壺を売る女

 翌日。龍星は清潔感のあるベージュのロングコート、ケーブル編みニット、イージースラックスを身に纏ってあたし達に見送られながら玄関の引き戸に手を掛けた。

 

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

「楽しんで来るといい」

「頑張って下さいね!」

 

 ピシャッと引き戸を閉めた瞬間。あたし達は一斉に動き出した。

 

「行ったよ!」

「よし、皆の者集まれ」

 

 姦姦蛇螺を中心に他のお化け達が円を描くように街の地図を囲んだ。姦姦蛇螺は戦国武将の様に指揮を執った。

 

「龍星は本気で恵美という名の女子を口説き落とすつもりだ。だから我々は龍星を騙す様な悪女でないか見定めねばならない」

 

 姦姦蛇螺の言葉にあたし達は頷く中、あたしは手を挙げた。

 

「龍星は霊感が化け物級だから皆で尾行するのは危ないと思う」

 

 あたしの言葉に花子が腕組みをしながら唸る。

 

「うーむ。確かに、八尺や姦姦蛇螺が尾行したらかえって目立ってしまうな。ここは少数精鋭で行くのが妥当か」

「では、私と姦姦蛇螺さんは留守番って事で良いですね?」

 

 八尺さんが手を挙げ、それを聞いた姦姦蛇螺もウンウンと頷く。

 

「うむ。私や八尺は大きいからな……分かった」

「なら、わたしも残ります。転んで見つかったりしたら不味いですし」

 

 申し訳なさそうにお菊さんも手を挙げる。すると、絵本を読んでいたくねくねも手を挙げる。

 

「なら、わたしものこる。りゅーせーしんじる」

「くねくねも?それじゃ残るは……」

 

 あたしの目の前には花子、隙間女が写っていた。

 

「あたしを含めて花子と隙間女だけかしら?」

「うむ、わしらだけの様じゃな」

「あたし達だけなら見つからないんじゃない?」

「話は決まったな。ではメリー、花子、隙間。頼んだぞ」

 

 姦姦蛇螺に託されたあたし達は後を追った。

 

 数十分後。

 

 街に入ると、龍星が車から降りて駅の入口が待ち合わせなのか立ち止まった。あたし達は壁やベンチに身を隠しながら様子を伺う。龍星は待ち遠しいのか、何度も辺りを見回していた。

 

 時折見せるにやけ面がムカつく。

 

 しびれを切らしたのか、花子と隙間女が口を開いた。

 

「なかなか現れんのぉ。マナーがなってない女じゃな」

「ドタキャンでもしてるんじゃない?ざまぁないわね」

 

 ガールフレンドの存在を知ってからこの2人、機嫌悪いわね。

 

 あたしは呆れながら龍星を見つめていると入口から1人の女が現れ、龍星の元へ駆けて行き合流した。

 

「花子、隙間女。来たわよ!」

「なんじゃと!?」

「ようやく現れたわね!」

 

 あたし達は恵美と呼ばれていた女を念入りにチェックする。女のあたしから見ても恵美という女は顔、髪、体型はまるで雑誌モデルの様だった。花子は容姿では勝てないと踏んだのか、崩れ落ちる。

 

 なんで花子が落ち込むのかしら。

 

「ま、まぁまぁね。テレビに出てるタレントみたいに可愛いけど……くそっ」

 

 なんで隙間女まで悔しがってるのよ。

 

 その間に龍星達は移動を始めていた。あたしは慌てて2人に声を掛ける。

 

「ちょっと2人共、龍星が動いたわよ!」

 

 慌てて後を追うと、ブランド品が多く展示されている店に入って行った。店の中では龍星が幸せそうに恵美とバックなどを眺めていた。あたしは何故か悔しくなり、壁をガリガリと引っかく。

 

「アレは名ブランドの○○じゃないのよ!ふざけやがって!」

「メリー、バック如きで何を熱くなっておるんじゃ?」

「たかがバックじゃん」

 

 あのバックだから悔しいのよっ!

 

 あたしが悔しがっていると、龍星達が買い物袋を持ちながら店から出て来た。

 

「龍星達が出て来たな。ほれメリーベンチが傷だらけではないか」

「分かってるわよっ!」

「あんた、なんか機嫌悪いわね」

 

 建物をすり抜けながら身を隠して尾行を続ける。すると、龍星達はオシャレなカフェに入って行った。あたし達は会話を盗み聞きする為にギリギリまで近付く事にした。だが、店内には隠れる事が出来なかった。

 

「どうする?隠れられないわ」

「困ったのぉ……近付き過ぎると見つかるしのぉ」

「うーん……あっ!そうだっ!」

 

 隙間女が辺りを見渡しながら何かを閃いた。

 

「隙間、どうかした?」

「何か名案でも浮かんだのか?」

「見て、龍星達の後ろの席!」

 

 隙間が指差す方向には、男の人間が3人座って居た。

 

「人間がどうかしたの?」

「あたし達幽霊よ?人間に憑依すればいいんじゃない」

 

 とんでもない事言うわね。

 

 隙間女の言葉に花子はポンと手を叩く。

 

「そうか、その手があったのぉ。短時間なら人間にも害はないじゃろ」

「でしょでしょ?ならすぐに行くわよ」

 

