メンヘラさん
トンちゃんが唖然としながら俺の肩を叩く。
「ちょ、ちょっと!」
「ん?何?」
「外を見てみろ、外!」
外?
俺もトンちゃんの指差す方向を見ると、カエルの様に張り付いていて、トンちゃんの様に手や腕に包帯を巻いた女の幽霊が居た。
「うおっ、出たっ!」
「包帯だと!?私とキャラが被るじゃないか!今すぐそれを外せ!さもなくば我が妖刀【暗黒魔刃暗夜丸】の錆にしてやろうか!?」
あんこくまじんあんやまる?真っ暗だな。
トンちゃんを宥めて恐る恐る尋ねると突然、公衆電話が鳴り響いた。驚いた俺とトンちゃんは顔を見合わせる。俺はゆっくり受話器を取ると、ハスキーな声が聞こえて来た。
《貴方達、私の縄張りで何してんのよぉ……》
「縄張りって、この電話ボックス?」
《そうよぉ。早く出て行きなさいよぉ》
「おい、奴は何と言っているんだ?」
隣にいるトンちゃんに俺は顔を向けて、
「出てけってさ。つーか、こんなに近くにいるんだから直接言えば良くない?」
「そ、それは……幽霊ならではって事で……その……うん。そうだな」
トンちゃんもそう思ってたらしい。トンちゃんの一言が聞こえたのか、外にいる幽霊の顔が真っ赤になる。
「あっ、触れちゃいけなかった?」
俺がそう言った途端、女は髪の毛をボリボリと掻きむしりながらガラスを思い切り叩いた。それと同時に受話器から怒鳴り声が聞こえて来る。
《うるさいわよぉっ!あんたに関係ないでしょぉ!?》
「お、おい。なんかめちゃくちゃ暴れ始めたぞ!?」
「メンヘラっぽいのかなぁ。これは手厳しいな……」
《早く出なさいよぉっ!》
俺はドンドンと鳴り響く轟音と受話器から聞こえる怒鳴り声に挟まれながら考え込む。トンちゃんは耳を塞ぎながら悶え始めた。
「耳が!私の耳がおかしくなる!早くここから出してくれ!」
「分かったよ。トンちゃんはもう出ていいよ」
受話器を置いて一旦電話ボックスから出てトンちゃんを出してあげた。だが俺は再び電話ボックスの中に入る。
「これでよしと」
「おい、なんでお前まで入るんだ!?外で話せばいいだろ!」
トンちゃんがそんな事を言い出した。
「だって俺まで出たら立てこまれたらそれで終わりじゃん?」
「そ、それはそうだが……」
「トンちゃん近くにいるんだから連れて来てよ」
「わ、私がか!?バカかお前は!?自分でその公衆電話を使って言えばいいだろ!?」
2人で言い争いをしながら受話器を手に取る。
「もす!」
《も、もす?あなた、なんで出ていかないのよぉ》
「え?だって、君ともっと話したいから」
俺があっけらかんと言うと、女は頬を赤くしながら照れ始めた。
《な、なによぉ、急に優しくならないでよぉ〜。照れちゃうじゃない》
「そんな事ないさ、さぁっ。こっちに来なよ」
《わ、分かったわよ。そっちに行くから》
俺が受話器を戻すと女はゆっくりと動き、不気味な笑を浮かべながらガラスを人差し指でつーっとなぞり、電話ボックスに入って来た。
「お待たせ」
「焦らすねぇ。そういうのがお好みなの?」
「さぁ?どうかしらねぇ?」
「おい。私は放置なのか!?こんな寒空の中私は放置なのか!?」
トンちゃんが暗黒なんとかっていう妖刀を抜いて俺達を威嚇してくる。すると、女が俺の腰に手を回しながら耳元で囁いた。
「ねぇ〜、あの子妬いてる見たいよ?」
「そうみたいだね、もっと見せつけてやろうよ」
俺はそう言いながら女の尻を撫で回す。女はびっくりしたのかビクッと体を動かした。
「ひゃっ!びっくりしたぁ……え?」
女がゆっくりと俺の顔を見ると、俺は下卑た笑みを浮かべていた。それを見た途端、女は顔を青ざめる。
「え?何、何その笑い方……怖いわよぉ」
「柔らかいお尻してるねぇ……デュフフ」
いやらしい手つきで女の弾力のある尻を撫で回す。女は怖くなったのか、抵抗を始める。
「い、いや……やめて、触らないで」
「なんだいなんだい?君から誘って来たんだろ?ならいいじゃないの」
「ち、違……私はただ───────」
「メンヘラなんだろぉ?ならいいじゃないぉ」
「違う!私はそんなんじゃないから!」
女は半ばパニックになりながら電話ボックスから逃げ出そうとするが、俺は出口を押さえて行く手を阻む。
「だ、出して!ここから出して!」
「逃げる事ないだろぉ?もっと楽しもぉよぉ」
「助けて、ここから助けて!」
トンちゃんに助けを求めるが、トンちゃんはどうしようもなく困り果てていた。
「いや、助けてって言われても……ってか、自分から入って行って助けを求めるってどういう事なんだ!?」
