泳ごう!
落ち着きを取り戻したザンは俺の顔を見る。
「お願い、これも何かの縁よ。私に泳ぎ方を教えてくれる?」
「その前になんでそんな上から目線なの?」
「ひいっ!」
余程怖かったのか、メリーが威嚇をするとザンはバタバタと陸に上げられた魚のように逃げ惑う。
「とりあえず、基本的なバタ足から始めようか」
「任せて!バタ足なら自信があるわ!」
「ヒレじゃないの?ねぇ?ヒレじゃないの?」
ザンは岩に掴まりながらバタ足ならぬバタヒレを始めた。その勢いはまるでイルカショーの様だった。だが、ものの数秒で異変が起きた。
「ぶはぁっ!」
「びっくりしたぁ。どうしたの?」
「息が続かない!」
ゼーゼーと息切れを起こしているザンを見たメリーはゲラゲラと笑い転げる。
「あはははっ!息継ぎも出来ないの!?あはははっ!」
「おいおい、メリー。笑ったら可哀想だろ?」
「そうよ!笑わないでよ!どうやって息継ぎするか分からないのよ!」
顔を拭いながらザンが激昂する。俺は笑わずに優しく丁寧に教えた。
「息継ぎが分からないか。んじゃ、バタ足をしながら「パッ」「ハー」「ウン」を意識してやって見て」
「パッハーウン?」
「息を吐く「パッ」に続いて「ハー」で息を吸い込む。顔を水につける前に「ウン」で息を止めるんだよ」
俺の説明が理解出来たのかザンは何度も頷いた。
「ハイハイ!分かったわ!見てて!」
「───────ぷおっ───────ぷおっ」
鯉が餌を求めてる様に見える。
「龍星!餌を求めてる鯉がいるわ!餌あげていい!?」
「鯉じゃないザンだよ。けど、さっきよりは上手いだろ?」
「まぁ、さっきよりはマシね」
俺とメリーの言葉が聞こえたのか、ザンは顔を上げる。
「ぶはっ。ちょっと!誰が鯉ですって!?」
「だって、息継ぎする時似てたんだもん」
メリーがクスクスと笑いながら言うと、
「なんですって!?だったらあんたやって見なさいよっ!人形のクセに出来るわけ!?」
「出来るわよ。フランス人形舐めるんじゃないわよ?ちょっと着替えるから待ってなさい」
そう言い残してメリーはバックを持って岩陰に隠れた。
「この辺ゴツゴツしててメリーが心配だからちょっと練習してて」
「え、ええ。分かったわ」
俺はザンに練習を指示してメリーの着替えている場所にこっそりと近付いた。頭をひょっこり出して覗くと、メリーが着替え始めていた。メリーが身をかがめた瞬間、
「そう来ると思ってたわよっ!」
俺の顔面にウニを投げ付けて来た。
顔面に直撃した俺は悶え苦しむと、黒いビキニの水着に着替え終えたメリーが仁王立ちしていた。
「そう易々とあたしの裸見れると思わないでよね」
「す、すいません」
2人でザンの元へ戻るとザンは唖然としていた。
「え?なんで顔にウニ刺がさってるの?」
「し、自然と戯れたくてさ」
「着替える所覗こうとしてたからウニ投げ付けてやったのよ」
2人共ゴミを見るような目ですね。
そんな事を気にしない俺はウニを取って気を取り直した。
「さっ、次はステップアップして今の要領で泳いで見ようか」
「この調子で頑張るわ!」
「あたしも協力してあげるからさっさと覚えなさいよ?」
黒いビキニ姿のメリーが言うと、
「人魚が人形に教わるなんてとんだ笑いものよ!あっちで巻き貝でも拾って海の音でも聞いてなさい」
ザンがしっしっと追い払おうとした瞬間。
「がぼぼぼぼぼっ!」
「どう?海の音が聞こえるかしら?」
メリーがまたザンを沈めた。
再び溺れかけたザンを引き上げる。
「ゲホッゲホ!ウエッホッホ!」
「メリー!いじめちゃダメだって言ってるだろ!」
「はーっ、はーっ……。さっきから思ってたんだけど、どさくさに紛れて胸触ってるよね?」
顔を拭いながらザンは俺を見つめる。
「俺が?まさか、命最優先に決まってるでしょ?」
俺はキリッと真剣な顔をする。
「本当は?」
メリーがジト目で俺の耳元で言うと、
「へへっ、人魚っていい乳してんなぁ」
条件反射でさっきとは打って変わって下品な顔をしてしまった。
「え、待って……私に泳ぎ教える気あんの?」
「おいおい、カナヅチを直したいんだろう?」
「そ、そうだけど……どさくさに胸触る奴が目の前にいるから教わる気にならないんだけど?」
「そりゃそうよね?胸触るコーチなんて居ないわよね」
メリーがウンウンと頷く。
「けど、それでも私は泳ぎを上手くなりたいの!あんたのセクハラなんかへのカッパよ!」
「あれだけやられてまだ教わるの!?あんた強いわね!?」
その心意気やよし!!
「んじゃ、みっちり鍛えるから覚悟してくれ!」
「覚悟なんてとっくに出来てるわ!」
「あんたがそこまで言うなら意地悪なしであたしも協力するわ」
ザンの真剣な気持ちに心をうたれたメリーも加わり、ザンはそれから時間の許す限り【クロール】【バタフライ】【ドルフィンキック】【潜水】【平泳ぎ】などを叩き込んだ。メリーも熱心に指導をした甲斐があったのか、それとも元々素質はあったのか、2~3時間でザンは映画に出てくる人魚の様に華麗に泳げる様になった。
「すごい!見て!私、泳げてる!泳げてるわ!?」
「なによ、コツを掴んだらちゃんと泳げるじゃない」
「これくらい泳げれば大丈夫でしょ」
イルカショーの様に高くジャンプしながらザンは喜ぶ。俺達が着替えて待っていると、ザンが岩場に近付いて来た。
「数百年泳げなかったのにあなた達のおかげでようやく泳げる様になったわ。ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
「もし沖縄にいる間に困った事があったら力になるわ!」
ザンがそう言うと、
「あんた海にいるんでしょ?どうやって駆け付ける気なの?」
メリーが不審の眉を寄せる。だが、ザンはちっちと言いながら人差し指を動かした。
「大丈夫。海に向かって指笛を吹けば私はどんなに離れてても音を聞き取れるの」
「へぇ〜。便利ね」
「んじゃ、そろそろ俺達は帰るね」
「ええ。沖縄はとってもいい所だから龍星とメリーさんも旅行楽しんで行ってね!それじゃ、また会いましょ!」
ザンはそう言って大海原へと消えていった。見送ったメリーが背伸びをしながら歩き出す。
「あー疲れた。髪の毛がザラザラになっちゃった。シャワー浴びたい」
「そうだな。2人で浴びて観光を楽しみますか」
「いや1人で浴びるから」
メリーに砂をかけられながら俺達はその場を離れた。
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