カナヅチ人魚のザン

 引き上げられた人魚は鼻水を垂らして噎せながら岩に腰掛けた。

 

「ゲホッゲホウェ……た、助けてくれてありがと」

「ね、ねぇ龍星……この人ってまさか人魚!?」

「そりゃ、見ての通り人魚だな。絵本の通りじゃん」

「そ、そうなんだけど……酷い顔ね……」

 

 メリーは複雑な顔をしながら人魚を見つめる。俺はポケットティッシュを取り出して人魚に差し出した。

 

「とりあえず鼻水拭きな?何もしないから」

「あ、うん……」

 

 人魚はティッシュを手に取り鼻水を拭き取る。綺麗な海に捨てる訳にいかないので俺が受け取って。

 

「ぱくっ」

 

 食べた。

 

「えっちょっ、食べた!?」

「おおおおいっ!何やってんのあんた!?吐きなさいっ!ばっちい!」

「くっちゃくっちゃくっちゃ」

 

 俺は何食わぬ顔で使用済みティッシュを噛み続ける。

 

「なに「なんか悪い事した?」みたいな顔してんのよ!やめなさいよ!気持ち悪い!!」

「や、やめて!やめてよ!ティッシュを食べないで!」

「吐き出せ!やめろ!やめ、やめろって言ってるでしょ!!」

 

 人魚とメリーに口を思い切り抑えられたが俺は止めなかった。

 

「こんな変態放っといていいわ。あたしはメリー。メリーさんからの電話の怪異の幽霊よ」

 

 メリーはくっちゃくっちゃとティッシュを食べてる俺を放置して人魚に自己紹介を始めた。

 

「わ、私は人魚の【ザン】。ここ○○島に伝わる人魚伝説の人魚」

「ザンね。よろしくね?あっ、このティッシュ食ってるバカは福島龍星。人間なんだけどあたし達幽霊と触れたり話せたり出来る化け物」

「ば、化け物……」

 

 ザンが俺を見つめると、俺は微笑み返した。だが、ザンは化け物を見たかのように顔を青ざめる。

 

「所で、なんか溺れてたよね?ヒレでもつった?」

「足つった見たいに言わないでよ。人魚よ?溺れる訳────」

「……溺れてたわよ」

 

 え?

 

 メリーと俺は顔を見合わせて、同じ質問をした。

 

「ごめん、聞き間違いかな?」

「溺れたって聞こえたんだけど?」

「溺れたのよ!私は泳げないのっ!」

 

 ザンの言葉にメリーは絶句した。

 

「あ、え?泳げない人魚っているの?」

「そうよ!なによ!悪い!?泳げない人魚がいたっていいじゃない!謝って!「泳げない人魚がいるって知らなかった。ザンさんごめんなさい」って謝って!」

 

 半ば逆ギレ状態でメリーに突っかかるカナヅチ人魚。それにカチンと来たのかメリーは応戦し始める。

 

「はぁ?なんであたしがあんたに謝らなきゃいけないのよ。人魚のクセに泳げないあんたに問題があるんでしょ?」

「問題ありますぅ〜。世の中広いんですぅ。泳げない特殊個体の人魚だっているんですぅ」

「おいおい、やめろよ。こんな所で喧嘩するなよ」

 

 ザンとメリーは水面をバシャバシャと水しぶきを上げながら威嚇し合う中、俺は2人を宥めようとした。だが、海水がメリーの顔にかかった瞬間。メリーがザンの髪を掴んで海水に押し付けた。

 

「がぼぼぼぼぼっ!?」

「ごちゃごちゃうるさい人魚ねぇ」

「やーめーろっ!死んじゃうだろ!」

「人魚なんだから死ぬ訳ないでしょ」

 

 確かに、ファンタジーなマーメイドも溺死するってのはなかったな。海外の人魚とは違うのだろうか?

 

 そんな事を考えながらザンを引き上げると、

 

「ぐふっ……、うっ、うええええええええっ……、ふぐうっ……!」

 

 両鼻から鼻水を垂らし、ダラダラとヨダレを零していた。とても美少女とは思えないほど醜い泣き顔だった。

 

 この子は本当に人魚なのだろうか?

 

「ふんっ、調子に乗るからよ」

「やりすぎだっての!お前の仲間みたいなもんだろ!」

「ふざけんじゃないわよ。こんなやつ仲間じゃないわ」

 

 メリーがツンとした態度をとりながらザンを睨み付ける。俺はタオルを取り出してザンに差し渡す。

 

「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、あ、ありがどうねえ…ズズ」

 

 タオルで顔を拭ったザンは落ち着きを取り戻した。乗り掛かった船の為俺はどうしたもんかと考える。そして、打開策として1つの案を提案した。

 

「んじゃ……泳げる様に特訓しようか?」

「ほんとぉ……?教えてくれるの?」

「ちょっと龍星、本気で言ってんの!?」

「だって泳げない人魚だなんて可哀想だろ?泳げるようになれば俺らの知ってる人魚になれるじゃん?」

 

 俺の言葉を聞いたザンはパァッと明るくなった。

 

「そうよ!誰かに教われば良かったのよ!こんな所でひっそりと特訓してるからいつまで経っても上達しないのよ!そうに違いないわ!」

 

 あっ、一応特訓してたんだ。

 

「ふざけないでよ!そんな余裕ないでしょ!?これからアチコチ観て回るんだから!こんな人魚ほっときなさいよ!」

 

 余程納得がいかないのか、メリーは俺を止めようとする。

 

「そんなガッツリ教える訳じゃないよ。少しコツを教えるだけだから」

「そ、それなら問題ないけど」

「その前に、ザンちゃんの事色々教えてくれるかな?」

「え、ええ。分かったわ」

 

 俺達は岩に腰掛けてザンから色々話を聞いた。ザンによると、その昔、○○島の東海岸に漁村があってその時にザンが泳ぎの特訓をしている時不運にも漁師の網にかかってしまい、ザンは「私泳げないのになんで捕まえるの!?逃がしてよ!そうだ!逃がしてくれたら、大切な秘密を教えるから助けて!」と伝えると、哀れに思った漁師はザンを逃がすが、その際にザンは「あーえーっと……もしかしたら津波が来るかも!」といういい加減な予言を告げたという。だが、その後本当に津波が起こり、ザンの言葉を信じた人々は避難して助かり、信じなかった人々は津波で命を落としたと言う。

 

「いや、そんな事ある?」

「ちゃんと予言してるじゃん。人魚の力って凄いねぇ」

「いや逃げたいから苦し紛れに言ったでまかせが偶然当たっただけじゃん」

 

 メリーがザンをあざわらうような冷ややかな表情をして言う。

 

「ちょっとあんた!人魚の私に向かってなんて事言うの!?失礼にも程があるでしょ!?」

 

 ザンがメリーの言葉が気に入らなかったのか、チンピラの様に食ってかかった。

 

「はぁ?何?また沈められたいの?」

「今度は負けないんだから!見てなさいっ!日本の人魚代表としてあんたを成敗してあげるわ!」

「おっ、おい!よせっ!」

 

 制止も聞かずにザンはメリーに距離を詰め、殴りかかった。だが、メリーは真顔でその拳を片手で受け止めた。

 

 そして、

 

「ごっごぼぼぼぼぼっ!」

「いい加減にしろって聞こえなかったの?このポンコツ人魚」

「やーめーろっ!いじめるなっ!」

 

 俺は腕をビクンビクンと震えさせているザンを引き上げた。

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