密室の恐怖

 殴られて頬を擦りながら俺は再び尋ねた。

 

「いてて……で?どうする?行く?」

「まぁ、この後予定もないからな。よし、私も同行しよう。その地縛霊も暗黒世界の住人かも知れないしな」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「うるさいっ!急に冷たくなるな!ほら、さっさと行くぞ!」

 

 俺とトンちゃんは○○トンネルの電話ボックスに向かう事にした。歩いてトンネルを通り、10分足らずで噂の電話ボックスを見付けた。見た目は不気味さを感じない平凡な電話ボックスがポツンと設置されていた。まだ深夜にもならないのに人気や車通りは全くなかった。俺は電話ボックスに指を差す。

 

「ここが○○トンネルの電話ボックス?」

「うむ。噂が広まって人間の気配は全くないな。それなのにここへ来るのは余程の愚か者か、暗黒邪神ハデスと契約したいのだろうな」

「ねぇねぇ、そんな喋り方して恥ずかしくないの?ねぇ?恥ずかしくないの?」

「うるさいっ!良いから行くぞ!」

 

 電話ボックスに近付き、電話ボックスの周りを調べて見たが特に変わった様子は無かった。

 

 やっぱり噂だけだったのかな?

 

「いないな、どうやら噂だけが独り歩きしていただけの様だな」

「そうみたいだねぇ」

「で?どうするんだ?帰るのか?」

「いや、実はやって見たかった事があるんだ」

「やって見たい事……?」

「ちょっと2人で入って見ない?」

「何を言ってるんだ貴様は!?」

「ね!?ちょっとだけ!」

「い、嫌だ!絶対何かする気なんだろ!?私は騙されないぞっ!」

 

 俺はギリギリとトンちゃんの腕を引っ張って中に引き込もうとするが、トンちゃんは頑なに拒み続ける。

 

「3分、いや……1分でいいから!ね!?」

「うー……1分ならいいけど……本当に何もしないんだな?」

「そう来なくっちゃ!ささっ、入って入って」

「ねぇ、なんで何もしないって言ってくれないの!?」

 

 トンちゃんの言葉を無視しながら2人で電話ボックスの中に入る。子供の大きさだったら狭くはないが、大人2人となるとそれなりに狭さを感じた。トンちゃんとの距離もとてつもなく近くなる。

 

「狭いね」

「そりゃまぁ……ってか、近くないか?」

 

 トンちゃんは俺から距離を取ろうとするが、壁で離れる事が出来ない。そんな中俺は、

 

「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー」

「なんで深呼吸してるんだ?」

「だって今この密室空間の匂いがトンちゃんの匂いでいっぱいなんだもん」

「──────っ!?」

 

 俺がニヤリと笑いながら言うと、トンちゃんは顔を青ざめる。

 

「貴様は本当に気持ち悪いな」

「よせやい照れるじゃないか」

「褒めてないからな!?勘違いも大概にしろっ!」

 

 トンちゃんが暴れる中、俺は柑橘系の果物を思い起こさせる香りを嗅ぎとった。

 

「ん?トンちゃん香水付けてる?」

「あ、当たり前だ!身だしなみはキッチリしたいからな」

「トンちゃんが汗臭くても俺は大歓迎だけどね!」

「急に怖い事いうなよっ!この変態っ!」

「この距離なら出られないね。ドアは俺で塞がってるからねぇ」

 

 俺が出入口を塞いでいると、トンちゃんは無理矢理押しのけようとする。

 

「暴れるとおっぱいがブルンブルン揺れちゃうよ」

「どこ見てるんだ!もういいっ!1分以上居たから私は出るぞ!」

「待って待って!もう1つやりたい事があるの!」

「なんだよやりたい事って」

 

 トンちゃんが激昂する中、俺は小銭を取り出し電話をかけた。

 

 プルルルル……。

 

 暫くすると、ようやく繋がった先は……。

 

《もしもし、私、メリーさん》

 

 そう、俺はわざわざ電話ボックスからメリーに電話をかけたのだ。公衆電話からだったからか、メリーもいつものように名セリフを言い出した。すかさず俺は、

 

「はぁ、はぁ、もしもしぃ?」

 

 声を変えながら興奮している変態を演じ始めた。

 

《も、もしもし?あなたは誰?》

 

 受話器の向こうから未だに俺と気付かないのか、メリーは戸惑い始める。

 

「はぁはぁ、メリーさんってどんな見た目してるの?」

 

《え?、何言ってるの?マジで誰?》

 

 警戒し始めたメリーの声はどんどんトーンが低くなる。

 

「大丈夫だよ。僕はどんな見た目でもメリーさんの事好きだからね」

 

《いや意味わかんないんだけど、マジで何?なんで私の番号知ってんの?》

 

 若干気味悪そうにメリーが俺に言う。そこで、俺はヒントを出した。

 

「デュフフ、メリーさんに会いたいんだけどな。どこに住んでるのかな?デュフフ」

 

《…………もしかして龍星?》

 

 ここでようやく気付いたメリーさん。

 

「デュフフ、あたりだよ。ご褒美にパンツ見せてくれよ」

 

《いや見せねぇよ。あんた何やってんの?わざわざ公衆電話なんか使って?っていうか早く─────》

 

 ブチッ、ツーツーツー。

 

 10円玉が切れてしまった。俺は再び10円を入れて電話をかけた。公衆電話は10円で約15秒程しか話せない。

 

 プルルルル……プルルルル。

 

「もしも───────」

 

《いや10円切れてるから!訳分かんないことしてんの!?》

 

 出たと思えば第一声がそれだった。メリーの声の後ろからは「またアイツは一体何をしようとしとるんじゃ?」と花ちゃんの声が聞こえて来る。

 

「ごめんごめん。ちょっとイタズラしたかっただけ」

「イタズラ電話する為に私は閉じ込められてるのか!?  花子さん!助けて下さいっ!変態に閉じ込められてるんです!」

 

 隣でトンちゃんが電話越しに助けを求める。

 

《で?どこで道草食ってんの?》

 

「えーっと、○○トンネルの電話ボックス」

 

《○○トンネルの電話ボックス?なんでそんな─────》

 

 ブチッ、ツーツーツー。

 

 15秒経ってしまった。俺はポケットの小銭を確認すると、10円玉がもう無くなってしまった。

 

「ありゃ、10円玉切らしちゃった」

「100円玉を使えばいいじゃないか」

「え、イタズラ電話するのに勿体ないじゃん」

「出し惜しみするなっ!なんでそこでケチくさく……」

 

 トンちゃんがふと外に視線を送ると、外から物凄い形相でこちらを睨んでいる女性が立っていた。

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