舞子官女
俺は全力疾走して来たのか息をゼーゼーと切らした田中さんに顔を向けた。
「おおっ!? おはようございます。一体どうしたんですか、そんなに息を切らして?」
肩で息をしながら田中さんは顔を上げた。
「はぁ、はぁ……すまない。今すぐ私と来てくれるか!?」
「えっ!?けど仕事が───────」
「そこはもう手配している!早く来てくれ!」
説明もせずに田中は俺の腕を掴みながら俺を連れ出した。車に押し込まれた俺は田中さんに尋ねた。
「どうしたんですか!?」
「息子の様子がおかしいんだ」
様子がおかしい?
俺は首を傾げる。
「様子がおかしいと言いますと?」
田中さんは説明のしようがないのか、どう伝えればいいのか分からないのか説明を渋っていた。ようやく口を開いたと思えば、
「いや、実際に見た方が早い」
「えっ?」
車で10分程度走らせると、田中さんの自宅に到着した。中に招かれると、どこからともなくわめき声が聞こえて来た。息子の部屋に案内されると、田中さんの息子がベットに寝そべり両手両足をピーンと伸ばした体勢で痛い痛いと喚いていた。
「いでぇ!いでぇよぉぉぉっ!」
「おい、どうしたんだ!?」
俺が呼び掛けても、「いてぇよぉ」と叫ぶだけで目線すら合わせない。
どうなってんだ……!?
俺は何が何だかさっぱりわからなかった。
コイツらはフェンスを乗り越えてだーりんを見ただけ。祠をひっくり返したりした訳じゃないのになんで?
色々考えている時に田中さんの奥さんから静かな口調で聞かれた。
「福島さん。あそこで何をしたのか話して下さい。それで全部分かると思います。この子は昨夜あそこで何をしたんですか?」
「何をした……いえ、特にこの子らは何もしてないと思いますよ?フェンスの有刺鉄線に引っかかったてた所を助けただけですし、祠も無事でした」
「そんな……なら何故!?」
「自分にも分かりません。ちょっといいですか?」
俺は未だに騒いでいる田中さんの息子の傍まで近付いて頭に右手を乗せてみた。頭に触れた途端、痺れるようにピリピリとした何かを感じた。俺は傍で心配そうに見つめる田中さん夫婦にも聞こえないくらいの声で、
「『アラスタッタピィーヤ』」
そう唱えると、痛みが和らいだのか少し落ち着き始めた。
「先程よりは痛みを感じないかと思います」
「凄いな福島君。君の噂は色々聞いていたけど、本当だったんだね」
「気休め程度ですが」
俺がそう言うと、田中さんの奥さんが棚の引き出しから何かの紙を取出し、それを見ながらどこかに電話をかけた。俺と田中さんは様子を見守るしかなかった。しばらくどこかと電話で話した後、戻ってきた奥さんは震える声で俺に言った。
「あちらに伺う形ならすぐにお会いしてくださるそうだから、福島さんも御一緒に付いてきて下さい。明日出発します」
伺う?どこに?
───────意味がまったく分からないまま俺は、田中さんと2人で場所へ向かった。息子さんは奥さん一足先に向かったらしく、新幹線で数時間かけて、さらに駅から車で数時間。絵に書いたような深い山奥の村まで連れてかれた。その村のまたさらに外れの方、ある屋敷に俺は案内された。時代劇の様な武家屋敷で、離れや蔵なんかもあるすごい立派な所だった。だが、もしもの為にお岩さんと口裂け女にも付いてきて貰った。辺りを見渡したお岩さんが口を開いた。
「随分大きいな屋敷だねぇ。侍でも住んでるのかねぇ?」
呼び鈴を鳴らすと、イカついおっさんと女性が俺達を出迎えた。おっさんの方は、ヤクザの様な悪い感じでスーツ姿。女性の方は白装束に赤い袴だった。俺と女性はお互い顔を見た途端、
「舞子!?」
「龍星!?」
そう、俺の目の前には他に男を作った上に妊娠したと言って俺を捨てた元カノの舞子が巫女さんの格好をしていた。指を震わせながら舞子に指を差す。
「お、お前……なんでここに!?」
「それはこっちの台詞だよ! あんたこそ、なんでここに!?」
舞子も俺に指を差すと、田中さんとイカついおっさんが首を傾げた。
「福島くん、この【舞子官女】様とお知り合いなのか?」
「舞子、この男が話してた元彼か?」
「う、うん。そうそう!叔父さん、田中さん、数分だけ2人だけにしてくれませんか!?」
「少しだけやで?」
イカついおっさんはどうやら舞子の叔父らしい。舞子に屋敷の外に連れ出された俺は尋ねた。
「妊娠してたんじゃなかったの?」
そう言われた途端、舞子は頭をポリポリとかきながら答えた。
「あー、アレ?実はウソなんだよね……」
Pardon?
「えっ?何?んじゃ、想像妊娠だったって事?」
「ちっがうわよ!想像妊娠どころか妊娠すらしてないの!」
「ウソ? なんでウソなんて付いたの?」
「そ、それは…………」
舞子は重い口を開いて事情を説明してくれた。舞子の血族は姦姦蛇螺ことだーりんを封印、管理をするのが昔から決まっているらしい。今まで先代がやっていたのだが、先代が亡くなってしまったので舞子が跡を継ぐ事になったという。だーりんはとても危険な妖怪の為、俺を守る為にウソをついてまで別れを切り出したと言う。うんうんと聞いていた俺は、
「まぁ、そう言う事なら別れた方が良かったのかもね」
「え、怒ってないの?」
舞子が恐る恐る俺に尋ねて来た。俺はあっけらかんとして、
「まぁ、確かに振られた時はショックだったけど、今は楽しい生活が出来てるからね」
ニカッと笑いながら答える。すると、舞子はおもむろに俺の後ろに指を差す。
「楽しい生活……それってそこの人らも関係してるの?」
俺の後ろには恨めしそうに見つめる口裂け女とお岩さんの姿があった。
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