 あたし達は龍星に見付からないように後ろのテーブル席に向かい、それぞれ人間に憑依した。人間は同時に首をカクンッと落としたが、すぐに顔を上げる。

 

「あー、久しぶりの感覚」

「そうじゃのぉ……何年ぶりじゃ」

「何年ぶりかな?覚えてないわぁ」

 

 背伸びをしながらそんな事を話していると、龍星達の会話が聞こえて来た。

 

「龍星さんったら本当に面白い人だね!」

「いやいや、そんな事ないっすよ」

「バックも本当にありがとう!大事にするね!」

 

 そんな和気あいあいな会話が聞こえて来た。花子と隙間は何が悔しいのか水の入ったコップを強く握りしめながらヒビを入れた。あたしは小声で2人に声を掛ける。

 

「ちょっと、あんた達落ち着きなさいよ」

「し、しかし……なんじゃこの煮え滾る気持ちは……」

「あんな女に貢ぐんならあたしらにお供えしろっての!」

 

 今男の人間に憑依してるの忘れてない?

 

 2人を宥めていると、遂に龍星が勝負に出たのか恵美に声を掛けた。

 

「あ、あの!恵美さん!」

「はっ、はいっ!」

「あのあ、あの……あのあのあのあの」

 

 落ち着け。

 

「お、俺と……俺と、つつつつつ付き合ってくだたいっ!」

 

 龍星が告白した瞬間、あたしを含め花子と隙間が同時に噴き出す。

 

「か、噛んだ」

「かっこ悪いのぉ」

「雰囲気台無しじゃない……ふふふふ」

 

 肩を震わせながら笑いを堪えていると、恵美が口を開いた。

 

「ありがとう……凄く嬉しいよ?」

「そ、それじゃあ……」

「けど、今私……両親が残した借金があってそんな暇がないの……」

「借金?そんなにあるの?」

「うん……」

 

 恵美は顔を曇らせながら頷く。龍星は何を思ったのか、

 

「俺になにか出来ることない?少しくらいなら借金に協力出来るよ?」

「そ、そんな!ダメだよ!」

 

 恵美が声を荒らげるが、龍星は優しい顔をしながら恵美の手を取る。

 

「大丈夫。恵美さんの力になれるならなんでもするよ」

「龍星さん……」

 

 いい雰囲気を感じ取ったあたし達は、顔を見合わせた。

 

「あたし達……何やってんだろ……」

「龍星にこんな真面目な所もあったのだな」

「なんか……来なきゃ良かった……」

 

 あたし達が尾行したのを後悔し始めている中、龍星が口を開く。

 

「遠慮なく言って。何をすればいいの?」

「そ、それじゃあ……」

 

 恵美はカバンから小さい花瓶ほどの大きさの壺を取り出してテーブルに置いた。

 

「恵美さん、この壺は?」

「霊能者だった父が作っていたご利益のある壺なの。これを持っていたら龍星さんも私も悪霊から守ってくれるの。だけど、父がこれを作ったのがきっかけで借金が出来てしまったから私はこれを売らないと借金が返せないの」

 

 なんですって!?

 

 あたし達は思わず顔を上げた。

 

「こ、これって……」

「間違いないな。これは……【霊感商法】じゃな」

「未だにこんな商法やってるヤツいるの!?いくら龍星でも騙されたりしない────」

 

 あたし達が警戒していると、

 

「分かった。コレで借金が少しでも減るなら買うよ」

 

 信じちゃった。

 

 龍星の言葉にあたし達は頭を抱えた。

 

「あちゃー」

「信じてしまっているな。これは不味い」

「骨の髄まで搾り取られるわよ!?どうすんのよ!?」

 

 あたし達がどうしようか考えていると恵美が淡々と話し始める。

 

「龍星さん、ありがとう!これで借金も減るよ!」

「いいよいいよ!10万なんて安いもんさ!」

「ごめんなさい。このお金を今から銀行に入金しなきゃいけないからそろそろ行くね?」

「そ、そうなんだ……忙しいんだね」

「少しの間だけだけど楽しかった。また連絡するね?」

 

 恵美は早々と現金をしまって急いで喫茶店を後にした。取り残さた龍星は壺を眺めていた。

 

「はぁ……こうなるんじゃないかって思ってた」

「そうじゃな」

「ならあたし達も行く?」

 

 あたし達は人間から離れ、恵美を追いかける事にした。恵美を追うと、銀行には行かずに細い路地に入り現金を数えていた。

 

「1、2……ふふっ、あんな商法に引っかかるなんてバカな奴ね」

 

 それを目の当たりにしたあたし達は頭からプツンと何かが切れる音がした。恵美の上には今にも落ちそうなエアコンの室外機が目に入った。

 

「あれ落としちゃう?」

「それが一番じゃな。不慮の事故で片付くだろう」

「メリー。やっちゃえ!」

 

 あたしは室外機に手を向けてグッと力を込めた。すると、室外機のネジがバキンと音を立てて恵美に向かって落ちた。現金に夢中になっていた恵美は気付かずに室外機が頭に当たり倒れ、地面には血が流れ始める。

 

「聞こえてるかわかんないけど、龍星にこれ以上近付いたら殺すわよ?」

「聞こえておらんよ」

「あたしが隙間に引き摺り混んで殺しても良かったんだけどね?」

「もういいわよ。龍星が帰る前に帰りましょ」

 

 あたし達は恵美を放置してその場を去った。

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