「だってだって!あんな優しい言葉かけられたら嬉しくなっちゃうじゃない!?私だって幸せになりたいのにぃぃぃっ!」
女は頭をわしゃわしゃと掻きむしりながら言い放つ。だが、突然ピタッと止まり、鼻をヒクヒクさせ始める。
「く、くさっ!くっさ!」
「え!?何、どうしたの!?」
トンちゃんが女に尋ねると、
「この人、オナラした!臭い臭いぃぃっ!出して! うぉえっ!」
「そんな密室空間で放屁したのか!? 今助けてやる……。ってか、お前後ろで何を笑ってる!?」
トンちゃんが下卑た笑みを浮かべながら女の後ろに立つ俺を見て驚く。
出ちゃったもんは仕方ない。
俺は悪びれもなく答えた。
「いやぁ、つい……。でもなんか、何かを支配した気分でとても興奮する」
「密室空間で放屁して興奮するとか、お前は新手の変態か!?」
「トンちゃんも嗅ぐ?」
「誰が嗅ぐかそんなもん!」
「うぉえっ!おえぇっ……」
「今にも吐きそうじゃないか、可哀想だから出してやってくれ!」
「邪魔しないでくれ、今濡れ場なんだ」
「どこがだよ。濡れ場って言葉使い方間違えてるだろ!」
「しょうがないなぁ……はいはい、出ればいいんでしょ?」
俺は女を電話ボックスから解放すると、女は四つん這いになりながらゆっくり深呼吸を始めた。トンちゃんは女の背中を摩る。
「ゆっくりでいい、私が守ってあげるから深呼吸するんだ」
「はい……。すぅー……はぁ……」
「自分でやっておきながら臭かったねぇ。興奮したよ」
「お前は一度精神科か脳外科に見てもらったほうがいいと思うぞ?このままだとドがつく程の異状性癖者になるぞ」
数分後。
ようやく落ち着いた女は座り込んだ。俺は近くの自販機でコーヒーを3つ買って女を俺とトンちゃんで挟む様に座り込んだ。
「まぁ色々あったけど、自己紹介がまだだったね。俺は福島龍星。そっちはトンカラトンのトンちゃん」
「色々で片付けていいのか? さっきは済まなかったな」
「え、ええ……私こそごめんなさい……」
「ええっと、なんて呼べばいいかな?君は地縛霊なんだよね?トンちゃん見たいに二つ名とか個人名とかあるの?」
「いや、もう生前の名前とか忘れちゃった」
共感出来るのか、トンちゃんはうんうんと頷く。
「それは辛いな……気の毒に」
「ってかなんで電話ボックスに彷徨ってるの?ここで死んだとか?」
俺が女に尋ねると、女は生前交際していた彼氏と破局し、気分転換で真夜中ドライブに行った帰りに単身の交通事故に遭い助けを求める為にこの電話ボックスに行こうとしたが、電話ボックスの中で力尽きてしまった様だ。それから全国各地で電話ボックスの幽霊という都市伝説が生まれたらしい。
「なるほどね、だから電話ボックスの幽霊なのか」
「縄張りって言ってたのは面白半分に来た輩を脅かす為って訳か」
「そういう事よ」
「名前忘れたならトンちゃん見たいに名前つければいいんじゃない?」
俺がそう言うと、女はパァっと明るくなる。
「ほ、ほんと?」
「確かにな、電話ボックスの幽霊といってもありきたりだからな」
「んじゃ……ボックス!」
「どこ略してるんだ。センス無さすぎるだろ」
「んじゃトンちゃん考えてよ」
「そうだなぁ……我が同胞として【暗黒女戦士アマゾリア】というのはどうだろうか?」
暗って漢字そんな使う?
俺が顔を引き攣らせると、女が口を開く。
「どうせならもうちょい簡単で覚えやすく怖そうな名前がいいんだけど……」
「そうだなぁ……」
俺は彼女の特徴と第一印象をメインして考えることにした。
「そうだ!【メンヘラさん】ってのはどう?」
「め、メンヘラさん?」
「ふむ。確かにそのような印象があるな。彼氏に振られたのもそれが原因だろ?」
トンちゃんも悪くない感じだった。トンちゃんの問に心当たりがあるのか彼女も納得する。
「確かに気が動転しちゃうと、そう見えるって言ってたかも……メンヘラさんか、不気味だし、覚えやすいかも」
「んじゃ決まり!今日から君はメンヘラさんだ!」
「ありがとう。今日はまぁ……貴方達会えて良かったわ。色々腑に落ちない所はあるけど」
「それは許してやってくれ、コイツは特別ヤバい奴なんだ」
「んじゃ、俺は終電も逃したしタクシー拾って帰るね」
「ありがとう、龍星さん」
「また電話ボックスプレイしに来るよ」
「出来れば二度と来ないで欲しい……」
「冗談だよ、また話しをしに来るよ。またねトンちゃん、メンヘラちゃん」
「ああ、またな」
「おやすみなさい」
その後、俺は駅に戻りタクシーで家に帰った。
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