくロジーネも賛成している」

「ちょっと。待ってぇ」


 ファーベルは予想外の言葉にロジーネの方に体を向ける。


「わたし、追放なんて、聞いてないけど」


 黒い服で身を包んだ魔法使いであるロジーネは、ファーベルと仲間たちを見やる。黒いトンガリ帽子を合わせ直しながら、悲しそうな視線をゆっくりと動かす。


「クロエ、ちゃんとロジーネの気持ちも聞いたんじゃなかったのか? 確認したよな俺は」

「疑わないでよ。ちゃんと聞いたってファーベル。ロジーネ、あんた、タローのことをどう思うかって聞いたら大嫌いって答えたじゃない」

「うん。女として、タローのことは、大嫌い。でも、それとこれとは違う話。こんな場所で、追放するのは反対。って、当たり前。パーティー契約を破棄するなら、地上に戻って、ギルドでやるべきぃ」


 ロジーネは口調は穏やかだが、舌鋒は尖っている。気弱い人なら押し負けそうな鋭さだが、その言葉の勢いはファーベルの鎧で砕け散る。

 ファーベルはロジーネに体ごと向き直ると説得するかのように話し出す。


「ロジーネ、決まったことだ。俺たちはロジーネの魔法は評価している。要らないのはタローだけだ。もし、納得できないなら多数決をとっても良い。もし、ロジーネが反対したとしても三対一で決まるけどな」


 ファーベルが言うとロジーネはうんざりとばかりにため息をついた。


「ちょっとぉ、待ってよ。これは、契約。多数決で、決めて、良い性質の話じゃない」

「なるほど、ロジーネはここまで言っても反対するというわけか」


 ファーベルとロジーネが睨み合うのを見て、タローは一歩前に出る。


「お前らどうした。何で喧嘩する。今まで仲良くやってきたじゃねーか♪」

「それが、うぜぇんだよッ!」


 ファーベルが鞘から剣を抜く。銀色の真剣が壁に備え付けられた松明の灯りをゆらゆらと映す。


 ファーベルはフルアーマー装備。銀色の鋼の甲冑に身を包んだ戦士。それに対して、タローは軽装。レザーアーマー革の鎧レザーヘルメット皮の帽子、武器は短剣しか装備していない。真正面から切り合えば勝ち目など無い。


「タローお前は今まで何をした。何ができる? 前線で剣を振るうのか? 後衛で魔法で援護をするのか? 怪我をしたら治療してくれるのか? バフやデバフでパーティーの力を底上げするのか? 違うだろ。何もできないだろ」

「そんなことない。俺も十分戦える。剣も使えるし、ロッドで魔法も放てるから俺は強い」

「口ばかりだな。剣なら俺やブーンに勝てない。クロエのように弓矢での援護をできるわけでもないし、聖女のように回復スキルがあるわけでもない。そして、ロジーネのように魔法を使うわけでもない。そりゃ、ロッドを使えば魔法を撃てるだろう。だが、杖は高級品だ。余れば地上で高値で売れる。お前のために無駄遣いしてられるか。そもそも勇者スキルを持っている俺とは違って、ハズレスキルのマップ作成スキルしか無いだろ。要するにお前は、道案内しかできない雑魚だ! さよならタロー。お前はもうこのパーティーに必要ない」

「待てよ。どうしてお前はそんなにカリカリしているんだ? 地上に戻ったら魚を多めに食べに行こうぜ」

「黙れ!」


 タローはファーベルは切っ先を向けられる。すり足でジリジリと距離を詰めてくる。


「待てよファーベル。どうしちゃったんだ。スキル判定の時に一緒に誓ったじゃねーか。俺たちビッグになろうぜって。俺が案内するからダンジョン攻略して本物の英雄になろうぜって!」

「もう、三年も前の話だ」


 ファーベルの言葉は氷のような冷たさがある。だが、動きは止まる。切っ先がゆっくりと下り始める。と、クロエが一歩前に出る。


「どうしたのよファーベル。ダンジョンを攻略するためにもルーンブリンガーが必要なんでしょ。タローはパーティーを裏切ってマップスキルを使って一人でお金儲けをしてたのよ。そんなヤツ許していいの?」

「クロエ、何を言ってる。そんなことはしていない。勘違いだ。俺はパーティーのことを裏切ったりなんかしてない。で、ファーベル、お金が必要なのか? それならば、貸してもいいぞ。大した額は持ってないけど」

「騙されないのファーベル。こいつは私達を利用していたのよ。スキルを使ってこそこそと私たちを利用して勝手に儲けてたのよ。だから、パーティーはタローのことを契約違反で全ての財産を没収する権利がある。正義は私達の側にある」

「そんなのないぃ。そこまで言うならぁ、ギルドで、裁定してもらうべきぃ」

「ロジーネは黙ってて。あなたは、甘っちょろいのよ。地上に出たら誤魔化されるか逃げられるに決まってるじゃない」

「クロエ、あなたの言っていることは、おかしいよ。私達、仲間だよ。私達、パーティーだよ」

「そんなことを言っているからつけこまれるのよ。まあいいや。ロジーネの意見はいらない。ファーベル、やっちゃって」

「ちょ、ちょっとぉ」


 タローは、ロジーネの不満そうな声を無視したファーベルに剣を向けられる。


「最後のチャンスをやろう。全てのものを置いてパーティーから去れ」

「パンツもか?」

「ああ、パンツもだ」

「なら、無理だ。パンツ、ぱっとパーティーで脱いだら、パッパラパーと思われるから♪」

「わかった、じゃあ力づくでもお前がパーティーから奪い取ったものを回収させてもらう……」


 ファーベルは剣を上段に構える。タローの降伏を待つかのようなためらいを見せた後、一撃のもとに屠らんとばかりに斬りつけてきた。

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